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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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ただ、友として

「そして、或いは、と、私は問うたのだ。ディルに、友に襲いかかる災いは、黒髪黒目がこの地に現れいでた時期に一致する。異邦人の姿を、コ・デナン、コヴ・ダナウの傍に見た者は居ないかと。」

 その言葉をコヴ・ラドが発した時、それまで言葉を奪われていたコ・ジエが身を乗り出す。


 しかしそれを、幢子は腕を伸ばして止める。


「ジエさん。そう思われるのは無理がないよ。」

 コ・ジエから受け取ったコヴ・ラドの手記に目を通した幢子は、その記述に、自分を疑う様になっていった彼の姿を幻視した。

 自身の取った何気ない行動や、栄治とのやり取りが、それを助長した事についても、幾つもの反省として振り返っていた。


「そうだな。そういった事にはまだ至っていない。或いは、ダナウが内通していたバルドーにはそういった痕跡があるかも知れない。それは今後も調査をする。問題はないかな、コウチ・トウコ殿。」

 赤い顔が戻らないまま居るコヴ・ラドの強い目に、しっかりと向かい、幢子は頷く。


「コ・デナンの罪は重い。数年前の狼被害の件も、シギザが糸を引いていた事であった。そして、あの大皿が割れた件も、鉄の大皿欲しさにダナウの派閥の貴族が身内にやらせた事であった。王太子に香草の毒を盛った件とそれが結びついている。物資の横取りについては恐らく、バルドー国に、彼らの手の者が居るのだろう。それを訳ありの共犯者、或いは草の同志、などと呼び合っているようだ。」


「ですが、それらはトウコ殿と無関係です。そうであると、私は信じています。」

 コ・ジエは、強く、コヴ・ラドの目を見て、応える。


「都合よく、大皿の件を好機に変えた。たまたま、香草の毒を大勢の前でつまびらかにした。狼に襲われながらも機転で村を救った。それらは、偶然、線で結びつかなかっただけ。黒髪黒目が、この数年、著しく、サザウとリゼウに干渉し、大きく評価されている。それをいぶかしむ者が少なからず居る。その事を、コヴを名乗るのであれば、忘れぬようにしなさい。」

 その言葉を、コヴ・ラドは、コ・ジエにではなく、幢子のその目に向かって投げかける。


「わかりました。期待し、信じて、任せてくれる人たちのため、そしてそれを約束したコヴ・ヘス様のために、私に出来る事をします。」

 幢子が応えると、コヴ・ラドは頷き、深く息を吸う。しかし、赤みを増した顔は、にわかには戻ることはなかった。


「ポッコ村を襲った野盗が、ディルの領主の館を焼き討ちした一味であったそうだ。その者達はどうなった?」

 静かに、コヴ・ラドが付け加え、語り出す。


「把握しているのは詩魔法師を除けば野盗十四名、内、十二名は衛士に依って討たれ、一名がジエさんの手で討たれました。ただ、衛士に傷を負わせ、村の北の森林地帯に逃げ潜った一名がその後の行方を解っていません。」

 幢子が静かに応える。


「宜しいでしょうか?」

 それまで、ドアの傍で静かに成り行きを見ていたコ・ニアが声を発する。幢子が振り返り、コヴ・ラドが目をやり、手を掲げそれを許可する。


「スラール旧街道の案内人たちから、狼に襲われたと思わしき亡骸を、帰り道に見かけたとの知らせを聞き及んでいます。水の湧く岩の近くで、木を背にし、骨を露わにした無惨な状態であったと。丁度、ポッコ村の傍を流れるサト川の上流の辺りだそうです。」


「それを信じるしかあるまいな。」

 身を乗り出したコヴ・ラドは、次第を聞き、椅子に深く背をもたれる。


「ジエ君。友の敵、討ってくれた事を感謝する。それがヘスの子である君の手である事は、私にとって救いだ。気に病むことはない。そうでなければ、私がいずれ必ず、その罪人の命を摘み取っていただろう。」

 目を伏せ、その言葉を噛み締め、コ・ジエは深く頷く。


「君たちに伝えるべき事は以上だ。罪地へ誘う案内人として、君たちの前に立つ事が無いように、今夜は、静かに祈り眠るとしよう。」



 コ・ジエたちが去っていった、その場はもう日が沈み、月が出ていた。

 沈んだ太陽を追うように、月も天から傾いて、窓に光を射していた。


「ただ友として。」

 誰に充てるでもなく、先刻口にしたその言葉が反芻はんすうし、コヴ・ラドの口から吐き出される。


「ただ友として、お前と、ラザウと、一緒に居たかった。それがどうだ、この結末は。」

 口を開け、言葉を発する度に、舌と鼻にこびりついた罪地の臭いが、コヴ・ラドの正気を焼く。


「御父様。」

 そんなコヴ・ラドの独り言に、言葉を交わすように、暗い部屋にコ・ニアの声が響く。


「まだ居たのか。お前も今日はもう休みなさい。」

 暗い部屋に月の光が満ちていき、ドアの前に立つコ・ニアの白い髪と白い肌がコヴ・ラドの目に映り込む。


「そうさせて頂きます。失礼致します。」

 コヴ・ラドの視界から闇に沈んでいくように、静かに、コ・ニアは部屋から退出していく。




「私も、そう願って、ただそう願って、ただ友として。」


「そんな御父様の娘として、ここに居るのも、描かれた美しい一枚絵、なのでしょうね。」


「ねぇ、そうでしょう?」

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