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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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壁の向こうで

 青年たちがポッコ村へ訪れると、それを待っていたとばかりに幢子がやってきて、連れられていく。


 その振り回し方に、安堵とも懐かしさとも感じたのも束の間、説明もほぼ無く、手に持たされた鉄具を木に打ち付ける作業が始まると、流石に彼らも口元を歪めた。


「斧です。これから少し扱い方を教えるけど、先に来ている人達がやってるのを見て、覚えて。」

 新たにやってきた犠牲者たちに、既に作業を開始していた先立が苦笑いを浮かべる。しかし気を抜いた作業をしていると、監督をするコ・ジエの指摘が飛んでくる。

 実際に倒れてくる木が、作業の危険性を理解するには十分ではあった。問題は供給されてくる鉄具が、扱い慣れないものであり、だからといってその利点は既に切り倒された本数からも明らかである。


 かつてそうであった様に、炉や窯の作業に従事するとばかり思っていた青年たちではあったが、その中に木こりを経験した者も居たこともあって、大きく取り乱すこと無くそれを受け入れていった。


「体積計算だけ見れば、東側の城壁には足りると思うのだけれどね。何があるかわからないよね。」

 煉瓦の組み方やその耐久性について試作を重ねている中で、滞在し周囲を巡回する衛士たちも面白がって、計画はスリム化と肥大化を繰り返した。実際にやってみなければという事で、多少の無理を推した四方の物見櫓ものみやぐらの建設や、壁の高さの妥協線も織り込まれている。

 とは言え、コ・ジエが当初考えていた壁の建設よりも遥かに、その事業の規模は複雑で拡大していた。


「あの鉄具なら、伐採に要する期間予定を多少減らせそうですね。」

 それをコ・ジエが指摘すると、煤とホコリに汚れた顔を拭って、幢子が自慢げな顔をする。


「斧も、なたも、ちゃんと形になってよかったよ。由佳ちゃんが河原の石の中から砥石に良さそうなものを選んで持ってきてくれたから、探す手間が省けて何とか間に合ったんだけどね。」

 伐採を行うにあたって、村に与えられていた十本に満たないなたでは、大幅に時間がかかることを予想していたコ・ジエであったが、その問題は予想通り、幢子の手によって改善が図られた。


 最早村の僅かと言ってしまっても過言ではない農作地では、三の豆の収穫が行われている。その大ぶりの豆は、他の村から呼び寄せた青年たちが集まるのを待って、収穫を喜ぶ行事として振る舞われる予定であった。


 中央の広間では鍛冶場仕事や、伐採作業の休憩にやってきた者たちが、草枕に頭を乗せて寝転んでいる。その中心にいるのはエルカであった。

 幢子の目から見ても、共に新居で寝泊まりするエルカの血色は悪くないと感じていた。間もなくやってくる冬季を前に、村の住人の健康状態の調査は行われる予定であるが、村人全体を見ても悪くはないと感じていた。


 ふと幢子が北に目をやると、白く透き通った空の中、連峰の頭に雪が掛かっているのが見える。

 既に少し冷える日はあるものの、次のハヤテの往来で、リゼウ国の綿花が仕込まれた防寒着が送られてくる予定となっている。


「そういえば、難民の報告が暫く途絶えている。」

 コ・ジエが監修に精を上げている合間を見て、近寄ってきた衛士隊長のリオルが幢子にそう告げる。


「打ち止め、かな。そうすると次に来るのは、兵士の目撃報告か、野盗かな。」

 緩衝地帯として定めたディル領の東側は、二年前の割譲した部分も含めれば領全体の三分の二にあたる。そこを歩いて渡ってくる難民は、近い場所から順に送り込まれてくると見ても、ディル領よりもバルドー国の方が近い場所ともなれば、逃げ込む方向、その理由も変わってくるだろうと考えられていた。


「森林地帯に隠れてる自分たちで言うのも何だけど、かなり広い分布で隠れられる場所があるのは厄介だよね。案外、もうすぐ近くに来てたりして、ね。」


「一応、警邏けいらはさせている。衛士長の根強い説得で、少しだけこちら側にも増員がありそうでな。」

 リオルは深いため息を吐く。王都の城壁の向こうでくすぶって、不満を漏らしていた連中が使い物になるのは、まだ相当先であろうという予想をしていた。

 その間に暫定の国境に戦を臨むバルドー国の兵士が集い始めれば、それにどれだけ対抗できるのかと不安の種は尽きない。それだけに、前線の補給基地ともなりうるこの村の防衛力が重要性を増していた。


「王領の連中の知らせ書きには、今年は程々の収穫になりそう、だそうだ。」

 幢子の目は、広場のエルカを中心にあまり離れていない。今日はこうして、伐採の監督をするコ・ジエの代わりに、村のトラブルに目を光らせる役割を仰せつかっていた。


「飢えない、って言うのを理解してもらうのはまだ難しいんだね。その実感と比較がないから。」

 


 その翌日、未明のまだ寝静まった頃、幢子が居室で僅かな月明かりと木タールの行灯を頼りに、机の紙面に向かっている所を、戸を叩く音が響く。


「トウコ様?」

 傍で既に床に入っていたエルカが、目を覚ましてきた事でそれに気づいて、二人で戸に向かう。 


「夜分に失礼。リオル隊長から伝言で、至急、教会に来てほしいと。」

「なにかあったの?」

 幢子の問いに、やってきた衛士は頷く。その顔は、何処かで見た顔だったように思えた。


「野盗が、出たかも知れないとの事です。詩魔法師殿にもご同伴とご助力をいただけないかと。」

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