王権と商いと
「まずは、先の幾つかの事柄について、謝罪をさせて欲しい。」
「一つ、私自身の弱さから、提案に正しく耳を傾けることが出来ず、得られるべき支援を、民の安寧を、手放してしまったこと。それに依って多くの民の命が失われてしまった事。」
「一つ、ダナウの甘言に乗って、民より預かった税を、ただ失った事。王族にあるまじき、先見のなさであった事。」
「一つ、己の不明と、無知のままに、リゼウ国に危害を与え、その無垢の命を奪い、更にディル領に汚名を着せ、多くの独立商人の命と荷を、そこに託された信用と期待を、奪った事。至ってはサザウ国自体への不信を広く伝播させてしまった事。」
「そして、それらの出来事が、今、サザウ国を未曾有の国難に導いてしまった事。」
「古く、サザウ国は王権とは言っても、国という大きな商人の集まりの、長に過ぎない。それを忘れ、王という立場を、ただ特権を持った無二の一族と歪め、根本たる商いを忘れていた。万難を排し、商いを率い、切り開く未来に、民の信頼を担保として、平穏と、安寧と、さらなる信頼を勝ち得ていかねばならなかった。」
「今は、ただただ、私自身の不明と無知を慙悔とする日々を、リゼウ国で過ごしている。ただ排すのではなく、その機会を、与えてくれた彼の国には謝意を持つと共に、感謝をしている。」
それらの言葉を前に、幢子は手に力が籠もるのを感じる。
周目の前でそれを弁する者が、守れただろう、救われただろう、明日も生きれていただろう命を奪った当事者である事に、ただ、純粋な嫌悪だけが湧き上がっていた。
それ以上のものは感じていなかった。
「実際に、リゼウ国で畑を耕し、思う。この耕した畑に実った豆が、誰の口に入るのかと。自分が食するのではなく、手元から消えていく豆は、何に用いられるのかと。それが誰の手によって運ばれ、誰の下に集められ、誰のために使われるのかと。」
「そうした時に、畑に肥料として撒かれる灰も、手に握った鍬も、豆を収める陶器も、運んでいく荷車も、全て、自分以外の者が、何処かで用意したものであることを教えられ、それを漸くに理解した。豆はそうした、自分にできない事を、自分の代わりに行ってくれる者の口に入るのだと。」
「それを評価し、左右するのが商いであり、それは豆を作れない者達にただ配られるのではなく、自分の元に平穏と安寧を運んできてくれるのだと。それが、例えば豆の豊穣と我らが身の壮健を願い、詩を謳う詩魔法師であり、民を守る兵士であり、衛士であり、鍬を作る職人であり、鶏を育てる酪農であり、豆で補えぬ糧を得て獣を払う猟師であり、海からそれを支える海女であり、あるいは荷を運び届ける商人であり、遍く、民なのだと。」
「ただ、私は其れに気づくのが遅すぎた。それを司り、先へ導く立場であったのに、それができなかった。ただ、無知に、王の子に過ぎなかった。それだけでなく、多大な不利益と罪を犯した。王権に如何を尋ねる立場では既に有り得ない。」
「こんな私に、王権への復帰を囁き、唆す者が未だに居る。コヴ・ダナウ、そしてコ・デナンが差し向ける、草の同志なる手の者たちだ。彼らはこの不明で無知な私が、王権に有る事が余程、商いの利益に叶うと願ってやまないらしい。」
「だがそれは、誰の利益か。シギザ領からは民が逃れ、それは伝を頼ってリゼウ国へとやってくる。彼らにとっては最早、シギザの民ですら、守るべき民ではない様だ。バルドー国か、或いはまた別の誰かか、或いは自分自身か。それが誰であれ、サザウの国のためにあるべき王権が、サザウのために用いられないのであれば、それに商いの価値はない。ただ、王の血族に過ぎない者に評価などあるべきではないのだと、今では思う。」
「ただ一つ、ただ一度それが振るわれることを許されるのならば、私は贖罪に用いたい。民のためにその一心で、頼りにならぬサザウ国の王権ではなく、リゼウ国相手に、その活路を切り拓きながらも、無知なる私の招いた災禍のために、民を、荷運びを、荷を、そして正しく商人であった領主を、ただただ失ったディル領の、その最良のために用いたい。今はただ、隣国で、豆のために、その豆を食す者達のために、畑を耕す日々を過ごす一介の農夫に過ぎないが、そう考える。」
長々と続いたその言葉をそこで終え、男はその場に集う一同に礼を払い、その布生地で再び、髪を覆い隠すと、静かに、アルド・リゼウの後ろに立ち、それまでと同じ様に表情を隠す。
「今は我が国の者が、済まなかった。皆の何かの、参考になればと思う。」
そう述べると、アルド・リゼウは深く礼を払い、着席する。
その場に集うもので、エルド・サザウの容姿を知らぬ者は居なかった。
そして不細工に髪を乱しながらも、その顔立ち、場に慣れた然とした姿のそれが王太子に間違いがなかったであろう事に息を呑む。
その姿がその場にありながら、誰も気づいていなかった事は、王権の復帰を望む姿に対して、あまりにも滑稽であると、その場を取り仕切るブエラの目には感じられた。
王権を語りながら、誰も、王族そのものを見ていなかったと評するには十分でさえした。
「では、いつまでも、こうしていても意味はない。砂時計五つ分、遅れた議事を進めようじゃないか。」
そう口にすると、右手に持った木槌を打ち付ける。
その音を合図に、河内幢子は、その場に足を踏み入れた。




