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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
152/251

交流会

「よぉ。主賓が漸く到着か。」

 栄治がやってきた相手を出迎える。三名の内、二名はとてもぎこちない足取りでそこへ踏み入れる。


「京極さん。お元気そうですね。」

 幢子は、会場で似合わない仰々しい服を纏った栄治を睨みつけ、作り笑いをする。


「まぁ、そうなるわな。だが、俺も一杯食わされた口だ。それに、十分情報は与えておいたつもりだがな。」

 幢子は、慣れない足取りで歩みを進めると、栄治の手の促すままにその前に立つ。


「お初にお目にかかります。ディル領より参りました、コウチ・トウコと申します。この度はお招き頂き、ありがとうございます。」

 表情を崩さず、恭しく礼を払う。それは先日見た見本を、そのままに参考としたものであった。

 幢子に続いて、後に控えるエルカ、コ・ジエも同じ様に礼を払う。


「リゼウ国国主、アルド・リゼウだ。窯元には以前よりお会いしたかった。我が国の農相が格別に世話になっている。今後とも、良き付き合いを。」

 頬を緩ませ、手を差し伸べるアルド・リゼウに対し、幢子は頭を上げ、その手を取る。

 血色の良さそうな手を、幢子はしっかりと握ると、それを返すように力が返ってくる。


「ご紹介をさせてください。ディル領のコ・ジエ、それと詩魔法師エルカです。」

 そうして振り返り、幢子は後の二人にその視線を促す。


「ディル領のコを賜っております、コ・ジエで御座います。」

「ディル領で詩魔法師をしております、エルカと申します。」

 そのやり取りに、会場の先客達は、静寂に包まれる。



 周囲の目は、幢子に集中をする。サザウ国において、その場に招待された面々の殆どは、幢子の顔も、その名前すら知らなかった。

 しかし、コ・ジエの名前と顔は一致するものも多い。実際に会話を交わした事がある者も居た。


 領主が先の事件で鬼籍に入ったことは既に、周知されていた。その後継者であり、次のコヴは、先達て次代のコヴとして指名がされている、コ・ジエであると誰もが思っていた。

 そうである以上、コ・ジエが主催であるアルド・リゼウに挨拶をし、それに供をする者を紹介するのが次第である、と。


 窓際で壁を背にし、誰と会話することもなく静かに佇んでいたコ・ニアがそれを見て静かに口元を緩ませる。

 当事者たちと少し離れた位置で、恐縮とばかりに身を小さくしていた細川由佳は、幢子を見るなり笑顔を浮かべたが、その足を、隣にたたずんだブエラ老が踏みつけた。


 この挨拶の順序を決めたのはコ・ジエであり、その事は既に互いの役人を通じて、双方で事前の共有を済ませていた。或いは、既に近しい関係者は、それを知らされていた。

 そして、この場でそれを知らされていない者は、これから、関係を築いていく面々という体裁を取っていた。


「詩魔法師エルカ、君の事もよく知っている。オカリナとそれを用いた詩魔法の有用性は、我が国の詩魔法師たちの負担を大きく減らしてくれた。出来ることならば我が国の詩魔法師として招きたい所だが、既に良い主の下に居る様だ。今後も変わらない関係を築いていきたい。」

 そうして差し出された手を、エルカは恭しく取ると、震えながら、トウコと同じ様に礼を払う。


「勿体ないお言葉です。主の下、御力になれる事があれば幸いです。」

 細い声で震えながら、それに応えるエルカに、幢子は無言の声援を送る。


「コ・ジエ殿。先の領主、コヴ・ヘス殿の話は既に聞いている。知己はなく、数度手紙をやり取りした関係ではあったが、我が国へのディル領の力添えを思えば、それは惜しい事であった。この度の出会いをえにしに、生前の御父上とは果たせなかった親密な交流を、貴殿と築ける事を願っている。」

 コ・ジエはそうして差し出されたアルド・リゼウの手を取ると、先の二人と同様に礼を払い、恭しく握り返す。


「この者たちは、以前以後を、我が国、リゼウ国に欠かせぬ関係故に、私の名前で招いた。この場にいる者たちにも是非、私から彼らを紹介をさせて欲しい。」



 そうして、次々と挨拶が続いていく。

 遅れて会場へ現れた者は、それを伝え聞くなり、慌てて足早に幢子たちの前へと足を向ける。


 それらが落ち着いた頃、既に顔を見知った面々がその場に姿を表す。


「ジエ君、そしてコウチ・トウコ殿、詩魔導師のエルカ殿、久しいな。諸事があったため、遅参した。」

 ゆっくりとした足取りで現れたのは、エスタ領主、コヴ・ラドであった。


「コヴ・ラド様、ご無沙汰をしております。」

「ああ、ジエ君。本来であれば私が傍に立ち、君を紹介せねばならない所であったが、不要になってしまったな。仔細は聞いている。」

 コヴ・ラドが差し出した手を、コ・ジエはしっかりと握る。しかし、その握り返しは、酷く弱々しく感じた。


「ジエ君。後で君に伝えたい事がある。トウコ殿もご一緒いただければいいが、難しいようであれば君だけでも構わない。」

 コヴ・ラドの言葉にコ・ジエは頷くが、互いの表情が固いのは周囲の目にも明らかであった。


「この交流会の後、必ず、伺わせて頂きます。」

 コ・ジエの返答に、コヴ・ラドは深く頷くと、その場を後にする。


「ジエさん。コヴ・ラド様は」

「その件は、後でお会いした時に致しましょう、トウコ殿。」

 幢子が続けようとした言葉を遮るようにそれを被せると、コ・ジエは会場を離れていくコヴ・ラドの姿をただ静かに目で追った。

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