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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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夜襲戦 村は眠らない

 最初に気づいたのは、陶器の窯の番を担当する二人であった。


 視界の変化、音の変化。眩しいとも思える薪の火、それが弾ける音すら、いつもと違う。

 こうした体調の不良は、必ず担当内で共有する事が、村人同士で決まった事であった。


 相方の様子を見れば、同じ様に口元を抑えているのがはっきりと分かる。

 

 その直前にあったことと連想し、それが、村の広場の方から聞こえてきた「詩」であると連想するのに時間は要らなかった。そしてその声が、幢子のものであった事にも。


 周囲の音は耳を塞ぎたくなるほどはっきりと聞こえる。窯が空気を吸う音すらも捉えられている。

 広場の方からも幢子の声が聞こえる。いつも、コ・ジエに叱られ、咎められている時のような、オドオドとした声。


 視界の変化と音の間隔に慣れてきた頃、彼らはまず炭焼きの番の担当の様子に目をやる。

 いつもはまるで見えないその暗がりが、まるで昼間の様に、姿を晒していた。


 先方の担当が勢いよく手を振っている。その勢いに、座っている椅子から転げ落ちるのすら視える。

 この状態はどうやら向こうも同じであるらしいと察すると、片方が立ち上がり、向こうと話すために立ち上がる。

 そして、走り出そうとしてつまづく。


 幢子の慌てるような声が、広間の方から聞こえる。

 そして、こちらに駆けてくる誰かの足音が耳に響いている。


「大丈夫、ですか?」

 上手く立ち上がれないで四脚をついている男を、詩魔法師のエルカが助け起こす。


「ゆっくり、落ち着いて。無理に立ち上がろうとしないで。」

「ははは、トウコ様が、なにか、やらかし、ましたかね。」

 男は膝をつきながら、立ち上がる。それをエルカが心配そうに見ている。


「大丈夫、立てます。何となく解ってきまし、っとと。」

 怯えながら立ち上がる。


「喋る時は小声で。耳に痛いかと思います。小さくても良く聞こえ、暗くても良く見える。そういう詩です。あと少し、歩いたり走ったり、体の動きに勢いがつきすぎてしまいます。」

 それを伝え、エルカは炭焼きの窯元へ駆けていく。その身のこなしは二人にも軽く見えた。


「トウコ様らしい、と言えばらしいか。おい、窯の火を止めろ。できるか?」

「やれると思う。どうするんだ?」

 男たちは小声でやり取りをする。二人は炭窯の方で同じ様に事の次第を伝えているエルカを目で追っている。


「どのみち、この目と耳じゃ、この窯は失敗しそうだ。それよりも、女房が心配だ。何か騒動起こっている気配だしな。火を止めたらお前も家族を起こしに行け。気をつけて歩けよ。」



 村人たちはそれから間もなく、起こし、起こされ、中央の広場に集まってくる。

 未明に次々と起きてやってくる村人たちに、顔色と挙動がおかしいコ・ジエが戸惑っている。


「ごめんなさい。」

 幢子は騒動が大きくなった事を小声で謝っている。村人にも詩魔法の影響が色濃く出た者と、そうでないものが居る。ポッコ村の先住者に影響が大きく、合流者にはそれほど効果がなかった様子であった。

 子どもたちは眠気も冷めてしまった様子で、視界や聴覚の変化や身体の動きに既に慣れている。


「でも、起きちゃったなら都合もいいと思う。皆、まだ起きてない人たちも集めて、サト川の河原に避難して。ちょっと良くない人達が来るかも知れない。今、衛士の人たちが調べに行ってくれてます。」

 幢子は広場に集まっている面々にそう告げる。


 幢子の目には、詩魔法の付与はかかっていない。そこにどれだけの人が集まっているのか、起こされた篝火のぼんやりとした灯りでは、状況を把握しきれていない。


「ちょっと村が荒らされるかも知れない。窯の火も止めてきてくれてるけど、今回の中の陶器や炭は多分、売り物にならなくなると思う。それでも、それはまた焚けばいい。」

 幢子がそう言うと、陶器の窯の番をしていた男が頷く。彼の家に飾られている陶器の意味を、陶器係の面々は誰もが知っていた。男の目には同じ様に頷いている面々の顔が見えていた。


「明後日、もっといい皿を焼けばいい。そうでしょう、トウコ様。炭だってそうだ。」

 自分の耳に意識が向いて小さくなりがちの声を、張り上げてそう述べる。昼間のようにはっきりと映る幢子の顔が頷くのを確認すると、膝に手を当てて立ち上がる。


「昨日、村に来て木を切らされてた連中は疲れてまだ寝てるだろう。誰か起こしにいってくれ。子どもたちは足腰が悪い爺さん婆さんについてやってくれ。俺達は、先に河原に行って火を起こそう。薪を持っていくぞ。」


「だったら、朝餉あさげも河原でする必要があるかも知れないね。かまどは持っていけないが鍋は持っていける。豆や干物も持っていけば、食事を作るのには十分だろう。」

 慣れた者たちが次々に口にする。立ち上がってそれぞれが動き出す。


「そうだね。うん。無事に終わって朝になったら、皆で河原で朝ご飯を食べよう。戻ってきた衛士さんたちも一緒に。」

 幢子がそう述べると、その場の全員が一斉に動き出す。


「エルカは、皆についてあげて。」

 傍に立つエルカは、幢子の言葉に、正面に立ってはっきりと首を横に振る。


「私は、トウコ様と衛士様たちと一緒に居ます。それが、王国の詩魔法師の役目ですから。」

 そう言ってしっかりと自分の手を掴むエルカの指が、とても強いものだと幢子には感じられた。


「そうか。うん、そうだね。村の皆なら、大丈夫。じゃあ、一緒に頑張ろう。皆で河原で、一緒に朝ご飯を食べるために。」

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