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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
地方領の転機
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出来すぎる教え子

文字。

 世界には様々な文字がある。文字が文化圏を分けると当てはめても大まかな意味で一つの解と言えるだろう。


 文字の作り方には大きく分けて二つある。

 一つはやり取りしている言葉をそのまま字に当てはめていく表音文字。もう一つは意味や形そのものを文字として整形する表意文字である。

 多くの文化圏では表音文字を連ねて、単語、そしてその単語の仕草を示す助詞を添えて、意味を表す。そうして言語体系を作っていく。感情や事象、存在を表す場合に、迅速な疎通が可能である。

 また表意文字は多くの場合、記録に用いられ、物事の内面を表すのにも用いられる。


 これらをどの様に用いるか、またその捉え方に依って、その「世界」がどの様に変遷していくのかの参考とする研究もまたある。


 サザウ国。彼の国、そして周辺三国で用いられる文字は、同一の表音文字である。



 コ・ジエは、ポッコ村で幢子に文字を教えている。


 彼が、帰還する幢子を伴い村に滞在する役人として赴任をしたのは、冬支度をし始める直前の時期であり、またその赴任期間は越冬を含むことになるだろう見通しであった。

 領主の指示による役人の定住滞在は、村にとっては初めての事であり、またそれは村人にとっても戸惑うものであった。


 彼は教会の一室に寝泊まりし、陽が昇る時間には身体を起こし、井戸の前で持参した木刀を振るった。

 村人を見かけては自ら声をかけ、井戸の水を引き上げを率先し助けた。


 朝の炊事、村人が稼業へと足を向けると、東屋の炉の前に陣取り動かない幢子を捕まえては、教会に連れ戻し、陽が高くなるまで文字を教えている。


 教えがいがない。

 コ・ジエは素直にそう思っていた。

 僅かな言葉を聞き分け、石の板に言葉を並べる幢子をじっと眺める。

 文字、単語は教えたら教えただけ理解し、幢子は既に文章へと挑んでいる。


 それだけに留まらず、村の子供達は、幢子に習った事の読み聞かせを請うた。

 それがまた幢子の理解を強く促し、そして村の子供達もまたその真似をした。


 村人と変わらぬ衣類に身を包む幢子を、コ・ジエは酷く教養のある人物に見えている。

 その違和感に慣れずに居る。


 理解すること、そしてそれを伝えること。

 それに慣れているかのように見える幢子が、数日前まで読み書きの出来なかった、どこから来たかも覚えていない記憶喪失の存在だとはとても思えなかった。


 陽が昇ると、幢子は東屋へと去っていき、村の手隙の大人たちや子供たちを交え、窯場の陣頭指揮を執っている。

 煉瓦を焼き、煉瓦種を監督し、炉に送られる皿や椀を受け取っている。

 そうした合間合間に、まるで取り憑かれた様に新しい設計の窯を組み続けている。


 やがて陽が落ちてもそれが続き、夜の炊事が始まる頃に漸く教会に戻ってくる。


 食事を済ませた後は、再び子供たちが集まってくる。

 詩魔法師のエルカを交え、土笛の音色と言葉のやり取りが広がる。

 エルカが奏で、それを幢子が習う。

 それを子供たちが楽しそうに見ている。


 時に幢子が土笛を奏で、エルカがそれに驚き、収受が逆転しているのは気のせいだろうか。


 コ・ジエは幢子をじっと見つめる。

 この国では珍しい、黒い髪。

 それをまるで手入れをせずボサボサと乱し、背中にかかるほどに伸ばしている。


 王都へは幾度も足を運んだことがある。決して少なくない数、年頃の同世代を見てきた。

 その人物像は、それらと全く一致しない。


 そうして一日が終わる。

 確かめるように、再度確かめるように。そうして数日が過ぎていった。



 その日、陽が沈みつつある西の空を、幢子は東屋を離れじっと見ていた。


 陽が傾き始めた頃から空には雲が増え、窯場にも冷たい空気が流れ込む。

 雲間が橙色に染まり、月は雲に隠れ見えていない。その空を、幢子は眺めている。


 コ・ジエはそんな幢子を見つけ、空を眺める幢子を、じっと見つめていた。


「雪だ。」

 そんな幢子の声が耳に入ったのと同時に、ゆっくりと舞い降りる白いチリが視界に混じり始める。


 コ・ジエの記憶によれば、まだ冬には少しの猶予があるはずだった。早

 雪といえるだろう。


 だが、幢子はそれを知らずかまるで雪を掴むかのように空へと手を伸ばす。

 まるで雪を初めて見る子供かのように。

 実際、そこまで考え、そしてコ・ジエは幢子が記憶喪失である事を思い出した。


「雪を見るのは初めてですか?」

 無意識に言葉が出ていた。その言葉に幢子は振り返り、そこにコ・ジエが立っている事に漸く気づく。


「この国で見るのは、初めてです。冬が始まるんですね。」

 フワリと、窯場の東屋の煤けた匂いをそのまま持ってきたように、コ・ジエの鼻が刺激される。


「まだ、少し先だと思いますよ。これは珍しい早雪ですね。」

 一時の安堵をし幢子は少し赤らんだ頬を緩ませる。


「ジエさん、この辺りは雪が積もるのでしょうか?」


「もう少し山へ近づけば、積もる雪も見れるでしょう。落葉が進み、森の木々の葉が半分ほどになる頃、冷たい風がやってきます。冷たい雨、そしてたまに雪が降り、冬が終わるまで暫くは草木は眠る時期になりますね。」


 幢子にとって、そしてコ・ジエにとっても、村で過ごす最初の冬が、近づいてきていた。


 コ・ジエはいつしか不思議と熱を持った頬を、冷たい夜風に当てながら空を見上げた。

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