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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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温かい音色

 その日は朝から晴れていた。


 季節の合間合間に訪れる端境期には、比較的穏やかな風と、色の抜けたような白い空に雲と太陽が浮かぶ、そんな日が続く。幢子には、そんな兆しが、ここ数日感じられるように思えた。


 交流会を翌々日としたその日にも来客があり、コ・ジエを中心とし、事前の打ち合わせと、根回しが行われていく。

 今日に至る折に現れた由佳の、商会長としての正装を見て、幢子が驚く一面もあった。最もそれは、由佳にとっても慣れないものらしく、お互いに苦笑いを浮かべ握手をするに至った。


 先日訪れたコ・ニアはその後、一度だけ滞在屋敷に現れた。エルカがそれを何となく苦手としているのに、幢子は薄々と気がついた。

 それでも、自身とは会話が弾むこともあって、それは敵意のようなものではないと、幢子には思えた。エルカ自身からも、それが漠然としたものであって、理由のあるものではないと聞き出すことも出来ていた。



 そうした日々を過ごしてきた中で、幢子は村の様子に思いを馳せる。

 窯は創業できているだろうか、たたら場で事故は起こっていないだろうか。


 或いは、それは城壁の建造工事の進捗であり、時には、外敵の魔の手が迫っていないかの不安であり。

 コ・ジエに、それらの報告がないかを問うこともあったが、滞りがないとの返事が返ってくる。


 煙の匂いが既に懐かしく感じ始める、そういう気分のまま、幢子は風にあたっていた。



 塩と海藻、干した魚を浮かべた豆のスープを昼の食事とし、それを済ませた所で、僅かな庭で食後の日光浴をしていた幢子とエルカの前に、門越しに人が立っているのが見える。


「失礼致します。ディル領の領主様の滞在屋敷というのは、こちらで良いのでしょうか。」

 独立商人が纏う様な、緩く、薄手の日用服をまとった女性が門越しに幢子に声を掛ける。


「どうしましたか?」

 エルカが近寄って声を掛ける。それに釣られて幢子も足を向ける。

 幢子は周囲を見渡すが、人通りもなく、他に人影もない。


「黒髪で、黒目の男の人から、ここへ、この手紙を持っていけば、家族の夜の食事代ぐらいにはなる駄賃をくれるし、面白いものを見せてもらえると。」

 そうして彼女は門の柵越しに、手紙を差し出す。

 幢子がそれを覗き込むと、背面の封蝋が見えるようにその封筒を返す。


「京極さんの物だね。ありがとう。確かに受け取りました。お代は、ちょっと判らないな。」

 幢子は柵越しにそれを受け取ると、辺りに使用人が居ないか見渡す。


「コ・ジエ様か、家令の方を呼んできますね。」

「あ、いえ、その。お代は頂いているんです。先に。」

 幢子の頷きを待って駆け出そうとしたエルカを呼び止めるように、女性は声を上げる。


「そうなんだ。なら良かったよ。でも、面白いものが見られるっていうのは、何だろうね。」

 その場で手紙を開封しようか悩んでいる幢子に、戻ってきたエルカが傍に寄る。


「あの、お二人の首から下げられたそれは、何でしょう?」

 首にあるオカリナは、食後のお昼寝用に習慣として携帯していた。その日の陽気もあってそれが必要ない程、穏やかに微睡んでいた二人には失念していたものであった。


「ああ、これか。そういう事かもね。その人に、この時間帯、を指定されませんでしたか?」

 周囲が静かな事もあり、この日光の心地よさがなければ、オカリナの音色が響いていたかも知れない、そういう想像を幢子は組み立てていた。


「はい。街の盛り場で、職人や商人たちが食事を済ませて帰る頃、とだけ。」

 女性がそう言うと、幢子の後で佇んでいたエルカが頬を緩ませ、前に出る。


「私は、詩魔法師なんです。それで、これを使って詩を歌うのです。いつもであれば、その詩の時間だったかも知れません。」

 そうして、エルカはオカリナの吹き口に唇を当て、音を鳴らす。


「門の柵越しで、ごめんね。でもそうだ、エルカ。暖かくなれるように祈ってあげて。」

 幢子は目の前の女性の手が少し赤紫を帯びている事に気がつくと、エルカにいつもの様にお願いをする。

 幢子と同じ様にそれを見たエルカは、オカリナに口を当てたまま頷くと、数音のチューニングの後、ヘッダーを奏で始める。


 静かな石造りの街角に、日差しのように穏やかな音色が流れはじめる。


「ゆっくり息を吸って、身体を楽にすると良いよ。冷えた身体が少しだけ温まると思う。」

 幢子の説明に、女性は目を閉じ、息を整える。


 曲は幢子にも馴染みのものであり、何度か奏でたこともあった。

 女性は、エルカの演奏に耳を澄まし、詩に聞き入っているようにも見えた。


 幢子も、首から下げたオカリナを手に取ると、吹き口に唇を当てる。

 耳を澄まし、エルカの演奏を予想し、小節の途切れを探り、指を合わせる。


 最後のフレーズだけであったが、息を合わせて、オカリナに息を送る。

 音が重なった時、女性は驚きながらも静かに目を開ける。


「とても素敵な体験をさせていただきました。ありがとうございます。」

 演奏を終えたエルカに恭しく、女性は礼を払う。その仕草は、二人の目にもとても綺麗な仕草であった。

「この冬季に温かい気持ちになれたと、主人にも自慢ができます。」


「早く暖かくなるといいね。雨が降るのも、それで大変だけれど。」


「ええ、本当に。それでは、失礼致します。」

 簡単な会話を済ませると、女性は一人で門の向こうから去っていく。


 幢子とエルカはそれを見届ける事なく、受け取った手紙を手に、屋敷の方へと歩き出した。

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