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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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一枚の地図

「で、散々期待した所で、あの硬さだったのは、ねぇ。」

 席についた幢子が、話題に上がった玄米についてその場で言及する。

 対座の栄治は苦笑いを浮かべ、口を開けて笑い出す。


 炊き場で振る舞われたそれは、コ・ジエや村人の一部、衛士も口にするに至る。

 しかし、その一同の表情は重かった。親しみ、柔らかく、口の中で噛み解ける豆の方を好んだ。

 

 茶碗を一杯丸々取り分けた幢子も木匙でそれを口に運び、表情を徐々に歪めていった。


「精米は必要だよ。そうじゃなければお粥にしなきゃかな。」

「まぁ、そういうな。来年はチャーハンもどきを目指すからな。土鍋とフライパンの手配を頼むわ。」

 そういう栄治の顔に向けて、幢子がにわかに口元を緩め、目を細める。



「さて、本題だ。まずはこいつを渡しておこう。」

 昨晩進める事ができなかった役人としての仕事を、栄治が切り出すと、コ・ジエと幢子に対して三通の封筒を放る。背面には封蝋が打たれ、極めて細い、しかし馴染みのある濃さで其々の宛名が書かれている。


「私と、ジエさん。それと、エルカに?あれ、これって鉛筆書き?」

「この封印は、馴染みはありませんが見た事がありますね。もしや。」


「そうだ。リゼウ国国主、アルド・リゼウからの直筆の招待状だ。その紙も、届いたばかりの増厚紙だし、鉛筆の方はセッタ領から届いた試作の鉛筆だな。」

 コ・ジエは封蝋をしっかりと覚え丁寧に破り、中の手紙に目を落とす。


「この村の話が、こっちの国の会議で話題に上がらないことはまず無い。それだけお前さんたちの貢献度が高いって事だ。草木灰、木酢液、陶器、農具、それにオカリナ。送られてくる身体検査についての情報、ヤートル原基、労働力の斡旋。三年間、顔を見たいといい続けて、その機会がないから、ついにこっちが機会を用意するに至ったって事だ。」

 幢子も封蝋を剥がし、その中身を確認する。中には羽根ペンの筆跡とは明らかに異なる、硬さは残るものの、丁寧で綺麗な字が並んでいる。


「けど、私もジエさんも、この村はそんなに離れられないよ。リゼウ国までなんて行けないよ。」


「いえ、そういう訳でもないようですね。見てください。」

 コ・ジエは自分の手紙にある一節を、幢子に見せ指し示す。


「冬季の終わりに、国主殿は、王都トウドに来る事になっている。そこで行われる交流会を、王権不在のサザウ国に代わって、リゼウ国が主催する事となった。と、表向きはそうなっているが、実際は違う。俺が直接ここに来て、直接伝える事になった理由の一つだ。」

 栄治がそこまで述べると、コ・ジエは手紙から目を離し、それを見る。


 二人が手紙に意識を向けている間に、栄治が一枚の紙をテーブルに広げていた。


「ヤートルについて色々な事が走り始めてる。一番動いてるのは検地だったが、そいつはあらかた目処がついたんだ。今大きく動いているのは、今の交易道、三国の沿岸線を進む道を中心とした測量と整備だ。こっちは独立商人組合も乗り気でな。ヤートル尺で道標みちしるべを配置する計画も始まっている。まぁ、そっちは細川さんに大体は任せている。」

 三国の大まかな地図でその沿線を栄治がなぞると、幢子もその紙に目を乗り出して目を向ける。



 河内幢子にとって、それはこの世界で初めて見る広域の地図であった。



「裏で、内々に進めたい計画があってな。戦争の兆しもある。手紙でちんたらやってないで、関係者を集めて、根回しを一気に済ませてしまいたい。そういう、人集めの場が今回の交流会の裏の顔だ。」

 栄治が話を進めるが、幢子はその広域地図をただじっと見つめている。


「この地図って、どれくらい正確なものなの?距離の感覚もわからないからなんとも言えないのだけど。」

 幢子は、頭を占め始める疑問を思わず口にする。


「かなり古い地図を、書記官が書き写して代々伝えてきたものらしい。精度は判らん。」

「でもさ、この形って、見覚えがあるんだよ。形が似てるだけかも知れないけど。」

 そういって、幢子は目の前の地図を傾ける。


「ほら、形だけ見れば、イベリア半島、だよね。何となくだけど。」


 幢子の目には、そう思い込んだ手前、口元を緩めながら地図の要所を指で触れていく。


「だよなぁ。方位が狂ってるから、違うもんだなってのは理解するんだが、俺もそう思ったさ。」

 丁度幢子が指を置く、その位置はバルドー国の東端であった。


「ここはジブラルタル海峡。もしかして橋があったりはする?こっちはフランス側につながるビスケー湾の沿岸、だっけ。千ちゃんの中学受験の頃に、色々聴かれたなぁ。」

 幢子はあちこちを指さして、記憶を探索していく。


「でも、陽が昇る向きがぜんぜん違う。だからきっと、似てるだけなんだよね。」

「いや、俺もだ。似てるなって思ってから、それがずっと頭の何処かに残ってる。だから、検地の次に、測量を考えた。白黒はっきりさせたい、そういう気持ちが無いわけじゃない。」


「私はバルドー国の方の地理の詳しい知識がないのですが、その位置の対岸、東側には目視できる距離に大陸が広がっていて、船で流通をしているそうですよ。向こうには大きい国があるのです。現在のバルドー国の王都、古くはスラール時代の王都も、その海峡の辺りにあったはずです。」

 弾む話題の二人に、それを合わせるように、コ・ジエが口を開いた。

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