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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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罪地

「何も、豆も水も与えないということはない。だが、大人しく着いて来てくれることを願うよ。」

 被せられた草袋を結ぶ縄を外し、六人はどの程度の時間が過ぎたかわからない、久方ぶりとも思える外界の景色を臨む。


 案内役は、鼻から下を布で覆っている。仕草、身のこなしから、森を歩くことに慣れている様に思われた。


「私を助けてくれ。助けてくれれば礼を弾む。安全な場所で、通貨で払おう。サザウ国の有力な貴族にも良く計らって貰えるようにとり成そう。」

 一人がそれを訴える。他の面々は、それを聞き内心、頭を抱える。


「貴方達はこれから罪地に行く。良くお判りになっておられない様だが、その段階で、貴方を救う方はもういないかと思う。あと、迂闊なのはこちらは助かるが、お仲間に恨まれるのでは?」


 森を歩き続ける。薄暗い中を、僅かに拓かれた名残らしき道を、七人は歩いていく。

 朝なのか、昼なのか、夜なのか。まだ雨季だと言うのに雨が降っていない日が続いているように、地面は乾いているし、空は見えない。


 手入れをされていない森の木々の枝は、その葉で天を覆ってしまっている。

 そんな中を、案内人は、罪人たちの縄を引きながら、まるで迷う事がないかのように進む。


「貴方達は、運も悪いとは思いますよ。幸運であれば、今、罪地に行くようなこともなかった。」

 案内人が、徒然の合間に口を開き、話題を提供する。対して引かれる者たちは、自身の足取りが徐々に重くなっていく感じさえしていて、言葉を発する気力も失いつつあった。


「普段は、管理官殿が常駐する事などないに等しい。けれども、どうやら調べ事があるらしく、長く逗留していらっしゃる。貴方達も、問われれば素直に協力した方がいい。そうすれば、生きて刑期を終える事ができるかもしれないね。」


「刑期?刑期とは何だ?」

 空を覆う木々の葉から一条の光が漏れて射すかの様に、心を引く言葉に思わず誰かが問う。


「三年。三年を生き抜いて、そうしたものは罪地から逃げても許される。追われないし、その後を問われない。その足で罪地を出て、何処へ行ってもいい。或いはまた別の道もある。」




 その後、会話は続かなかった。案内人は男たちに時折話しかけたが、返事はなかった。


 ただ、引かれるままに歩く。

 時折足が止まっては、焚き火が起こされて、豆と近くの湧き水が振る舞われる。

 そうした湧き水がある場所を把握していて、そこを休憩場としている様子であった。


 そうしてそんな事が幾度も繰り返された後、ある場所で光が差して森を抜ける。

 男たちはそこで久々に感情を取り戻す。


 山の傾斜、岩肌がむき出しになっており、拓かれたその場所に点在する建物が見える。

 まばらだが、その周囲に人影も見える。歩いている。


「さあ、着きましたよ。本来なら管理人に引き渡すだけですが、管理官殿の下へ貴方達を連れていかねばなりません。もう少し大人しく歩いてください。」

 そうして縄を引かれる。男たちはそうして、足元に点在する岩や石が、上手く歩けない足場の悪さを作っていると理解する。引かれる速度は決して早くはないが、足の裏を突く石や岩の角が、歩みを阻害する。


「向こうでは幾つか生活に必要なものを支給されますからね。それまでの辛抱でしょう。」

 そうやって足元の悪さに戸惑う罪人を幾度も運んできたのだろう。言われずとも、問われずとも返ってくる答えに、男たちは少し安堵する。



 罪地のその建物に入ると、六人を結んでいた連なりの縄が切られる。両腕を結ぶ縄は切られなかったものの、それぞれが自由を増した事と、ここに至るまでの行程に安堵し、尻餅をつく。


「では、一人ずつ、管理官殿に引き合わせますから、大人しくしてくださいね。逃げても追われるでしょうし、足元も悪い中、食料も水もなしに、暗い森を逃げ回りたくないでしょう。」


 まず引き立てられたのは、一同の中で一番影の薄い男であった。

 それが求められた役割であったのか、或いは生来のものであったのか、面々はここに至るまで改めて尋ねることもなかった。


 男は案内されるままに、奥へと進む。


「ようこそ、罪地へ。」

 その部屋で案内人と同じ様に、口元を布地で隠したものの、貴族然とした初老とも言えるだろう雰囲気の男が待っていた。


「君はこれからここで暮らしてもらう事になるのだがね。君たちには今のうちに聞いておきたい事があってね。済まないが協力をしてもらえないだろうか。」

 貴族の男はそう言うと、腰掛けるように促す。直ぐ側に椅子が用意されていた。


「実はね。私はある罪人を探しているんだ。君が本人でないのなら、もし知っている事があれば何でもいい、話して欲しいんだ。大事な事でね。」

 管理官と呼ばれるその貴族は、彼に対峙するように、向かいの椅子に腰掛ける。


「私の友人の貴族がね、殺されたんだ。名前をコヴ・ヘスという。もしかしたら知っている名前かもしれないね。彼はそれなりに名の通った男であったから。」

 ゆっくりと、言葉ごとの反応を確かめるように、管理官はそれを綴っていく。


 男の目は踊る。疲れと、息苦しさと、或いは周囲に漂う腐った卵の様な臭いに、幾度も手放しかけていた意識が恐怖で鮮明となる。

 その有り様を、管理官は決して見逃す事はなかった。


「勿論、リゼウ国から送られてきた君が、知っている事などはないと思うのだが。どうやら、何かを知っている様子に視える。私の目が、まだ衰えていないのならね。」

 向かいに座った管理官の身体が、やや前のめりになる。男は避けられぬ恐怖に、声を発しようとするが、言葉にならず、出てくるものは奇声ばかりだ。


「大丈夫、落ち着いて欲しい。時間は沢山あるからね。水が欲しいなら運ばせよう。この近くの湧き水があるんだ。火で炊かずとも温かい水でね。」

 合図をすると、木椀に盛られた水を、ここまで彼を運んできた案内人が彼に差し出す。

 碗の水は、湯気を立てていた。男にはそれが、まだ舌を焼くような熱さであると想像がつく。


「それを飲んで、ゆっくりと知っていることを教えて欲しい。何でもいいんだ。」

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