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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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決心のための時間

「そりゃいいな。そうだ、あんたがコヴになっちまうのが一番早い。」

 幢子がコ・ジエの言葉と仕草に、対応を困っている所を栄治の笑い声が響く。


「ちょっと、待ってください。私には無理ですよ、そんなの。」

「お前も背負え。背負ってみろ。怖いかもしれんが、おまえさんは一人じゃないだろ。」

 ひざまづいたまま、幢子の言葉を待っているコ・ジエに動揺する幢子へ、追い打ちをかけるように栄治の言葉が響く。


「細川さんには、ブエラの婆さんが居る。そこには独立商人組合も乗っかって回しはじめてる。俺にはリゼウ国主殿が足に絡みついて離れやしない。それでも俺達は不安も抱えながら、何とかやってる。相談にならいくらでも乗るぞ。」



「ねえ、ジエさん。」

 自分の足元に居るジエに、幢子は意を決して、身体と声を向ける。


「私、昔、コヴ・ヘス様と約束しましたよね。ジエさんの信じる、村の人達のために、できるだけの事をするって。ジエさんは、村の人が私に期待をしてるって言ったから、それを担保に、私を信じるって。」


「はい。」

 幢子の問いに対して、コ・ジエは短く、淀みなく応える。


「ジエさんは、このディル領やサザウ国の人たちが、私を信じて期待をしてくれるって、そう思える?私はもう、ヘス様に、約束の弁解が出来ないんだよ?ジエの期待を裏切らない、って約束を守りきれると思う?」

 幢子が続ける言葉に、コ・ジエは頭を上げる。父との約束が、彼女の口から出てくるとは思っていなかった。


 息を呑み、口に溜まった唾を飲み込み、心にえがき続けた言葉を整え、そして決心をし。


「トウコ殿以上の適任は居ないと、スラールの隅々に至るまで、私も共に足を運び説得してまいります。そして信頼と期待を勝ち得てみせます。」

 そして一拍の息をつき、村一帯に漂う煤の混じった空気を大きく吸い込み。


「貴方がこの村で焼いたその大皿を、その見事さの価値を、もう一度、私に任せてはくれませんか?」

 その心にずっと抱き続けてきた、後悔と無念と恥を振り払って、幢子に願う。


「ジエさんらしい。ずっと、根に持ってたんだね。」



「わかった。そのジエさんを信じて、私もできるだけの事をやってみるよ。」

 幢子はそれだけ言うと、見上げるコ・ジエの肩に手を置く。



 夕方、一枚の手紙を持って、幢子は村を歩く。


 陶器を焼く一号窯の前を歩いた時、やってきた窯の夜番担当が幢子を見かけ、会釈をする。駆け寄って窯の中の陶器の施釉の様子を伺うと、一番の出来の皿の話が弾む。


 炭を焼く三号窯の前では、志願して村へやってきた青年が窯の前で村の子どもと話していた。南側の城壁に用いる煉瓦の数をどうやって計算するかをやり取りしていて、幢子にはその手の仕草がどうにも気になった。


 たたら場では今も風を起こし換気が行われている。焚かれた炎の音が響いてくる前で、東屋の鍛冶作業班が今日の最後になるだろう鉄板に相槌あいずちを打っていた。その出来を聞けば、出来以上に鍛冶場作業を楽しくて仕方がないという答えが返ってくる。今日、初めてハンマーを持ったと聞いて、幢子はちょっとしたコツや自分の楽しみを教える。



 そうして、炊き場の隅で、手紙の宛先を見つける。

 エルカは、丸太の椅子に腰掛けて、オカリナを持った子どもたちに囲まれている。


 幢子はその横に座ると、首から下げたオカリナを手に取る。

 子どもたちはそれまでと代わって静かになり、二人をじっと見つめる。

 エルカの吹き始めを待って、幢子もそれに続ける音色を奏でる。

 それはもう、何度も吹いて、指の迷いもないエルカのお気に入りだった。


 エルカにとってその曲は、ちょっとした長旅から村へ戻った時、子どもたちから送られた特別な曲だった。

 吹き始めにヘッダーを入れず、詩魔法は乗せていない。ただの楽しい演奏。


 それでも、そのつもりでも、二人の演奏が始まると、周囲にぼんやりと光が漂い始める。

 幾つも浮かび上がっては、消えて、いてを繰り返す。


 二人が揃って、その曲を吹く特別な時間。それはいつでも見れることではなかった。

 演奏が終わってしまって、光が消えていく。その光景が、エルカと子どもたちはいつも寂しかった。



「エルカ。私、王都に行ってきます。」

 そういって、幢子はエルカに手紙を渡す。


「一緒に来てほしいんだ。エルカにも、一緒に居て欲しい。」

 幢子から手紙を渡されて、その震える手に、続く言葉の音が響く。


「また、子どもたちに、色々引き継がないとですね。」

 鼻をすすって、その瞳に一杯の涙をためて、エルカはそれに応える。


「私、トウコ様が、一人でいってしまうんじゃないかって、思ってました。」

 教会の扉の隙間から、一連の流れを見ていたエルカは、どうしてもつかない決心を一人で必死で掴もうとしていた。


 幢子はエルカが扉の隙間で見ているのに気づいて、少し時間をかけてここにやってきた。

 そして、そんなエルカと一緒に演奏をして、エルカの目が赤く腫れているのを見て、言葉を決心する。


「私に、大事な妹がいたって話、したよね。エルカには。」


「エルカはね、ずっと一緒に居たい、もう一人の大事な妹だなって、今では思ってるんだ。」

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