城塞村の計画
「こういう話はッ、もっと早く教えてくれると助かるのだけど、ねッ!」
幢子は方眼紙の測量図を前に、それを睨んで爪を噛んでいる。
由佳の荷車が教会の前へやってきているのを見た幢子が、コ・ジエの執務室に駆け込んできたのを皮切りに、測量図と、その村を囲むポッコ煉瓦をみて、色々察する。
丁度、追加の食料の手配を打ち合わせていた由佳も、否応なしに話に関わる事となった。
「これに色々書き込みたいんだけど、そうすると測量結果を台無しにしちゃうよね。」
幢子は髪の毛を左右に振り回しながら、手の煤で既に一部を汚してしまった地図を見る。
「等高線とかも引きたいっすよね。そうすれば、地層で当たりをつけて露天掘りもしやすくなるんすけど。」
この世界で始めてみた測量図を前に、由佳も嬉々としている。その後ろで、コ・ジエは書類の確認と記述を進めている。
先程まで居たリオルは、槍を片手に外へと出ていってしまった。長くなりそうなのでエルカに挨拶をしてくるのだという。
「方眼紙を作った時にポッコ煉瓦尺で定規も作ったんだけど、正確な目盛もまだないから、線を引くのも苦労したんだよね。それに羽根ペンは圧が弱いから、やっぱり万年筆か鉛筆が欲しくなるよ。」
「となるとそれに合わせた、紙の厚みも欲しいっすね。」
幢子が手でそれを数えながら、執務室からくすねた紙に計算の覚書を書き連ねる。
「手配、しましょうか?紙と、鉛筆。練り消しは無理かもしれないっすけど。」
由佳が口にしたそれが、幢子の計算の手を止める。
「できるのっ!?」
幢子の剣幕に、書類に目を落としていたコ・ジエも手を止める。
「ブエラの婆さんに頼めば、紙の厚みを変えて用意してもらうのはできると思うんすよね。1ポッコ煉瓦当たりの枚数って説明をすれば、相対で厚みを変えられますよね。」
「ブエラ老が話に応じてくれるだろうか?確かに、紙の製造についてはセッタに頼むのが一番であろうが。」
コ・ジエも方眼紙の前にやってきて、その厚みを触れて、改めて確認する。
「セッタもこの村からの鉄器にもっと噛みたいってのは、要望としてあるらしいっすね。勿論、紙の用途と受発注を単純な商機って絡めても、十分行けると思うっすけど。」
勝算はある、そう由佳は確信していた。一番の問題である接触という点には、誰よりも優位を持っている自負があった。
「問題は鉛筆の方っすけど。現物を届けるには紙よりも少しだけ時間が欲しい感じですね。石墨とか蝋は、何とかなりそうなんすけど。品質が確保できるかどうか。」
もう一つの商材も、由佳は手を出す余地はあると考えていた。ただ、その素材の言葉を口にして、一瞬、ハッとして幢子の顔を見てしまう。
「なに?」
自分の顔を見た由佳を、幢子は気づいてないわけではなかった。
「なんでもないっすよ。でも大丈夫なんすか?この城壁を建てるって計画。村の可動域にも支障が出るんじゃないすかね。」
話題を切り替える由佳に合わせるように、もう一度、落ち着いて測量図に目を向ける幢子。
「そうだね。南側の搬入路、東側の往来道については大丈夫だとは思うけど、問題は西側だね。」
煤が紙の上に乗ってしまわない様に注意をはらいながら、幢子はサト川の上から宙に指を這わせる。
「こっちを塞ぐと、粘土を採取する露頭への移動が不便になるんだよ。それにまだ一度もないけれど、増水や水域の変動に対処できない可能性がある。だから西側は一番最後の着手になると思う。」
幢子の懸念に、コ・ジエも顎に手を当て想像を重ねる。村の家屋の増築を続けた結果、この三年でポッコ村は随分と河原側へと侵食をしていた。
「それに、北部に煉瓦で壁を作るのに限らないけれど、多少の増築余地のため、三方も伐採して拡張しておいた方がいいかもね。だから、かなりの倒木が出ると思う。干せば薪に使えるけど、その倒木は避けておかないと、城壁の建築の邪魔になると思う。その集積場所がちょっと、ないね。」
「川向うの西側に積んでおくのが、及第案といった所か。とは言え、川を渡すとなると本数を考えると作業期間がかなり伸びそうですね。」
先日の難民や、王領の貴族が言ってきている「人手」の話が、コ・ジエの頭をよぎるが、それを振り払う。
「そうなんだよね。人手が足りないって局面が早速見えてきちゃったよね。」
コ・ジエの挙動を見てそれを察し、幢子はその点に確認の意味で共感しておく。
「一度のに計画数を倒木するんじゃなく、倒木材については場所や乾燥に時間をかけて、無駄を作ってでも、一方向ずつやっていくしか無いよ。あやとりみたいになっちゃうけどさ。」
幢子はそう言って、東側の道を指で塞ぐ。
「距離が短いし、煉瓦の集まり具合もあるから、まずは東側。積み上げ数や組み方は、衛士さんと相談しながら、だね。あまり高くすると吹き込み風も減るから、村に煙が充満しかねないし。」
煙は公害に繋がりかねない。その事を理解している由佳も、幢子の指摘に頷く。
「さっき、石墨って聞こえたけど、その話も後で聞かせてね、由佳ちゃん。」
素通りできたと思っていたことに話がぶり返し、由佳の口は乾いた笑いを吐き出した。
そうして、乾季の中盤、三の豆の収穫の頃合いに着工を目標に、ポッコ村城壁の建設計画は連日練られていくのであった。




