進んだその先で
男の通された場所は、真っ直ぐ伸びている通路であった。
王城の一角に足を踏み入れるのは、流石に躊躇もあったが、それよりも好奇心が勝る。
男は直前に指示された通り、周囲を気にしながら突き当りとなる角まで歩いていく。
「!?」
突き当たった角を曲がった時、兵士が死界になる形で立っていた事に驚く。
「そのまま真っ直ぐです。一番最初の部屋へ。」
そうして、背後を気にしながら、言われるままに男は部屋へと入る。
そこにはテーブルが有り、椅子が複数添えられていた。
そして角には入口から死界になる形で兵士が立っている。
「お腹が空いたでしょう。何人か揃えば、食事と水が運ばれてきますよ。」
警戒した男を気にしてか、兵士は口元を緩ませ、ぎこちなく言う。
「他の皆はどうしたのです?」
その部屋には他に誰も居なかった。その事も男が警戒した理由であった。
「隣の部屋や、その奥の部屋にいらっしゃいますよ。お体の具合によって、お出しする食事を変えるそうですから。」
そう説明されている間に、また一人、部屋にやってくる。
やってきた顔に、男は軽く会釈する。道中を一緒に歩いてきた「同僚」であった。
しかしその素振りを見せず、互いに目を逸らす。
そうして、また一人、また一人。四人が揃った所で、部屋の外からやってきた兵士が、運んできた皿をテーブルに置く。
「昨日絞め、今朝、血抜きを終えたばかりの鶏です。火を通したばかりですので、暖かく、柔らかいですよ。ゆっくり食べてください。」
塩水で炊き、内蔵も抜いてあるのか、家畜の匂いが抜け、食欲を刺激する匂いが部屋を包む。
干した肉ならいざ知らず、炊いたばかりの肉など何時以来であろうか。男は生唾を飲み込んだ。
他の部屋もそうなのか、恐らく隣の部屋からだろう声が漏れ聞こえてくる。
子供の声も混じっているように思える。どうやら逃げてきた連中も近くの部屋にいるのは間違いがないようだ。
しかしその場に揃った四人は、湯気をたてる鶏を前に警戒する。全員が同僚と思われるからだ。
実際に何人同僚がいるのかは把握していなかったが、歩いている中で、認識し合っていた内の四人であった。
率先し荷造りを始めた詩魔法師、後からやってきた別の村人を名乗る男性の内の一人。
泣いている子供や体力のない老人を、家族に怒鳴りつけ置いていく様にそそのかした男。
そして、潜んで目立たず、村で農作業に従事していた一人者の彼。
この場には居ないが、村へ現れた、逃げてきた男たちは全員、「草」であるはずだ。
最初に村に駆け込んだ役人も同様である。
だが全員、ではないという事が、まだ偶然であることを捨てきれずにいる理由でもあった。
男は、目の前の鶏に手を付ける。手につけないことも不審と思われる可能性に気づいたからだ。
そして各々が、似たような考えと、足並みを揃えることに腐心して、鶏に手を伸ばす。
食べ終えた頃には、窓からさす陽の光がすっかりと落ちていた。
やがて、兵士に促されるままに部屋を出ると、最初の中庭に戻される。
そこには、一緒に歩いてきた面々も集められており、その事で男は一先ずの安堵を得た。
草布が敷かれ、藁束も置かれている。空を見れば雲もない。近くで火も焚かれており、そこに横になり一夜を過ごす事は、何も問題がないように思えた。
腹の中に収まった鶏肉の心地よさや、この場に戻って振る舞われた寝る前の白湯も手伝って、各々はそこに横になる。足の裏の疲れもあり、自然と寝息を立て始めた。
翌朝、男たちは兵士に呼びかけられ、呼び集められる。
昨日の食卓の面々に加え数名が、兵士に連れられ、農作業の手伝いに従事することになった。
王城から少し離れた畑に、既に先客が一人、鍬を入れていた。
その畑は、王城に近い畑と違って整えられておらず、村で農作業に従事していた面々には、先客が畑仕事に不慣れである事が一目で理解できた。
兵士に用意された鍬を手に取ると、男は土に向かう。
疑念は尽きないが、今は、手に慣れた農作業に打ち込むことでそれを払うしか無かった。
幸い、詩魔法師も居る事で、耕し終えた後の作付けまで問題はないと、互いに頷きあった。
農作業に従事している間は、兵士の目も遠くなっていた。
その安堵感もあったのだろう。先客の従事者に目を向ける。
農作業でくすんでいるが手入れをしていた名残のある髪質であった。
体躯も太く、なんらか訓練で均整のある肉付きを得ていた節がある。
思い当たる節があった。
連絡員に聞かされた、「リゼウ国に連行された」という王太子エルド・サザウの存在である。
暫く周囲を伺い、兵士が離れている事を入念に確認し、意を決し男たちの一人が声を掛ける。
「もしや、王太子殿下、エルド・サザウ様ではないでしょうか?」
返答はなかった。男は地面に向かい、不器用に鍬を振るっている。
「私は、シギザ領のコ・デナン様の配下の者です。よもやこの様な形で、お会いできるとは。」
一種の賭けか、確信があってか、男は身の上を明かし、返事を求める。
「デナンの部下がどうやってここまで来た。私を助け出すためか?」
鍬をふるいながら、返事が返ってくる。
「今は無理です。しかし追ってやってくるであろう仲間が増えれば、それも叶いましょう。いずれ必ず、お救いいたします。サザウ国の臣民は、王太子のお戻りを待ち侘びております。」
今行動を起こすことの危険性や、この絶好の情報収集の機会を手放すことは、避けたいと一同は考えていた。
しかし、それも「草」の「同志」が増えれば、話は変わってくるだろう。そう、男も考えていた。
「そうか。気には止めておこう。」
その一寸、手が止まり、そしてそれを打ち払うように、地面への不慣れな鍬が振るわれた。




