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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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罪あるもの

 コヴ・ラドは、そうして人を見続ける。そして問い続ける。


「私は、ただ鉄の皿を、コヴ・ダナウより買ったと、周りに自慢してほしいと頼まれただけだ。」

 ある貴族は言った。

 男は、先の増税騒動で、物資を買い入れるための税収を、増税の承認への協力金としてダナウより得ていた。

 ラザウ・サザウ国葬の際にブエラ老に目をつけられ、王都の住居から証文と貨幣が発見され、そしてここに送られた。


「私は、父に頼まれ、交流会の場で、皿を、割れと言われたのです。それだけなのです。」

 その貴族の、第二息女は給仕として王城に出入りをしていた。

 コ・デナンと交流があり、件の香草をやり取りする際の王城内での金銭、商品の運び屋となっていた。

 廃された王太子エルド・サザウに香草を運んだ者として多くの目撃証言があり、聴取の過程で、父の裏暗い事情を暴露した。


 罪地での聴取場は、巧妙に細工されており、通風管がある。

 その通風管は、その側の各独房へ網目のように張り巡らされている。


 一人、一人と聴取し、誰かが、誰かを切り捨てれば、その誰かが、また別の誰かの足を引く。


 二度目、三度目と聴取を繰り返せば、その環境も手伝って、意識が混濁こんだくしていく。

 冷静な判断力も、疑心悪鬼が手伝って、徐々に崩れていく。


 そうした隙に、コヴ・ラドは丁寧に、聴取の刃を入れていく。



 そもそも罪地は、スラール北部にそびえる連峰、その裾野すそのにある。

 位置で言えば、現在はエスタ領とリゼウ国の国境沿い、その最北に当たる。


 古くより、エスタ領主は、後ろ暗いこの生業を、代々と引き継いできた。

 両国の王と、一部の刑法、罪罰を司る役人のみが、僅かに今もそれを知るのみである。


 百年を超える歴史の中で、その役割は風化し、罪地の「事業」の官吏かんりを行うことのみと成っていた管理官も、当代でそれを絶えようと、コヴ・ラドも思っていた。


 しかし、宮廷劇が加熱し、件の大捕物の後から、密告の類が、ブエラ老に山と届く事になる。


 そして、その矢先に、コヴ・ヘスの訃報が、知らされる。


 コ・ニアに領のまつりごとを一任する。

 管理官としての生業を知る腹心を、役人を少なからず失ったディル領のコ・ジエに複数、支援として送る。

 王政庁にはブエラ老や古馴染みの役人と共に、事件の全貌を掘り進める。

 或いは、とリゼウ国にも罪地の運用について、連絡を取った。


 そうして自身は、根を張り、それに専念をする。

 無二の友の、死に至らねばならなかった、その全貌の解明。


「いずれ、事の次第が落ち着いた時、鉄器密造のその罪を、裁いて欲しい。」

 そう打ち明け、苦渋を浮かべた時の友の顔。


 その顔と約束を焼き捨てた、罪人のその全てを。

 自身の手で、全て、この地に封じるために。



 そうして、この六人が送られてきた。


 その疑いは、コ・ジエの構えるポッコ村の役人から、山林を歩き抜ける「罪地への案内者」を通して。

 罪地に送られてくる事を願い、またそれをリゼウ国側へ密書として届けた。

 

 手続き上は、全て問題がなかった。正しく、罪地に送られる罪人として、彼の手元に届いた。

 更にはこの先、それが増えることすらも、経緯から伺い知れた。


 結果から言えば、彼ら六人は、その一日目をやり過ごすことに成功をした。

 それ自体は「珍しい事」ではない。


 先に、交流会の皿の一件へと結びついた、王領貴族の親子。彼らでさえもそうだった。


 だが、この罪地で過ごす間、或いは聴取を受ける声を「盗み聞く」合間で、気持ちが変わっていくという事は、良くある事だとも知っていた。



 コヴ・ラドは、革袋から栓を抜き、水を口に含む。

 この罪地では、「普通の水」を得るには、森へ降りて、その湧き水を汲んで運んでくるしか無い。


 絶えず湧く、あの煮えた湯を、すくって冷めるのを待って飲むしか無い。

 或いは、舌や食道を焼く事になっても、それをあおるしか無い。

 冷めて尚、独特の匂いを放つ、あの水を。

 

 そして、絶えず地面が発する熱は、周囲を焼き続け、喉の乾きを駆り立てる。


 例え冬季であっても吹き出る汗が、与えられる豆よりも水を求めさせる。


 雪が降れば、それは天の恵みですらある。

 雨が降ればそれを恥も外聞もなく全身で浴びて、雨水の水たまりを奪い合う。

 

 乾季は住人にとって、最も恐ろしい、慙悔の日々の始まりとなる。


 それでも三年を生き抜く者は稀に出る。逃げても追わぬは、それに対する敬意ですらある。

 

 しかし、殆どの者はそうならない。罪地に至って尚、「より罪深き」が明らかとなるからだ。

 そうなった者は国元へ知らされ、その知らせを持って、再び罪地へ送られる者が出る。


 そうして、知己が己を売り渡したと知るに至る。

 些細な口論が始まれば、それが、水の奪い合いを加熱させる。


 あの六人も、そうした日々の初日を過ごしただけに過ぎない。

 追ってやってくるであろう、「わけあり」の「同志きょうはんしゃ」たちが現れればどうなるか。



 この罪地の気候は、滞在者全てを等しくむしばむ。

 それは管理官であるコヴ・ラドであっても例外ではなく、長期の滞在は少なからず寿命をすり減らすことになるだろう。例え、外の水を持ち、口元を隠しても、その影響は実感を持って感じ始めていた。


 本来の管理者である、詩魔法師のオカリナの音色が漂ってくる。

 滞在を機にそれを取り入れたが、随分とそれを助けているという。



 コヴ・ラドの手には、先程届けられたばかりの新しい手紙がある。

 そこにはまた新たに送られてくる罪人の数が記されていた。

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