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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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お上りさん

 冬季も深まった頃。ポッコ村に冷たい風が吹く中、東部の城壁建設は大詰めを迎えていた。


 村の作業と交代制で行われる建設に、派遣されてきた青年たちはすっかり順応している。

 三年前に訪れた時から村の変容に驚いた者も居れば、度々訪れていてその折々を語り草にする者も居る。

 本格的に行われ始めた製鉄や鍛冶場作業に興味津々の者も居れば、そうした息抜きを、巡回を息抜きとするコ・ジエに怒鳴られるものも居る。


 村には活気と言えるものが、十分に育っている。時折村を見回しては、幢子はそう感じていた。


 野盗の襲撃事件の際、負傷した衛士は、療養も兼ねて現在はポッコ村に常駐をしている。

 王都へ戻される話も上がったが、本人がそれを固辞した事が大きかったという。

 代わりに、王都の衛士隊から増援が派遣されており、リオルは隊をそのままに、複数の部隊を監督する連隊長を拝命するに至った。


 ポッコ村全体の家屋が手狭となっており、建築用の資材が三領から掻き集められ、それがハヤテの手によって運ばれてくる。

 村からは、木酢液や陶器、灰に続いて、極僅かだが正式に鍬の刃、実用性が実証された斧など、鉄器が運び出されるようになった。鉄器の配送には細川由佳が立会い、自身の荷車でそれを運んでいくため、冬季に入って既に数回、村に顔を出していた。


 また、冬季の始めにコ・ジエの下に「鉄器の製造許可」を発布した仮の証書も届いていた。

 王権が戻るまでの間の暫定的な物となるが、王政庁により認可されたもので、この発行にはコヴ・ラドとブエラ老が深く関わっていた。

 そして、それが漸くコ・ジエの手元に届いた事で、陰ながら胸を撫で下ろす役人も数人居た。



「全く、散々な目にあったな。」

 村の傍を流れるサト川の上流から、数人の来客が訪れたのはそんな頃だった。


 その情報は瞬く間に村に伝播したが、巡回していた衛士がその報告を受け、飛んできた頃には、男を一人残し、他の面々は姿を消していた。


「まぁ待て。槍を収めてくれって。」

 遅れて知らせを受けたコ・ジエが、河原で衛士と睨み合っている男を見かけた時、彼の中から張り詰めた思いが解け、衛士を押し留め、その手を差し出す。


「お久しぶりです、キョウゴク・エイジ殿。昨年の王都以来でしょうか。」



 突然の来訪者に村は騒ぎになったものの、幢子や由佳と同様の黒髪、黒目であり、コ・ジエの同伴もあった事で、警戒色は、歓迎のムードに変わる。

 手隙の者は作業を止め、炊き場の手伝いに周り、子どもたちも少し離れた所で来訪者の姿を付かず離れずその様子をうかがった。


「あんたは、詩魔法師のエルカ、だったか。領主の館以来で三年振りになるかな。」

 その姿を見かけ、栄治が駆け寄って声をかけた時、エルカは昼食を前に休憩していた所であった。

 村で起こった騒ぎが気になりつつも、オカリナの演奏を止めることが出来ず、熱中症で倒れた、たたら場の送風係の看病を終え、その頃にはその警戒色も消えていた。


「お、お久しぶりです。」

 慌てて丸太の椅子から立ち上がり、差し伸べられた手を取るものの、エルカは漸く絞り出した言葉に舌を噛む。

 接点はなかったものの、黒髪で黒目の知己は三名しかおらず、彼の話は手紙の伝聞で幢子から幾度も聞いていた事から、目の前の彼が今は、隣国の実質的な宰相とも言える立場だと知っていた。

 そんな立場の人間が、突然村に現れ、自分の目の前に立っているその緊張感は、エルカのか細い心を締め付け、赤面し、どう接したら良いか判らずに居た。


「河内さんはどこだ?国から遠路、土産を運んできたんだが。」

 そう問われ、エルカは周囲を見回す。熱中症が出た報告は幢子が運んできたものだったが、その顛末を見届ける事なく姿を消していた事を思い出した。


「恐らく、たたら場か、村の東の城壁の建設現場の方だと。」

 栄治の後に立っていたコ・ジエは、エルカの言葉を聞いて、その場を駆け出す。


「忙しそうだな。では、先に飯にさせて貰うか。今朝はまだちゃんと食ってなくてな。すまないが、俺の食う分はあるだろうか?」

 栄治がそう言うと、エルカは深く頭を下げ、広場の炊き場に向かって駆け出した。


「リゼウ国の使者殿。失礼だが伺ってもいいだろうか。」

 村に来た時から随伴している衛士が、エルカの背を追って歩き出した栄治に問う。


「どうやって来たのか、ってのを聞きたいんだろう?」

 自分を未だ警戒するその目に関心と、若干の呆れを感じながら栄治は言葉を被せる。


「まぁ、その辺りの答えも含めて今回やって来た訳さ。実際に自分の目で見てみたかった。道中のガイド、案内役が手配できて大いに助かったがな。」

 栄治の答えとは言えない言葉に、衛士はハッとする。知らせを受けた時には数人とそれを聞いていたからだ。慌てて周囲を見渡すものの、それで見つかるものではないと直ぐに理解する。


「案内役って言っても、そいつは副業みたいなものだそうだ。あんまり詮索しない方が良さそうだぞ。」

 そう言って栄治はから笑いをする。姿を消した面々の行方は栄治にもわからなかった。数日間を共に歩いて世間話も弾んだが、その点については、それを手配した二人から、暗に示唆されたに過ぎない。


「それよりもまずは飯だ。良けりゃ今夜、あんたにも珍しいものを食わせてやるよ。親睦の証としてな。」

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