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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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商人であるならば

「豆の価格は、これで相当に落ち込む。そしてここまでの取引が、通貨を経由せず行われていた事を暴露した訳で、その青銅貨の価値も、相応に低く見積もられることだろう。」


「対して、灰・木酢液を始めとした肥料銘柄、ディル領のオカリナ、炭を作ろうと試みるバカ者共が煉瓦や木材を大量に所望するだろう。港町の物価も急騰するだろう。しかし青銅貨はそれと同じ青銅以上の価値を持ち得ない。仕手連中は次の急騰銘柄を探して迷走するか、豆を買って大人しく、「未来の農具」に投資するしか無い。」


「早速、王都の門を東に走っていった連中が衛士に目撃されたそうだ。目が光っているとも考えずにな。」


 その多くが翌日に持ち越す事となった議事を振り返り、現状の報告を得たブエラがそれを面々に語る。


「衛士は既にその数を増して、ディル領へ送っている。新たなコヴと共に王都へ生還を果たした、忠義の士の登場に、その志願は殺到している。信望者がまた増えるのではないかな、コヴ・トウコ。」

 議事の場には参加をしていなかった衛士長が、報告をままに、その場に居座っている。


「改めて、コヴに就任をした事をお喜び申し上げる。派遣された衛士隊への十分な食料供給と拠点の提供、衛士隊配属の詩魔法師へオカリナの支給、若き衛士の命を救って頂けた事、ディル領の協力に、今一度感謝を。」

 幢子を前に衛士長は、衛士式の礼を払う。それを受け、幢子は手を差し伸べる。


「戦争を前に衛士の皆の巡回や護衛に、こちらこそ助けられています。早くからの協力に感謝を。」

 衛士長は、幢子より差し伸べられた手を強く握る。彼もまた、幢子に感化されつつある内の一人であった。その握られた手の強さに、幢子はやや苦笑いを浮かべる。


「コヴ・トウコ。今回の名乗りは、多少やり過ぎには感じられたが悪くはなかった。増厚紙、鉛筆についてのあの使い方は、黒髪黒目の流儀のようなものなのか?なかなか面白いじゃないか。」

 事前に届けられていた、声明内容の資料に改めて目を落とすブエラに、幢子は口元を緩ませる。


「あの資料には手を焼きました。写しを行った役人さんにも、相当不満をこぼされましたけどね。」

 幢子には、コ・ジエが連日、王都滞在の役人たちと必死に用意した枚数に、不足が出なかった事が安堵であった。また、会場でそれを粗末に扱ったものが出なくて、心底の安堵をしていた。


 数を用意するために、慣れない鉛筆と定規への格闘という前哨戦があり、その際に指に作ったタコに発狂しているのではないかと言う程、その扱いにコ・ジエは特別、神経質になっていた。


「私も参加したかったっすね。京極さんはその場に居たんでしょ。」

 机に頬杖をつき、由佳はその流れに溜め息を吐く。


「お前にはお前の仕事があっただろう、ユカ。第一、あの場所にこれ以上黒髪黒目が居たのでは、国が乗っ取られたと錯覚すらするものが居ただろうさ。」

 髪をねじりながら、気の抜けた姿をしている由佳に、それを咎める事なくブエラが言う姿は、幢子には孫と祖母の関係に見えた。

 ブエラを知る多くの役人は、この特別可愛がられている「愛弟子むすめ」の存在と、今まで見ることのなかったブエラの新たな一面に、いつまでも慣れず、驚愕としていた。


「とりあえず、幢子さん。コヴ就任おめでとうっす。ちゃんと仕事はしてましたよ。」

「ありがとう、由佳ちゃん。今度玄米をご馳走するよ。京極さんが残していったのがまだ余ってるんだ。」

 玄米と聞いて、由佳の口が瞬く間に歪む。


「せめて精米をお願いしたいっすね。白米!白米なら歓迎です。精米機を作ってくださいよ!」

「精米しようって言うと、京極さん怒るよ。あんな顔、初めて見たよ、出会って以来。」

 幢子はポッコ村でそれをしようとした時の、ちょっとした事件を思い出す。


 無惨に欠けた米粒を、栄治は丁寧に並べて、稲作の試行錯誤の歴史と、自身の苦労と、栄養価について、半日をかけて丁寧な指導を受けたのは、幢子にとっても貴重な経験ではあった。


「米粉を使ってるから、消しパンを一つ作る度に、断腸の思いだって力説されたよ。だからそれで、ジエさんも字や線の書き間違えを消すのが、余計神経質になっちゃって。」

「うへぇ。美味しいお米になるまで、顔合わせるの避けようかな。」


「黒髪黒目も、こうして自分たちに関係のない他愛もないだろう会話をしている時は、割と無害に見えるんだがね。時折、その他愛のなさの中にも、虚を突く槍の刃が隠れているからね。目を曇らせていて、油断するんじゃないよ。」

 ブエラの助言に、衛士長は苦笑いを浮かべてぎこちなく頷く。


「ああ、そうだ。衛士長さん。槍の刃とかそういうのを鋳造依頼されても、受けるつもりはないんだけど。代わりと言っては何だけど、リオル隊長といくさとか、野獣対策用に、罠道具を幾つか作ったから。それの量産なら、相談にのるよ。鉄は使わないから。」

 幢子は思い出した様にそれを述べると、腰のポシェットから増厚紙と鉛筆を取り出し、机の上でそれを書き殴る。

「ちゃんと依頼として頂く以上、対価は必要になるから、そこは応相談でお願いしますね。私としては、専属衛士の派遣でも良いのですけど、ジエさんと相談してください。」


 早速と衛士長の表情がこわばるのを見て、ブエラは、それを嘲笑あざわらう。

 幢子が書いたそれを、横から由佳が覗き見る。


「あ、マキビシだ。」

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