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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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王都での進展

 その日、王都中央区の一角で、大規模な捕物劇が展開される。


 ポッコ村から護送されてきた詩魔法師は、それを統括する「詩魔法院」に預けられる事はなかった。


 本来、詩魔法師が何らかの罪に問われた場合、詩魔法院によって独自に取り調べられ、その結果を持って罪の重さが決められ、王権に依って直接それを裁量される。

 しかし、現時点でサザウ国は王権が欠落しており、その裁量は詩魔法院にて、独自に行われている、と思われていた。事実、詩魔法師を統括する、「院長」もそう認識し、実施していた。


 そもそも、事前から詩魔法院の決定はほぼ覆ることはなかった。

 それはサザウ国に於ける詩魔法師の慢性的な不足が起因しており、それは六十年程前のその「原因となった事件」が、王権に依って行われていた事が原因である。

 以後、詩魔法師の再配置、再編成に関しての決定権は「院長」に重きが置かれていた。



 詩魔法院に衛士隊と、ブエラ老、そしてコヴ・ラドが踏み込んだのはその日の昼過ぎであった。


「息災かね、院長。」

 院長室に踏み込むに至ったコヴ・ラドが、部屋の主に問わずドアを開けた時、室内では数人が怯えたように頭を抱え小さくなっていた。


「随分と物騒ではないか。エスタの領主ごときが一体何のつもりだね、コヴ・ラド。」

 院長は自身の後ろに隠れた者たちを庇うように、来客の顔を睨む。


「何、と言われても。一領のコヴとして、ではなく、エスタ領を扱うコヴ、としてだがね。」

 そうして、コヴ・ラドは一枚の書状を解いて広げる。

「王政庁で王権の代行として発令された正式な書面である。院長殿を始め、然るべき罪人を、罪地へご案内に来たのだよ。」


 壮大に行われた抵抗は、衛士たちに詩魔法に寄る強制睡眠の昏倒者を数名出したが、院長室に至ってはその抵抗はなされなかった。


「昔から悪知恵は働く奴だとは思っておったよ。詩魔法の実力はあの方と比べるまでもないが、政争の方は随分と達者だったね。」

 ブエラは後ろ手に縄を括られた院長を見て、若き遠き日の憧れた背中との違いを思い浮かべる。


「だからこそだ。詩の扱いにしか脳がない連中を、私が導き、守ってきたのだ。それが罪であるものか。」

 院長は反抗するようにブエラを睨みつけ、続いてその傍に立つコヴ・ラドを睨む。


「シギザとばかり仲良くやり過ぎたんだよ。政争は上手かったが、政治は上手くなかったんだ、あんたは。」



 リゼウ国から送られてきた、「わけあり」の「同志きょうはんしゃ」の詩魔法師は、過去に王領付きで、その素行に問題が噂された男であった。


 実力はあったが、通貨絡みで騒動を起こし、詩魔法による昏倒等を行使して、その罪を問われていた。しかしその後、詩魔法院における情状の調査を行われ、「院長」によってシギザ領へと送られていた。

 そのシギザ領で通貨を与えられ重用されていた様子で、今回の密通未遂もその報酬を約束されていた事を、進んで情報提供した。

 他国での重罪を払拭する事は簡単ではないと、リゼウ国で散々脅された結果の事である。


 そうした詩魔法師が、次々と、リゼウ国の「入国管理」に引っかかる。そしてそれらがブエラの下へ届けられる。その数の多さに、王政庁は閉口する。

 その中には、以前から「院長の配慮」を薄々と認識しているものも居たが、最早、火の粉が及ぶ事を押してまで庇い立てをする者もなく、口をつぐむだけであった。


 そもそも三領の領主は、以前から院長の差配には含む所を持っていた。詩魔法師として優秀な成績を得た者は王領やシギザ領に優先的に配置されていた。そして次々に「腐っていく」。

 だがそれは王権にも及ばぬ、特権とも言えるものであり、また「王権では裁くことが出来ない」聖域と化していた。状況証拠ばかりで「院長室へ踏み込むに至る」事にはならなかった。


 こうした捕物劇の下準備が着々と行われている中で、「ポッコ村への野盗襲撃事件」が発生する。


 この際に衛士一名が生死を彷徨う重症を負った事、またその襲撃者に「暗視を付与した詩魔法師」が捕縛されるに至る。

 これにより、王権不在の間、独自の裁量でその行動を判断していた「衛士隊」が、捕物劇の面々に加わった事が最後の一手になり、王政庁はついに、急ぎ王都に戻ってきたコヴ・ラドに言われるままに書状を用意するに至った。


 件の詩魔法師や、捕縛済みの詩魔法師は、この捕物劇の後、院長と共に罪地へ送られる事になっていた。

 その事に、コヴ・ラドは内心、暗い笑みを浮かべていた。


「あやつにも、詩魔法師を守る熱意に燃える、若い雨季はあったのだろうさ。」

 院長を失ったその部屋で、冷たい海風を伴う夕暮れの陽を浴び、ブエラは窓越しにそれを口にする。


「だが、それをダナウが徐々に腐らせた。ダナウを利用しているつもりが、いつしか利用されていたのだろうさ。成熟する乾季を経て、ダナウを失い、惰性のままに冬季がやってきた。」

 ブエラはその机の上に乗る「香台」に目をやる。部屋に薄っすらと漂う青い臭いが気になっていた。しかし、それについて詳しく調べるつもりはなかった。


「事が大きくなるに従って、手を切れなくなる。手を切れないから、それが正しいのだと思い込む。それはよくある事だ。そんな過ちや、しがらみは珍しい事じゃない。そうだろう、ラド。」


 コヴ・ラドはブエラの言葉に頷く事はなく、老婆を残して静かに部屋を後にした。

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