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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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夜襲戦 夜目を得る詩

「すまないな、起こす形になって。」

 夜風が吹く中、草布の外套を羽織って現れた二人を、灯りが焚かれた教会の中から、リオルが出迎える。


「発端は、この村に豆と乾物を運んでくる荷車が大分遅れた事だった。日も落ちてから駆け込んできた荷車は、巡回に出ていた衛士とともにやってきた。話を聞けば、南側の輸送道を進んでいた所、軽装で刃物を持った連中が現れ、荷を渡すよう要求されたという。」

 そこまで聞いて幢子が周囲を見渡すと、教会の片隅の薄暗い場所に、何度か輸送で姿を見かけた男が、草布を羽織って横になっていた。エルカもそれを認めると、咄嗟に駆け寄っていく。


「人数は三人。王都との連絡係の馬がそこを通りかかった事で危うく難を逃れたが、恐らく偵察と言った類ではないかと思っている。荷車の護衛を優先したため無事ここへたどり着いたが、後をつけられているかもしれない。」


「そうだね。荷を盗んで三人で運ぶなり、消化するとは考えにくいよ。多分、南部の港町あたりから狙われてたんだと思う。もしかしたら、乾物を追加で補充したところから見られてたのかも。襲われたのも港を十分に離れて、逃げ込まれる可能性がないと判断したんだろうね。」

 衛士の馬がそこを駆け抜けたのは本当に偶然だったのだろう。と、同時に荷の運ばれる先や、衛士の馬がその場に現れた理由を探る事も十分に考えられた。そこまで考えて、幢子は頭を悩ませる。


「以降の荷車は、小隊を組ませて護衛を付けたほうがいいよね。栄治さんが送ってくる時みたいに。」

 幢子が問うと、コ・ジエが頷き、遅れて同意するようにリオルも頷いた。


「その編隊は一先ず置いておいて、話を進めさせてくれ。数名を村の周囲の警戒に当たらせていた所、森を進む灯りらしきものが見えたという報告があった。しかし夜目では当てにならない。」


「詩魔法?」

 リオルの言葉が途切れた節と、その視線がエルカを向いた所で、幢子が答え合わせのように確認する。


「王都の衛士隊付の詩魔法師には、そういう詩がある。だが、彼女がそれを使えればと思ってな。」

 自分に言及する話が聞こえ、エルカは振り返ると、目を閉じて首を横に振る。


「でも。」

 エルカは自身の否定を、更に否定すると、幢子を見つめる。

 幢子は、自分を見るエルカの顔を見て、頭を掻きむしり、首を振る。


「いきなりは無理だよ。エルカにも歌詞を飲み込んで、詩にする時間が必要でしょ。」

 幢子の問いに、エルカは首を降る。その二人のやり取りを、リオルは得心できず黙ってみている。


「トウコ様が、やってみてはいただけませんか?それなら、教えていただく時間は必要ないです。」




「ちゃんと出来なくても、怒らないでくれると。」

 幢子の前に衛士が三人並んでいる。次第を聞いたリオルも、それを見つめている。エルカから聞いたそれは、納得も理解もできるものではなかった。ただ僅かな期待を胸に、その場に立っている。


「ごめん、エルカ。ヘッダーのチューニング演奏だけオカリナでお願いできるかな。音程、取れるか不安なんだ。」

 焚かれた篝火の傍に佇み、ほのかに朱く照らされたエルカの顔が、静かに頷く。

「うん。うん。歌詞は、大丈夫。」

 その言葉を聞いて、エルカはオカリナに口を当てる。


ホー ホー ホーホホー


「あー、らー、らーららー」

 喉を整えるように、エルカのオカリナの音程をならう幢子の声が、夜空に響く。


ホー ホーホー ホホーホー


「らー、らーらー、ららーらーらー」

 喉に絡む唾液が切れ、淀むこと無く、幢子の声が通る。

 その声に、リオルは感心する。遠くからもよく通る声だとは思っていた。それが詩となると不思議と、耳のその奥にまで届くような感じさえした。


『眼よ、耳よ、その指よ』

『深い夜を、より見据え、より遠く』

『それを、見つけ、知らせよ、疾く駆けて』


『月よ、風よ、木々たちよ』

『知らせ、教え、より深く』

『それを、見つけ、助けよ、詩の音に』


 幢子の背筋に、冷や汗が流れる。身体から水分が抜け、絞られるように、何かが抜けていく。

 それが魔素だと理解していても、幾度か経験済みだとしても、慣れるものではなかった。


 古いコンピューターゲームのスタート画面の曲調を貰ってきた。

 歌詞も、その曲調から逆算して、効果を類推して、即興で組み上げた。

 そこへ、感情を乗せる。一節目、二節目、そしてフッターを撃つ。

 

 ちょっとした替え歌遊びだった。二人で、詩魔法を研究する時に、試した事を思い出す。

 想定外だったとするなら、それを人前に披露することになった事と、それが実戦である事だった。

 暗視スコープの緑色の視界を想像し、耳に集音器を入れた時の騒音を意識した。

 それを知らせる足の速さも織り交ぜてみた。


 欲をかいた分だけ、大きく魔素が抜けていく。それが幢子には実感できたが、詠い始めてからでは遅かった。詠い切るしか無かった。

 そして、幢子は詠いきる事は出来たが、流れる汗と息切れが一挙に襲ってくる。

 

 問題は、それを聞いて作用する側である。


「っっ!」

 衛士三人だけでなく、そこに同伴するコ・ジエ、リオル、役人たちが揃って耳を抑え、目を閉じ涙をこぼす。


「あっ!えっと、だ、だいじょうぶ、かな?」

 幢子は疲れを飛ばし、ハッとして、声を絞ってささやきかけた。


 そのよく通る声を聞いて、周囲はまた強く耳をふさいだ。

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