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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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机上の空論

「野盗、ですか?」

 教会で書面をまとめていたコ・ジエは、ポッコ村に戻ってきたリオルに、その話を聞き、身構える。


「例の難民?連中から、そういう話が出始めている。逃げてくる最中に、それを追い立てるように襲われたので被害が出たと。」

 リオルは携えた槍を立てかけ、執務室と化したその部屋の椅子に腰掛ける。

「そうですか。その話が村に近づいてくると厄介ですね。」


 現在、ポッコ村には各開拓村で生産された、窯の習熟用の煉瓦が続々と運び込まれてきていた。

 雨季も終わり、当初より遅れては居たが、研修生がそれぞれの村に戻り、計画通り生産を始めた一環であった。


 1ヤートル、つまりポッコ煉瓦4つを一塊として、それが延々と積み上げられている。その輸送には多くの荷車と、ディル領の子飼いの荷運びが動員されていた。


「どう考えても、シギザか、バルドー国の手の連中だろう。サト川から西は、衛士の巡回ルートを強化させているが、何分手が足りない。衛士のこれ以上の応援は望めないしな。森に潜られて、厄介者に近づかれるのもそろそろだろう。」

 リオルにしてみれば、既に迫っている脅威に未だに、王領に引きこもっている衛士たちへ言ってやりたい事も数多あったが、それで意識を変える事が難しいのも理解していた。


「アレは何か対策を思いついて、あんたに言ってきてるんじゃないのか?」

 リオルがそう問うが、コ・ジエは肩をすくめて、首を横に振る。


「研修生を帰してから、溜め込んだ砂鉄と木炭を毎日の様に溶かしていますよ。その合間に窯の増設も計画し始めたようですし、資材を使い潰すのも時間の問題でしょう。」

 苦い顔でそれを語る姿を見て、リオルもまた口元を歪める。


「ですが、まぁできる事はあります。この村周辺に限って言えば、ですが。」

 そういって、コ・ジエは席を立つと、背後に丸めて立てかけてあった長辺の紙を広げる。


「こいつは?」

「方眼紙、というものだそうで。この四角一つが、縦横1ヤートルを仮定したものです。手伝ってもらえますか?」

 コ・ジエにそう言われ、リオルが丸まった方眼紙を抑えていると、その四方を抑える煉瓦をコ・ジエが設置する。


「こちらが北、こちらに描かれているのがサト川になります。村の建物の配置も、実際の位置や大きさに近づけて書かれています。トウコ殿に言われて、測量という物をやらせてみたのです。」


「成る程な。これは村を真上から見た図になる訳か。」

 リオルは指先で川を辿り、自分たちが居る建物の場所を記憶と照らし合わせ探り当てる。 


「村の南部へ築いた路線は、荷車の南部搬入路、東側にある細い道は焼け落ちた領主の館側から続く道になります。北部は深い森林、西部はサト川を背にしていることを考えると、まず優先して警戒すべきは、南側と東側になります。」

 コ・ジエは指を添えて、その二本の道を遮る。


「この様に、壁を作れば、侵入を防ぎ、時間を稼ぎ、人の出入りを管理することができるでしょう。」

「王都の様に城壁を築こうっていうのか。」

 リオルの問いに、コ・ジエは黙して頷く。位置を変え、追加で取り出した煉瓦を四つ設置し、ポッコ村を位置する周辺を囲う。


「勿論、四方をこの様に壁で囲むのが本来は理想的です。あくまで優先事項として、まず二方向。そうするだけでも、駐在する衛士が警戒すべき範囲は縮小できるでしょう。」


「だが、城壁材はどうする?石や土を積んで、それを大工に組ませるのなら、この小さい村でもそれなりに時間がかかるだろう。と、まさか。」

「ええ。あの煉瓦を使います。1ヤートルを思い出してください。4ポッコ煉瓦です。そしてそのポッコ煉瓦の規格に沿った、領内の窯の習熟用の煉瓦は全てここに集められています。」 

 そうして、コ・ジエは指で抑えた場所のマスを数えていく。


「大まかですが、この様に必要な煉瓦の数を試算することも出来ます。問題は人手や作業道具、或いは周辺の木々の切り拓きですが、ね。」

 そこまで述べて、コ・ジエは窓から外を伺う。その視線の先で、幢子が金床に向かって鉄槌を打ち下ろしていた。


「うちには、物を作りたくて仕方ない工作令嬢がいらっしゃいますから、工具や機器については問題がないでしょう。計画を知れば、寝る間も惜しんで案の改善や最適化もしてくれるでしょう。彼女の手配で、人手も、帰した研修生と入れ違いで、一時的に、この村に慣れた人が戻ってくるようですから、それを当てにします。」

 そこまで述べた時、二人の滞在する執務室のドアをノックする音が木霊こだまする。


「失礼します。ハヤテの輸送隊が、荷の搬入にいらっしゃいました。目録の確認を、と、外へ来ております。」

「追加の食料輸送の依頼先も、信頼できる方が丁度やってきましたね。」

 ドアを開け、コ・ジエが知らせに来た若い役人に手を掲げると、一礼して去っていく。


「あんた、もうこれを前から計画していたな?」

 リオルは汗のにじむ頭を掻きむしる。その顔を見て、コ・ジエは口元を緩ませる。


「丁度、王都の城壁についてそれなりに詳しい方も、目の前にいらっしゃる。是非お話を聴かせていただきたい所です。勿論、その改善点にお気づきであれば、この村の規模の範疇であれば、ご希望に添えるでしょう。」


「一つ付け加えるなら、その方眼紙の測量の図は、昨日出来上がったばかりでしてね。これは、まだ紙の上での話に過ぎませんよ。」

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