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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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砂時計の試し

「あそこに居る連中がどういう連中か分かるかい?」

 幢子たちが挨拶の列を作っているのを、そこから離れ見ている由佳に、傍のブエラが静かに問う。


「どうって、この国の貴族の人たち、ですよね。」

 自分の周囲にいる貴族が誰も動いていない。問われ、答えてから由佳はそれに気づく。


「そうだ。周りをよく見ろ。いつもの試験だ。」

 そういって、懐から由佳も見慣れた砂時計を取り出すと、砂を寄せて、側のテーブルの上に置く。


 由佳は辺りを見回す。しかし大きな素振りをした時、先程と同じ様にブエラが足を踏む。

 顔を歪めながら目だけで周囲を見回す。


 由佳がまず気にしたのは身なりの違いであった。

 先方に並んでいるのは服飾を着飾り、服装にも華やかさがあった。対して、周囲は極端に言ってしまえば地味である。その点で言えば、こうした交流会への意欲が欠けている様にも見える。


 それが、恐らく、派閥の違いであると仮定し周囲を眺めると、自分たちのように集団を形成しながら、幢子の作る列に足を向けていない集団があるのを把握する。


「こういった催しに、慣れている、悪く言えば、慣れ過ぎている。そういう風に見えるっすね。」

 そういう観点で見ると、列を作っている面々が着飾るのは、自身の印象を相手に覚えてもらうため、といった考察も由佳の中で立ってくる。


 列を挟んで、窓際に一人で佇む、エスタ領のコ・ニアは、由佳の目にはそれらの対局に見えた。

 ああして自分を孤立させる事で存在感を持っているものの、積極的に関わろうとしていない様子に見える。

 輪の中心からは見えない位置で、同じく輪に交わらない人には、その存在がよく見える。


 気がつけば、そのコ・ニアと付かず、離れずの位置に一つの塊がある。恐らくそれがエスタ領の派閥なのだろうと考察を立てる。


「でも、あたし達は挨拶を急ぐ必要がないんですよね。既に、河内さんを知ってるわけですし。」

 幢子の下へコ・ニアが訪れた事は、由佳は幢子自身から雑談交じりに聞いていた。

 輪に交わらない、そういう素振りをしてはいるが、彼女もまた急ぐ必要がない側である。


 領の関わりから見ても、三領に属する役人は、何らかの形でポッコ村の窯元の存在を知るに至る。

 そしてそれが、あの場で列を作っている河内幢子であると判れば、それで十分である。

 自身が接する必要はなく、自身が所属する派閥の長が、昵懇じっこんであればいい。


 或いはそれが必要であれば、そうした実議の場で、長から紹介を受ければいい。

 そうすれば、着飾ってあの列に並ぶよりもずっと、円滑に自分の顔を覚えてもらえる。


「んー。どう表現をすればいいか。困ったな。廃坑のガラ石?」

「なんだいそりゃ。」

 ブエラは、由佳の言い草に目を細め口を緩める。周囲の面々はそれを見て、表情を歪め、しかし内心、酷く驚いた。


 その周囲に居る者は、一度は、ブエラの砂時計を使った「試し」の洗礼を受けた事がある。

 こうして傍にいれば、誰かがそれをされるのを、見る機会も少なからずあった。

 だが、その際に、こうしてブエラが笑う様な仕草を見せる事は、無かったとそれを断言ができた。


「鉱脈を掘り尽くした鉱山って、それでもちゃんとモノは出るし、新しい鉱脈を発見することもあるんですよ。でも、それまでに大量に、含有量の少ない、とか役に立たない、半端な石、ガラ石が出て、鉱山の入口に積み上がるんです。それも宅地造成なんかで地盤補強や骨材に使えたりはするんすけどね。買い手がなくて用途がなきゃ、その場に打ち捨てられてるだけ。」


 ブエラは、由佳の答えを聞いて、まだ砂の落ちる時計を取り上げ、懐にしまう。


「良い答えだ。私の愛弟子まなむすめは、教え甲斐があるね。」

 ブエラの言葉に、周囲の面々は息を呑み、生唾を飲み込む。


「まずは覚えておくことだ。この場に居る、黒髪、黒目の三人は、見ない顔だからといってそれを侮ってはいけない。周囲を見れば、砂時計一つに満たない時間で、それなりに自分の考えを持てるだけの知識がある。あそこに立っている小娘が、ディルの辺境で火を焚いていた変わり者、という情報を持っているものも居るだろう。だがそれを、コやコヴを相手に、好き勝手をやる、それだけの頭が回る相手だとまで踏み込んで警戒をし、上手くやらねばならない。」

 由佳はブエラが語り始めたそれで、最初から、この場の全員に対する「砂時計の試し」であった事を理解する。


「なぁに、出遅れはしたが、ウチにはこのユカが居る。怖がって敵対するような馬鹿さえしなければ、大丈夫だ。そうだろう?」

「河内さんは、そんな凶暴で見境なしな人じゃないっすよ。」

 由佳は後を振り返り、面々を見て苦笑いを浮かべ、首を振りながらそう付け加える。


「ユカ。お前の答えは、的を得ているが、答えは半分だ。その鉱山の鉱石を掘り尽くした奴が居る事も、今、ここで覚えていきなさい。」

 ブエラの言葉に、由佳は顔を整え、耳を澄ませ、意識を整える。


「四領の領主とはそういう物だ。特に、健在のコヴ・ラドと、コヴ・ダナウ。この二人が、多くの人材を自分たちの下へ抱え込んだ。違うのは、ラドはそれを傍に置き、活かし育てるのに対し、ダナウに付いた者たちは、素行は悪くとも知恵が働き、自分で行動をできる者たちだった。そしてそれを、ダナウは不要になれば捨ててきたという事だ。その捨てられた連中は、今何処にいると思う?」

 由佳は、ブエラの質問に答えるだけの情報もなく、素直に首を横に振った。砂時計が出てこなかったので、それが許されるのだと理解した。


「ラドに連れられて、皆、罪地に行ったのさ。そしてそこから帰ってきた事は、当代、聴いた事がない。捨てられたのならば、時には上手い扱い様もある。だが、今年に限ってはそれを許さなかった。」


「この国は民を導く貴族すら失い過ぎた、お前が言う、廃坑だ。そのガラ石にも急いで価値を見出さねばならないほどにの。黒髪黒目がそれを立て直すなら、相応の覚悟を持っていなさい。」

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