先送りしてきた問題
翌日、開かれた王政庁の貴族会議に望んだ幢子とコ・ジエは、入場を前に喧騒と化しているそれを前に緊張と動揺をせずには居られなかった。
現在の王政庁は、コヴという座を退いて、尚、王国全体の貴族事情に明るいブエラ老が仕切っている。
それは、単にブエラ自身の年齢と、その厚い人脈、人望に限らず、議事の運営に厳格な時間を取り入れ纏めうる才幹を、有事とも言える現在に求められてである。
由佳とともに滞在屋敷に訪れたブエラは、既に役人と共に行われている、幢子のディル領主就任に関しての承認を勝ち取るべく、根回しと事前周知を約束はしたが、地位そのものを約束したわけではなかった。
王都にはまだ、王権再建を望む貴族が多い。
そしてそれは、王権の復活と、騒動の以前へと回帰を望む、国民たちに依って支えられている。
とりわけ、王都トウドの静寂は、ラザウ・サザウの喪が長く続いている様な状態であると言える。
そして、王太子エルド・サザウが、王権就任を前にそれを排された事で、混迷を極めている。
王領の貴族には、止むを得ない形として進められる議事や罪罰の承認こそ協力的ではあった。
しかし、詩魔法院の院長を廃し、多くの貴族議員を迫る戦乱の引責として廃し、いよいよと王権の復帰を精力的に事を進めていたからこそのそれ、であった。
王権の復帰を前に、急務として出された諸事に並ぶ、ディル領のコヴの承認。
それも、コの経験や、先任であったコヴ・ヘスの事前指名もない、預かり知らぬ人物の登用。
まずは王権の復帰をもって、その上で十分な時間の議論と王権による判断を委ねるべきとの声は、幢子やコ・ジエの事前の予想を超えて加熱した。
議事の進行に当たり、開催を宣言する間すら取れずそれが加熱する様相に、ブエラは砂時計を見ながら、溜息の数を増やし続けていた。
「王権の復帰だって、同じ様なものだろうに。担ぎ上げる誰其を、背後に立つ紐の主たちがこの一年、一向に決着を付けなかっただけだろう。」
それを嘆き呟くブエラとて、当初はそれに適度に干渉し、段取りと根回しに奔走するつもりではあった。
しかし、ヤートルの導入や由佳の後援、或いはコヴ・ラドに依る罪人の処断、そういった大きい動きを前に、それらに関わる事は、自身の手と足と口が足りず、後回しとなっていた。
「ブエラ様。これを。」
いつの間にか横に立っていたコ・ニアの声に、驚きこそしたものの、其れを見せず、ただ差し出された紙を手に取る。
「ご臨席の来賓の方が、お役に立てれば、との事。」
ブエラは滅多に使うことのない二つ目の砂時計を取り出し、その黙読に費やす。
「これも黒髪黒目の差し金かい?」
「私にとっては、予想の範疇、ではあります。」
喧騒の中、二つの時計の砂は、ただ落ちていく。ブエラの意識はその手紙の扱いに熟考を重ねる。
「ユカ様がご存じであれば、ブエラ様の御耳に既に届いていたのではありませんか?」
「だとすれば、黒髪黒目の連中が段取りをした事、ではなく、アルド・リゼウ自身の判断か。」
「そうだとしても、それならば彼の国の農相殿はご存知では居た事でしょうが。」
知己であるその顔を思い浮かべ、ブエラは頭を振る。
「事前の段取りに上がってきていないという事は、率先して使いたくはなかった、と言う事かもしれないね。ともあれ、このままこうしていても、無駄に砂は落ちる一方だ。」
ブエラは並べた二本の砂時計を懐にしまうと、議事進行用の木槌を手に取る。
「或いは、お前が企てた事じゃないだろうね。ニア。」
砂と共に流れた言葉の一節に浮かんだ疑念に、それを問うブエラに対して、コ・ニアは口元を僅かに緩めたのみで、静かにその場を離れていく。
打ち鳴らされた木槌に、一時の静寂が訪れる。
「来賓の身ではあるが、議事進行の前に、発言を宜しいだろうか。」
席を立ち、言葉を発する隣国の国主に、衆目は否応なく集る。
「どうやら、皆の懸念は、リゼウ国の王権にある様子。隣国で国主の立場を預かるものとして、この国に代表となる王が定まらずに居る事は、我が身にも通じる大事と言えるだろう。」
「失礼ではあるが、そもそもが、貴国の者が、王太子殿下を罪人として捉え、王権の移譲を妨げた事に端を発しているのだ。」
手を上げ、一人の貴族が、顔を歪め、強い口調でそれを発する。
「それに関し、我が国より引き連れてきた者が居る。議事の前ではあるが、一考となるのであれば、この場に招き、皆に紹介をさせていただいても良いだろうか。」
アルド・リゼウはそれを、議事を司るブエラを見ながら、衆目に問う。
「聴くだけは聴いてみようじゃないか。とっくに議事の開始時間は過ぎているんだ。今更、大した違いはないだろうよ。」
ブエラが発するに、多くの者が其れを黙して頷く。
その上で親しく目ざといものは、手元に置かれていた砂時計が無くなっているのを見て、それが何か、議論の決定打となるとものだと暗黙の理解をする。
「有難い言葉を頂けて、幸いだ。ではしばし、お時間を頂きたい。」
アルド・リゼウは傍に控える護衛の兵士に合図を送る。
黙してただその場に立っていた兵士は、一歩前に出ると、頭に巻いていた布宛てを拭い、それが覆っていた金色の髪を露わにする。
「サザウ国、元王太子、エルドだ。罪を問われ、国を去った身であるが、今一度、私の言葉に耳を傾ける機会を頂けないだろうか。」




