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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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貴方の手足となって

「話が大分脱線したな。戻すぞ。」

 傾いた地図を栄治が直す。しかし幢子の目は地図から離れずに居た。


「折角なら測量したものの方がいいだろう、色々考えるのにも、よ。だからこっからが本題だ。リゼウ国から人を出して、二国でヤートル基準の測量地図を作る。まずはそこからだ。その上で、一つ、横に計画を伏せて並走させる。」

 栄治がそれを指で示すと、幢子の目はそれに釣られていく。それを察すると、栄治は胸を撫で下ろす。


「この森林地帯に、一本、三国をまたいで通った細い道がある。スラール旧街道という奴だ。俺はこれを通って、ここまでやってきた。昔はもっと広かったらしいがな。それを復活させて、リゼウ国からこの村へと、真っ直ぐ引きたい。」



「なるほど。既存の輸送路は知名度だけに封鎖や寸断の際の備えに弱い、そういう事ですか。」

 コ・ジエは栄治の指を乗せられた地図上の線を見る。それと沿岸線の既存の輸送を見比べて昨年の事件を思い出し、口を歪める。


「俺が考えているのは普通の輸送路じゃねぇ。河内さん、あんた、ヤートル原基と一緒に送ってきた手紙に、レールと書いていたな。そういう事も、薄々考えていたんじゃないのか?」

 栄治の問いに対し、幢子は静かに頷く。


「トロッコ輸送、だね。機関車なんて大きな物は作れないけど、高低差や水平、距離の計算がちゃんと解決できれば、引き手の荷車に依存するよりも良いと思ってた。それに、動力の研究が進めば、インフラの布石として生きてくるかなって。」


「トロッコ一つをコンテナと考えれば、輸送量の把握や輸送路の整備も進む。そうすればそこに振り分ける人的コストや、資源の投資も長期計画で考えられる。距離は短くても、やりたいと思ってたんだ。こことディル領の館とか王都を結べれば、ってね。」

 幢子はそこまで言って、首を横に振る。そこに続く言葉を、栄治とコ・ジエは静かに待つ。


「鉄が足りないよ。もっと製鉄を進めないといけない。でも運ばれてくる砂鉄の量も、ここで運用するたたら炉も、まだまだ生産量が足りない。それをするための国力がない。それをするための人手がない。だから、まだ遠い話だよそれは。」

 幢子は目を伏せる。自分でも村の限界というのを城壁の建設を含めても感じ始めていた。自分の考えたことをやるだけの設備も、資源も、それを理解し実行する人の数も、或いは問題点を考えてそれを共有し考えてくれる人も、足りないと思い始めていた。


「だから、だ。あんたを表舞台に出したい。これは俺と国主で考えた絵図だ。」

 栄治が幢子に投げかける。それを言われ、幢子が顔を上げる。


「このままこの地に居てくれても、村の発展を続けてくれても構わない。だが、計画を陣頭で指揮する者として、あんたを招致したい。あんたを表に出して、それをリゼウ国と三領が両手もろてで支持をする。あんたの指示で、サザウ国のまだ見ぬ燻ってる労力も引きずり出して、計画をく動力にしたいんだ。」

 そこまで続け、栄治は息を呑む。昨日の夕日の一幕を思い出す。今したがの広域地図を見る幢子の目を思い浮かべる。そして、次に発する言葉を決める。


「あんたの目、今はこの村を俯瞰するその目を、リゼウ国やサザウ国全体が見える所まで連れていきたいんだ。」



「トウコ殿。」

 それを静かに見ていたコ・ジエが口を開く。幢子は地図から顔を離さず、けれど目だけはコ・ジエへと向ける。


「私は、トウコ殿に、王都に行って頂きたい、と思っています。」

 声を振り絞る。


 それは常々と考えていたことだった。そしてその切り札は、常に自分のその懐にあった。

 しかし、それを使わずに居る、使えずに居る自分の気持ちもまた、コ・ジエは理解していた。


 幢子と居る時間を、この村で過ごす日々を手放したくない、その気持ちが僅かにまさっていた。


 だが、地図を見る幢子の目を見た時、コ・ジエはそこで僅かにそれ感じ取ってしまった。

 

「これを。」

 コ・ジエは常にいだき続けた、すすで汚れた表紙の本を差し出す。

 幢子はそれを受け取って良いものか考える。それがコヴ・ヘスの残した手記だという事は既に見知っていた。


「可読箇所は、全て読みました。その上で、トウコ殿に伝えるべき所を、私は伝えていませんでした。」

 それを受け取る事なく自分を見つめる幢子に、コ・ジエは手記の表紙をめくり、ぺーじを捲りそこを指し示す。


『詩魔法師のエルカが興味深い話を私にのみ秘して告げた。手紙に添えられていた文字に似たものを、過去に王都への就学の折、見たことがある、と。』

 それは、細く、力ない筆跡であると、それすらも可読できるそのまま状態で、遺されていた。


「ジエさん、これって!」

「ここは言わば最前線です。次の冬が、無い可能性もあるのです。ですから、その時が来れば、トウコ殿がここを離れる理由となれば、と思い、ずっと秘してきました。」

 コ・ジエの目に薄っすらと涙が滲む。ずっと懐に隠してきた感情をゆっくりと紐解いていく。


「父の無念、父の苦心。残された書物はこれを含め僅かですが、それでも歴々と遺されたものには、深く刻み込まれていました。だからこそ。貴方に、それが出来るのであれば、このディル領を、このサザウを救って貰いたい。そのためならば、私は、亡き父に成り代わり、自分に出来る事をすべきなのでしょう。」

 そう口にした、そのままに幢子の横に立ち、そして跪く。


「貴方の手足となって。」

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