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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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夜襲戦 東より来る影

「こりゃ、凄まじいな。」

 木の根の張りに足を取られそうになり、速度を抑え身体をわずかに反らせる。

 風に背中を押されるように、滑るように木々の隙間を駆け抜ける。


 幢子の詩の影響で、その視界には木々が落とす影の形までまるで日中の様に見える。

 その効果に、リオルは驚愕きょうがくしていると言っても過言ではなかった。


 詩を耳に入れた時、身体を襲った虚脱きょだつ感は、吐き気とも感じられるものだった。

 自分の中に、詩を通して不純物が流れ込む感覚。それが混じっていく感覚。

 それは今までになかったほどの強烈なものであった。


 続いて襲ってきた、否応いやおう問わない、視界の変化と聴覚の変化。

 その変化は凄まじく、自身の挙動にすら、目が泳いで、それにまた吐き気がやってくる。

 耳の内膜が破れるのではないかと思いすらする、耳を突く声。


 部下やコ・ジエすらその変化にうずくまるのを、ありありと視認できた。

 その嗚咽おえつの喉を通る唾液のあぶくの音まで聞き取れる聴覚があった。


「慣れさえすれば、勝手さえ判ればとは思うが。」

 詩魔法を受ける修練を重ねてきたからこそ、身体の取り回しには馴染むのが早かった。それは隊長であるリオルが一番最初であり、追ってその場に同席していた衛士三人が適応した。

 問題は図らずそれを付与されたコ・ジエや周囲の役人であり、身動きができるには暫く掛かりそうであった。或いは、そのまま詩魔法の効果が切れるまでじっとしているしか無いだろうと、衛士達は考えている。


 駆け抜ける森を、文字通り、手で木の幹を掻いて進む。

 そうした事を続け、周囲を散策する。


 村からどれほど離れただろうか。どれだけ時間が経っただろうか。

 詩魔法を受けてしまったからにはと、リオルが担当したのは村の東側の通用道の方であった。



 うごめく影。その数は多い。それを発見できたのはその明るすぎる視界のお陰もあった。

 遥か遠くに、眩しいとも言える灯火をみつけ、勢いを使って、丈夫な木の枝の上に潜みそれを待つ。


「三の豆の収穫期、にも関わらずこの先に何かを運び込んでいる。」

「偵察もだが、奪える食料があれば奪う。」


 そういった言葉ははっきりとリオルの耳に入ってくる。その歩みから、相手もまた夜目を強める類の詩魔法を付与されているだろう予測も立つ。


 視界に入らないように距離をとりつつ、相手の全体像を探る。認識できるだけも、その影は五つ。

 そこに詩魔法師が含まれているとは思えなかった。つまり何処かにまだ、それらの支援をする人手がいるだろう予測を立てる。


 足取りを見るに、それに戸惑いもなく、最早ただの積荷強盗の類ではありえない。


「隊長。」

 気配を感じてあたりを見渡せば、声が飛んでくる。リオルの潜む枝の対に、見慣れた衛士が器用に乗っている。同じ方向に偵察に出た部下であった。


「このまま、詩魔法の切れる頃合いまで見計らって偵察を。俺は村へ報告に行く。」

 息をわずかに漏らしてささくように細い声でそれを言うと、それなりに離れた向かいの衛士は頷く。


「調子に乗って木の枝に乗ったまま降りられなくならん様に、気をつけろよ。」

 すれ違い、眼下に見える通用道を周囲を警戒しながら、ポッコ村へと走る。



 リオルが村に戻ると、いくらか火が焚かれていた。何度か、つまづくような足取りを見せるコ・ジエがハッキリと視認できる。


「結構な距離を走り抜けられた様にも思うな。」

 森の木々の影を進んでくる不審な集団と比べても、視界の影響と、勢いが明らかに強い。リオルにしてみればそれほど強い効果の詩魔法が、これだけ長く続いている事にも違和感はあった。


「リオル殿。戻られたか。」

 オドオドと声を発するコ・ジエがこちらに気づいたらしく、それに合わせて勢いを削いで、近くに足を止めたリオルは、立ち止まった所で一斉に吹き出す汗や、乱れた呼吸を初めて意識する。


「こんな真夜中にこれ程はっきりと見える。凄まじいものですね。衛士の皆様が利用するものは。」


「そんな訳無いだろう。こっちもこんな効果は初めてだ。あの嬢ちゃんは、とんでもないぞ。」

 リオルは息を整えながら、自分の身体の調子を改めて確認する。

「今、見てきた。東の通用道の脇を、不審な一団が進んできている。数は、五人。他にも居るだろう。」


「やはり、バルドー国の?」

 コ・ジエは声を絞るのに苦心しながら、リオルに尋ねる。

「かもしれん。少なくとも、何処かに詩魔法師がいる気配だ。そんな手合の野盗は居ないだろう。」

 

 返ってきた答えに、ぎこちなく手を揉みながら、コ・ジエな思考を巡らせる。


「それを討伐、或いは捕縛せねばなりません。可能でしょうか?」


「なかなか難しいが、この夜の間なら、なんとか優位性がある。」

 そう答え、途切れず襲ってくる疲労感に、リオルは尻餅をつく。


「嬢ちゃんと、詩魔法師は何処だ?」

 視界が揺らぎ、耳から空気が抜けるような感覚、そして足が重くなっていく。リオルはその体で、詩魔法の効果が切れ始めるのを感じていた。


「それが、どうもかなりの範囲の村人にも詩魔法が及んでいた様で、ちょっとした騒動に。」

 コ・ジエが徐々に襲ってくる不快感を払いつつ、それに答える。

 その姿と知らされた有り様を見てリオルは、吹き出し、押し殺した声で笑い出す。


「隊長、先に戻られましたか。南の、輸送路側の森に、不審者の一団が。」

 しかしその笑い声は、同じ様な不快感を拭いつつ届けられた報告に、肝を冷やす事で、引っ込めざる得なかった。

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