夜襲戦 陽が昇る前までに
衛士の槍が、弓使いの頭をはたき落とす。
その後ろを走ってきた衛士がその男を石突で押し倒す。
そして最後の一人、リオルが男の心臓を槍先で突く。
衛士隊で訓練として行われる、三身の流れ。その初めての実践相手であった。そのまま、勢いを殺さずに、木々を足と腕で掻き分けて、次の弓使いを探す。
この男の不運は、矢じりに火を灯したことだった。それが格好の目印になった。
しかし、男だけではなく、それは野盗たちの不運でもあった。
夜目が効く衛士、その夜目を付与する詩魔法師、更には既に存在を把握されている事。
この村にたどり着くまでの慎重さは、空腹も手伝ってか、相手への警戒を欠いていた。
三人目の弓使いの命を確かに奪った後、リオルは周囲を警戒する。
周囲に残り七人以上の野盗が、まだ潜んでいたはずであった。
夜目は先程ほどはハッキリとそれを捉えない。身体への負担、魔素の影響はずっと楽なものであったのと引き換えに、視覚、聴覚、速度も控えめとなっている。
木の幹に隠れ、手振りで同僚たちに合図を送る。
矢じりに火を灯す弓使いの姿は、見つけられずに居る。その合図は、弓使い以外を攻撃対象にする、というものであった。
一人から合図が来る。輸送路の上に松明を消して潜む、一塊の集団が見て取れた。
三人は集まって、数える。リオルの目には八人が潜んでいるように見えた。
右手の薬指一本を立てる。それは手仕草で八を表す。片手で十五を数える仕草は、この村に来てから幢子に教わり、部隊内で採用したものだった。
槍使いにとって片手で数え、片手で示せるそれが便利であると感じたからだ。
他の二人も数え、八が二人、九が一人だった。一人が木の幹の向こうで弓を手に持ち、矢じりに油を塗っているのが偶然見えていた。
リオルが指示し、九を示した衛士が先駆けする。
「ガッッ!」
頭を打ち据えた時、弓使いが声を上げる。続いて押した際に弓の転がる音、心臓を突いた時に断末魔とも言える吐血音。
すぐ近くに潜んでいた八人がそれに気づいて警戒をする。
「松明に火をつけろ!敵だ!」
誰かが気づいて声を上げる。一人が慌てて火打ち石を鳴らす。そこへ槍が飛んできた。
「う、腕がぁあああ!」
その声が、腕ごと自分の手元から離れていった松明を見届け、そのまま肘から少し先がちぎれ飛んだ腕からの大量出血に発狂する。
「火はまだか!向こうからは見えてるぞ!」
誰かが続いて声を上げる。しかし、その言葉が一層の狂乱を誘う。各々が立ち上がり、方々へと散り始める。
「逃げられちゃ困るからな。すまないが、手を汚してくれ。」
率先して命を狩る役割をやってきたリオルがそう言うと、二人は見合って頷く。
まだ詩魔法の効果は続いている。
リオルは幢子の詩の効果時間から、エルカのそれがもう少し長く続くだろう事を知らされていた。とはいえ、それを過信するつもりもなかった。
そしてもう一つのタイムリミットである、空が白み始める時間についても意識し始めていた。
「時間をかけるな!追う時間はないぞ!」
回収した槍を手に、手近な一人を背中から突く。先ほど片腕を失い、悲鳴を上げて回っていた男であった。男はそのまま倒れ、声を出さなくなる。
「助けてくれ!助けてくれ!」
そう叫んで回る男の胸を突いた時、リオルの指は三を差していた。
「三」「三」「二」
合流し討った数を確認し合う。取り漏らしがないのを確認すると、ポッコ村へと一斉に駆け出す。
ポッコ村では、東側の警戒をコ・ジエと、数人の役人が行っていた。
体を鍛える一環として、木刀を振っていたコ・ジエであったが、この半年ほどは激務を理由にそれを怠っていたことを悔やんでいた。まして今、手に握っていたのは、慣れない「斧」であった。
しかしそれ以上に、王立学校授業以来、木刀すら持っていなかった役人も、この中には混じっている。コ・ジエよりも歳を重ね、もうそんな風に体を動かすこともないだろうと思っていた者も混じっている。
東の連絡道側には、昨日、切り倒された木々と、その切り株が点在している。
心臓が高鳴る中、各々がその影にしゃがみ込み、聞き耳を立てる。
空が白み始めていることは幢子も気がついていた。詩魔法の効果以上に、周囲が明るく感じ始めていたからだ。
それでも、どうしても北側の雑木林が気になっていた。
時折、教会の窓から頭だけ出して目を凝らす。その位置からなら雑木林から飛び出してくる物陰は見えるだろうと思っていた。
数人の役人と、先程まで眠っていた荷運びの青年が、教会の片隅で震えている。
その側にはエルカもいる。青年の傍に寄り添って、震えるその手を握って黙して励ましていた。
ふと、窓の直ぐ側に居た幢子の耳に、落ち葉を踏みしめ、地面を蹴り、駆けてくるような音が捉えられる。
「ここを離れないで。窓から離れて。向こうは恐らく、こちらを見えています。」
残った衛士が、幢子の傍に寄り、声を掛ける。
「大丈夫です。今度こそ、お守りします。」
その衛士は幢子の前で頭をかき分ける。そこには消えずに残った傷跡がはっきりと見えた。




