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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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スラール旧街道

 栄治がそこに目をつけたのは、測量を始める予備調査の際にリゼウ国の現時点の地図を見た時であった。


 一の豆の作付けを送らせてまで実施した試験農場の検地と、十六平方ヤートルごとの作地区画の整理は、二の豆、三の豆と進むに従って、リゼウ国に浸透していった。

 ヤートルの認知を進めると同時に各地へ散った役人は、各農村に原基から量り取った「検地紐」を送り届け、それを使用するだけに留まらず、周囲の環境情報を栄治の指示通りに収集した。


 こうした場面の過程で、由佳から石墨の輸出と、鉛筆、増厚紙、クレヨンの商談を持ちかけられる。

 そして、由佳が提案する等高線の書き足しを意識した測量の実施、南部交易道での一里塚いちりづかならぬヤートル塚の提案を受ける。


 これらに対し、栄治の深い溜め息が、三日と続いた。

 鉛筆の製造権をセッタ領に握られた事と、未完成の鉛筆とクレヨンが目の前にあったからである。

 そしてそれは、反骨するように、秘蔵の陸稲を用いた米粉による、消しパンの試作品が完成するに至った。


 国主を前に陸稲の増反ぞうたんと追加の支援人員を勝ち得た栄治の叫び声は、城内に大きく響き渡り、それは一部役人には執念とも狂気とも受け取られた。


 そうした製図の準備とも言える諸事を経て、農作の落ち着く冬季に入り、積雪がない南部から、実際に測量計画が開始されるに至る。



「で、だ。既存の交易路の利便性を上げると同時に、依存率を下げたいと思っている。」

 測量部会と呼ばれる役人会議で、栄治が切り出したのはそんな提案だった。


 昨年の冬、交易道が止められディル領への支援が止められた件については、栄治にとって懸念となっていた。次々と送り込まれてきた難民も、この交易道を通ってきており、そこへ野盗の噂話も浮かんできていた。

 戦争が本格化した時、バルドー国から繋がっているこの交易道は同時に戦線になるだろう不安も加速していた。


「しかし、スラール旧街道は使われなくなって久しい。森林部を通過するだけでなく、昇降しょうこうも険しく、またししや熊、狼といった危険も多い。整備だけでなく、調査や討伐が必要だろうな。」

 アルド・リゼウは栄治の提案を受け、現実的な課題を呈する。その言葉に、栄治は否定せず頷く。


「そのための測量だ。幸い、難民の受け入れも素行調査も落ち着きつつある。試験農場もそうだが、ヤートル設計を取り入れた計画的な農業村をこさえるには十分な数もある。そこで浮いた兵士と役人を、冬季の終わりから、スラール旧街道の切り拓きと測量の専業として徴発したい。」



「で、その手紙が物を言うわけだな。」

 アルド・リゼウの手には、エスタ領の封蝋を施された一枚の手紙があった。既に開封されたそれには、領主の代行としてコ・ニアからの返答が入っている。

 栄治はその内容をまだ知らされていなかった。


「スラール旧街道より北部にある罪地の関係もある。事前に相談はしておく必要はあったということだ。」

 測量に関する協議自体は既に幾度か行われていたが、スラール旧街道の運用については確かに、その会議が初めてであった。しかし、根回しとして事前にその旨を、国主に伺い建てておく必要はあった。


「で、返答は?」


「そう急ぐな。冬季中にヤートル測量調査と、交易資材としての伐採は進めるとだけある。要は、実際の着手には時間が必要だという事だ。」

 コ・ニアからの手紙入りの封筒を、栄治に放ると、アルド・リゼウは席を立つ。


「向こうには人手がない。切り拓きを始めるにしても、国策として認可を得るのは王権不在の今では難しいだろう。わずかとは言え、セッタ領と王領も横切る形になる。そこも今後課題となる。」

 栄治は同様の内容が書かれた文面を手紙後半の膨大な欄外に認めると、そこを走り読みしていく。


「サザウ国は今、未曾有みぞうの大掃除が実行されている。しばらく話は進まないだろう。ましてバルドー国との戦争が目の前にあるそういう状況ではな。」


 栄治はコ・ニアからの手紙を走り読みしていく中で、それらとは無関係の情報共有とも言える項目に目を留める。


「実際、ポッコ村が襲われた、とあるな。野盗の体をした斥候のようなもんだろうが、あの辺りに何かあるとシギザ領やバルドー国も気づく頃合い、なんだこりゃ?村に城壁を作るだと?」

 一文を見つけ、栄治は思わずそれを見間違えかと思い、眉間を抑える。しかし、あの河内幢子が居る村であるならそういう事を独自の裁量で実行もするだろうと溜め息を吐く。


「農相の作った消しパン、とやらも送ってやったらどうだ?木酢液の入ったかめが一つ増えるかもしれんぞ?」

 栄治は、そう言って笑うアルド・リゼウを一瞥し、改めて深い溜め息を吐く。


「パンではなく米自体を送れと言ってくるだろうさ。使わずに食うだろうな、あの村のコヴ様ならな。」

「で、あったな。消しパンを作るからと、食うオカボのために増作を強固に主張した農相と同郷であったか。私は、未だ会うことは叶っていない。」

 予てから幾度かそう吐露するが、一向に知遇を得られない彼の地の人物を、アルド・リゼウは夢想する。

 だが栄治にしてみれば、最近の細川由佳も、河内幢子にしても、目の前の君主にしても、同種の悩みの種である事には変わりなかった。


「では私の銘を付けて、農相の陸稲を送ったら向こうから礼に尋ねてくるだろうかな?どうだろう。」

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