表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
138/247

夜襲戦 村を狙う矢じり

「エルカ、大丈夫?」

 幢子の問いに、エルカは静かに頷いて、オカリナに唇を当てる。


 そこに、必要な荷をまとめた村人と、衛士と、役人、そして幢子、エルカ、コ・ジエが揃っている。

 村にいる全員といっていい。一同が声を発さず、周囲には篝火の弾ける音だけ響く。


ホー ホー ホーホホー

ホー ホーホー ホホーホー


 幢子にしたそれよりも、滑らかで調子の短いヘッダー音を済ませ、続けて静かに音色が響く。

 誰もがそれを静かに聞いている。


「終わりました。どうでしょうか。」

 エルカの演奏が終わり、声が響く。

「すごいね、これ。暗視スコープと集音器そのものだよ。っと。」

 体制を崩しながらも、幢子が自分の目耳に訪れた変化に興奮している。


「先程よりも、負担が小さいな。身動きも抑えやすいし、音も、目の違和感も薄い。それでも十分だが。」

 幢子の詩のそれと比較するように、リオルが体を動かしている。

「では、避難を開始してください。なにかあれば役人を送ります。その際は指示に従ってください。」

 コ・ジエがそう村人に言葉を向けると、各々が頷いて、静かに確かめるように動き出す。



「先方の詩魔法師は、恐らく後方から街道を渡ってくるのだろうと思います。」

「やはり、本命は南側か。」

 リオルの問いに、衛士の一人が頷く。五名を見かけた東側に対して、南の搬入路を進んでくる野盗は松明を焚いて、道沿いを十名を超えて歩いて来ていたという。


「弓矢を携えていました。恐らく南側から火矢を射掛けて、動揺と意識を誘って、東側から夜目の利く連中が引っ掻き回すのだと。」

 火矢という言葉を聞いて、コ・ジエが表情を歪める。記憶の端に、否応なくそれが引っかかる。


「南を先に潰しましょう。」

 思わず、それを口に発していたコ・ジエに対し、リオルが頷く。


「火矢が合図になっている可能性もある。それを阻止すれば、時間が稼げるかもしれない。人数が少ないのだから、工夫が必要だな。」

 リオルはそう言いつつ、自身の中で、人を殺める覚悟を詰めていく。

 野盗という扱いとは言え、衛士として直接、自己の判断で人を殺める。そうした局面は初めてであった。


「捕縛をするのなら、後ろを歩いてくるだろう詩魔法師を押さえればいい。状況は悪い。余裕はない。構わないな?」

「この村の情報が漏れる方が問題です。最悪、野盗の情報を得る機会なら、またあるでしょう。」

 コ・ジエが自分を真っ直ぐ見つめているのを見て、リオルは決心をする。


「北からは、来ないかな?」

 幢子がつぶやく。一同はそれを失念していた訳ではないが、考えたくはない事だった。


「その時は、その時だ。その時考えるしか、俺達には出来ん。先に気づけて、相手を把握できている。その幸運を信じるしか無いだろう。」

 リオルの空笑いに、幢子も一寸を置いて、頷く。


「こんな事なら、ちょっとは罠とかも考えておけばよかったね。今後の課題だよ。」

 ため息と後悔を吐く幢子を見て、リオルは吹き出す。

「あんたは肉団子を食わせてあの狼どもを撃退したんだ。期待してるから、今度も凄いのを考えといてくれ。」

 リオルはすれ違って幢子の肩を叩く。その仕草に、その場の役人やコ・ジエ、エルカが咄嗟とっさに冷たい視線を向けるが、対して、幢子の表情は和らぐ。


「考えておくよ。だから皆で生き延びよう。皆で、河原で朝ご飯を食べよう。」

 幢子の言葉に、リオルは背中越しに片手を振って返すと、立てかけていた槍を担いで走り出す。

 その背を追って、衛士が三人、同じ様に走っていく。一人がもしもの備えとして残った。



 野盗という事になっている彼らは、ジリジリと燃える松明の灯りを頼りにその道を進む。

 シギザの役人の上方から指示をされてこのような事をしていたが、昨今は人使いが荒いと感じていた。


 シギザ領から住人を追い出してディル領へ送り出す。

 その廃墟を拠点として、支度や武具を集め整える。そうしてディル領の農村を襲う。

 詩魔法師まで送られてきて、次第に、全員の野盗という雰囲気に気持ちが乗ってくる。


 そういう手はずであったが、最初に襲った村には誰も居ない。豆の作付けすら行われていなかった。

 それを手始めに、南部に点在する農村を街道沿いに順に襲っていったが、結果は同じであった。


 指示には、襲った村の豆は自由にしていいと聞いた。捉えた村人は自由に扱っていいと聞いた。

 しかし、そのどちらも得られていなかった。

 ディル領側で既に警戒されているのだと察して、北の森林部の開拓村も襲ったが同様だった。


 ディル領の半分以上も歩いて、漸く掴んだ尻尾が、川を超えた先の港町だった。

 そこに至るまでに、随分と時間がかかった。それだけに、情報収集を含め慎重に事を進めてきた。


 冬季が間近にきていた。あのディル領主の館に火を放って、そろそろ一年が過ぎようとしていた。

 

 各々、出世も、取り立ても約束されていた。だがそれ以上に、妙に全員の腹が減っていた。

 豆を始めとした食料をたんまり乗せた荷車を見つけたと聞いた時、全員が歓声を上げた。


 青銅のやじりに油を乗せて火をつけた矢をつがえ、弓を持つ。

 そこに村があるのは港町で仕入れた情報からも確かだった。

 

 火がついて、村に反応があってから、東側の連中が乗り込んで、方を付ける。

 それに合流して、全て終わったら、その場で存分に豆を食う。そういう約束だった。


 しかし、弓が引き絞られることはなく、その火矢が放たれることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ