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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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商人には商いを

 静かにその中央に歩み出る幢子を前に、議事場は尚も、静寂のままにある。


 幢子には先程の、元王太子の言葉が、結局は自ら先を示せないまま終わっているのに、静かな憤りを感じていた。

 この場の貴族には恐らく、「校正を果たした王太子にこそ王政に戻って貰う必要がある」等といった感情や期待が燻っているだろう、と認識していた。


 自分はそれを、完全に払拭し、現状を良しとするこのサザウを大きく揺り動かしていかねばならない。

 そのための言葉を静かに組み立て、準備をしてきたものと併せて、この場で完成をさせねばならない。


 それが、幢子に期待をするディルの民に、応えるという事だと、決意を固めていた。


「まずは、ディル領のコヴを定めねばならない。この一年、先のコヴ・ヘスが亡き後、コ・ジエがそれの代行をしてきたが、本人から、それをこの者に譲りたいと申し出があった。自分より優れたこの者が居る限り、それに劣る自分がコヴとなる意志はない、と言っている。」


「河内幢子です。お見知り置きを。その言葉を汲み、お引き受けするつもりでこの場に参りました。」

 幢子は、面々の中央に構えるブエラを真っ直ぐに見る。互いの表情は固い。


「大方、ここに居る面々にはそれを決め兼ねるといった不安も、疑問もあるだろうさ。だからなかなか会議が始まらなかった。それは解っているね、コウチ・トウコ。だから代表として私が試させて貰おう。」

 そうして、ブエラは懐から砂時計を取り出すと、その砂を寄せ、台に置く。

「ディル領のコヴとなって、どうしたいのか、どうすべきなのか。好きに言ってみなさい。」


「まず、私は貴族ではなく、貴族というものを知りません。それである以上、領主に貴族として求められる義務というものがどういった事であるのか、その不安や不満を払拭する事はできないでしょう。」

 幢子が言葉を発し始めると、小さくささやく声が届き始める。


「ですが、先程の元王太子、彼の発言に、サザウの根源が、国という大きな商人の集まりという言葉がありました。それであるならば、私は需要と供給、飢えと救済、或いは商いの信用という形であるならば、それをお答えができる事もあるかと思っています。」


「端的に言えば、皆様は、ディル領はこれからどうするのか、自分たちに何を求めてくるのか、そしてそれに対してどういった担保や返済を立てるのか、それが実現可能なのか、そうお考えの事かと思います。」


「それに同じく端的に応えるならば、ディル領が求めるものはいくらでもあります。ディル領の民は飢えていると言えるでしょう。ただ、それに対して皆様に、現段階、直接的に求めるものはほぼ、ありません。それらは既に、諸方面と双方合意の上で算段が付いているものばかりです。」


「具体例に沿ってお話しましょう。ジエ。最初の紙面を。」

 幢子がそれを指示すると、傍に控えたコ・ジエが前に進み出て、携えた紙束をブエラに渡す。


「一枚ずつお取りください。それはこの一年でのディル領内の豆の生産量と、過去の生産量との比較です。既に御採択いただいているヤートルを基準に、縦横1ヤートル、高さ半ヤートルの荷台に豆を積んだ際、どれだけの台数の荷車となるかを表したものです。一昨年にはヤートルはありませんでしたから、過去の数字はあくまで、推察に依るものとさせてください。」


「皆様、御存知の通り、雨季を前に、ディル領の北部開拓村、南部の農村は戦場となると予想をされるサト川以西を撤収、以東の村と合流した上で、現地で新たに開墾したものを含めた数字となります。」


「この資料を作った者は、計算もできないのか?」

 誰かがそれを言う。その言葉を境に、囁き声は徐々に熱を帯びていく。


「私が作成いたしました。そして、その数字が誤りでないだろうとご納得いただけている方も、この場にはいらっしゃるかと思います。」

 コ・ジエはそう言うと、幢子の傍に控え、ブエラを正視する。


「よく頑張った数字だ。セッタ領より更に作地面積が減ったというのに、これだけの数字を出しているとは、一度領に戻って、コヴに今年の作付けに発破をかけねばならないね。」

 根を負けた様に、ブエラがそれを口にする。


「建国来の豊作を謳われた昨年の我が国の生産量から見れば、些細な数字ではある。だが、この統計の取り方は、我が国でも即時取り入れ、この数字は作地面積の基準収穫量として用いるべきであるな、農相。」

「馬鹿を言うな。農具で負けている。それにこれは、土が育てばまだ数年は増えるぞ。」

 外野でそれを見て笑うアルド・リゼウと、苦笑いを浮かべる京極栄治に、その周囲がざわめく。


「資料が示す通り、領土は実質三分の一ではありますが、昨年をやや超える数字の収穫を得ています。またここに、既にエスタ領、リゼウ国との取引で得られる豆も御座いますので、何らかの理由による凶作の可能性を鑑みても、少なくとも皆様に、民を養う豆を求める事はありません。」

 幢子は静かに、それらを呆れながらも、言葉を続けていく。


「この数字を、まずは皆様にご信用を頂くための担保に、手法を開示し、或いはそのための器具を一部、ディル領より提供いたしましょう。これには、騒動の起点となった灰と木酢液の使用方法も含まれます。」

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