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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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コヴの娘

 王都のディル領主滞在屋敷へ辿り着いたのは、ポッコ村を発って五日後の事であった。


 馬を用いず、徒歩で連日と歩き通す中で、コ・ジエがこれまでとあまり変わらずに自分と接する姿は、幢子にとって安堵であった。

 衛士に依る護衛が付いているものの、三人が連れ立って歩くのは数年前の冬季の行脚以来であり、煙のない場所で冷える夜を焚き火や掛草布、或いは漁師の暖取り小屋を拝借して過ごすのは新鮮であった。


 進んできた街道は、ディル領へと向かう荷車の独立商人たちの往来もあり、幢子やコ・ジエが、見た顔の傍を横切っては、挨拶にと足を止める事もしばしばであった。

 それでも、コ・ジエはその往来の数が少ない事を、幢子に嘆く。それは今も、事実上の国境となっているシギザ領との境にバルドー国の兵士が常駐しているからであり、その動向はこの一年間、変わることがなく陸路の通商は実質止まっているからと言えた。


 だが王領へと入ると、そうして足を止める機会や、雑談に興じる機会も減り、黙々とその道を進んでいき、予定の日にちを大きく逸れる事なく、王都トウドの城門をくぐるるに至った。



「一度、ちゃんとお話をする機会を持ちたいと思っていました。」

 交流会の日程を待つばかりとなった幢子たちの下へ来客があったのは、到着の翌日の事であった。


「コ・ニア嬢、随分と久しぶりな気がしますね。息災でしたか。」

 玄関から応接間へのエスコートを終え、着席をしたコ・ジエがそう口にするが、コ・ニアはそれに軽く会釈を返すのみで、その視線は既に着席をしていた幢子へと向いていた。


「ええと、エスタ領のコの、ニアさんでしたね。ちゃんとお話をするのは初めてかも知れません。」

 幢子は、慌てて着せられた屋敷のドレスを少し息苦しくも感じながら、差し伸べられた手を取る。


 エルカより少し背が低い。短く整えられ、色素が抜けた様な白髪とも銀糸とも取れる髪。質素ではあるものの丁寧にあつらえれられている、羊毛生地と思われる染色をしていない白いラフドレス。

 それらが幢子の印象であったが、手を握った時、傷一つ無い白く細い指が、何よりも意識に残った。


 幢子の記憶によれば、コ・ジエよりも歳が一つ若いと聞いていた。


「改めまして、エスタ領主、次代のコヴとして代行を行っております、コ・ニアです。王都への到着が遅れている父に先立ちまして、お二人にご挨拶に参りました。」

 そうして、挨拶を述べ、幢子を見つめる色素の薄い瞳が、コ・ジエには、自分の持っているコ・ニアの印象と大きく違う気がしてならなかった。


「コウチ・トウコ殿、どうか私も、敬称、役式を用いず、ニア、とお呼びください。貴領には、様々な支援と互いにし合う中。父のコヴ・ラドも、先の領主コヴ・ヘス様とその様に接しておりました。」

 そう、コ・ニアが述べると、一瞬だけ自分に視線が向けられた事を、コ・ジエは察した。


 コ・ジエにしてみれば、その挨拶は、今後の幢子の立場を正式に発表されるまでは、自分に向けて行われる会話のはずだった。

 その違和感に思想していく中で、自分の手元に支援としてコヴ・ラドから送られた役人たちの存在に思い当たる。その中には、あの場に臨席していた者も居たと認識していた。


「ニアさん、でいいのかな。これからもよろしくお願いします。私も、トウコで構いません。」

 幢子がそれに辿々しく応えると、コ・ニアは目を細め、口元を緩ませる。


「では、私もそうさせていただきます、トウコ様。以前、村に立ち寄らせていただいた際に、是非こうして話がしたいと思っていたのです。漸く、機会に恵まれて嬉しく思います。」



 そうして、三者にとって当たり障りのない会話が交わされる。


 例えば、鉄器の話であったり、例えば、農具の話であったり。

 コ・ニアが領で育てている果実の話を出せば、幢子もその話題に食いついた。


 専らが、幢子とコ・ニアの会話に終止し、コ・ジエはそこへ相槌や補足を入れることに徹する。

 そうして表情を見せ、会話を弾ませるコ・ニアの姿を見たのは、コ・ジエにとって初めての事であった。



 ふと、コ・ジエは視線を感じて、そちらに目を逸らすと、同じく屋敷に滞在しているエルカが隠れるように応接間の外で立っていた。

 話の弾む二人に軽く会釈をし、席を立つと、コ・ジエはそれに寄って、エルカを場へと招き入れる。


 エルカの存在に気づいていなかった幢子は、入ってきた彼女を見るなり頬が緩む。


「エルカ、こっちに来て。ニアさん、紹介します。詩魔法師のエルカです。」

 幢子は席を立ち、エルカの傍に寄って、ニアに向けてエルカを介する。


「コ・ニア様、お初にお目にかかります。詩魔法師のエルカです。どうぞお見知りおきを。」

 静かに、やや小さめな声で、幢子の背にやや身を隠しながら、エルカが挨拶を述べると、コ・ニアは幢子にしたのとはやや違う頬の緩め方をする。


「ええ。エルカさん、初めまして。コ・ニアです。まるでお二方は姉妹の様でいらっしゃいますね。」

 そう応えたコ・ニアは、エルカにも同様に手を差し伸べる。


「トウコ様の妹は、もっと活発で、行動的で、意志の強い方、であると、勝手に印象付けておりましたが、エルカさんを目に致しますと、見地が広がる思いが致します。」

 自分の手を握り、そう言葉を付け加えたコ・ニアの手が、エルカにはとても強く、痛く感じられた。

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