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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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奥へどうぞ

「奥へどうぞ。」

 そう言われ、男は立ち上がり歩き始める。



 ディル領でコ・ジエを名乗る貴族が姿を見せた時は驚いたが、思いの外、奥へ奥へと進んでこれたのは彼にとって僥倖ぎょうこうであった。

 

 共に歩く連中に、不満や不安をそれとなく呼びかけてきたが、あの河原の炊き出しで随分と巻き戻されてしまった雰囲気は感じていた。

 子供を捨てさせることも失敗し、老いた親を見捨てさせることにも失敗したが、街道を歩き、ディル領ではなくエスタ領へ足を運ぶという話になった時は、口元が緩んでいた。


 仲間に、雑談に織り交ぜて意思疎通を取る。道中を衛士が随伴し見張っていたが、彼は思いの外、上機嫌であった。遠方であり、内情の探りにくいエスタ領が、この有事にどの様な策を講じているのか。

 追ってやってくるであろう、別の集団に紛れた仲間とも連絡を密にし、相手側の奥深くで不和の種を撒くこともできるだろう。過去にそうやって、幾度も街道沿いの盛り場で噂話を流したことを思い出す。


 王領では流石に王都への入場は叶わなかった。外から見る限りでは、外壁に住みついて居たであろう非居住者たちの姿が、あまり見かけられない様に感じていた。

 王都内の様子も気にはなったが、それは別の手合の仲間が情報を得ているだろうと切り替える事にした。


 様相が変わり始めたのは、王領の街道をセッタ領側に進み始めた頃からであった。

 幾度か歩いた事のあるその街道を、平時よりも多くの荷車が行き交っている。


 すれ違う荷車の荷を横目に見ると、まだ房のついた赤い一の豆が陶器に山と盛られ積み込まれていた。

 雨季の半ばを過ぎた辺りであったが、刈り取りまで済んでいるのは、例年に比べ早く感じられた。


 その荷車に、周囲の連中も珍しがっている。次々と運ばれてくるそれが村の収穫としたら、それはかなりの豊作が予想されるものだった。

 セッタ領から街道に乗り入れる荷車もあったが、それらはエスタ領方面からやって来る様子であった。荷車の流れてくる道を逆上しながら、彼らは領境を超えていく。


 エスタ領に踏み入れて、尚、足を止めることなく進み続ける。


 流石に彼も、その仲間も、疑問を感じ始める。正確な道や、今の位置は、記憶と照らし合わせてもあまり明るくはないが、エスタ領の半分以上を横断していた様に感じられる。

 荷車を引く運び手の数は、少しだけ数を減らしたが、それでも向かう先から今も続いている。


 そして、ついに石積みで構えられた、物々しい門が目に入ってくる。

 それは男にとって、その仲間にとっても馴染みのある、国境の関所であった。


 変わり始めた雰囲気に、一同がざわめき始める。


 関所の門衛と衛士がやり取りをすると、そこで衛士は立ち止まる。

 意味もわからぬまま、関所を前を進む中、男はすれ違う荷車の一つに、記憶に新しい顔を見たような気がしたが、やってきたリゼウ国の兵士に背を促される様に、振り返って確認することも出来ぬまますれ違っていく。


 そうしてまた、数日と街道を歩く。

 関所から同伴するリゼウ国の兵士は、背に草布の大袋にそれまた大ぶりの三の豆を携えており、その中身が、昼と夜の二度、焚き火を前に振る舞われた。

 腰袋に取り分けられた、ディル領で獲た豆もまだ残っている。それも併せて、一同の足取りは重くなかった。

 シギザ領に住む者が、リゼウ国について知っている事は、ほぼ無い。一同の多くが、国境を超えたという自覚すら無いまま、それを確認し合うこともないまま、西へ西へと進んでいく。

 数名の兵士が同伴し、彼らに対して迂闊な内容の会話ははばかられるものの、その話題には一の豆の豊作の話なども登り、毎日、雨の降り始めが良かっただの、土を掘り返すのが楽であっただのと他愛もない話が流れていく。


 幾度目かの豆の大きさの話が聞こえてきた頃、一同の前にその道程の終点が訪れる。


 彼とその仲間は、ついに今までうかがい知ることのなかった、リゼウ国の城にまで辿り着いたことに、驚きも困惑もしていた。ここで得た情報は、或いはその行動は戦局を左右しうると、道中で異常とも言える荷車の列に運ばれる、一の豆の量からも理解していた。


 リゼウ国の王城には城下町はなく、見る限り大きさが均一に整えられた畑が整然と並んでおり、その畑は今も耕されている。

 危うく声に発する事を飲み込んだが、その姿、その手には、決して少なくはない数の「鉄の刃を持ったくわ」が見受けられた。


「遠路、疲れたであろう。リゼウ国、農相のキョウゴク・エイジだ。」

 城の中庭で男が一同を出迎える。冷えた井戸水が振る舞われ、何処からともなく、食欲をあおる湯気が漂ってくる。

 また、どこからか土笛の柔らかな音色も聞こえてくる。それは、つい最近の男の記憶の何処かにあるものを呼び覚まそうとしたが、そのための十分な時間はなかった。


「直ぐに飯を食わせてやりたい所だが、長く歩いてきたことで、手足に怪我や痛みがないか、まずは診させてくれ。一人ひとり呼んで確認するから、道中や国元くにもとでの話も聞かせてくれや。」

 兵士たちによって、無造作に座っていた一同は整列させられ、一人、また一人と中庭の一角に設けられた場所へと導かれていく。

 そこには兵士と詩魔法師が滞在しており、石の前に立たされ、背筋を伸ばし立つように言われ、また、手足の具合や肩や腰の具合を尋ねられる。

 そうして温かい白湯が碗に振る舞われ、飲みながら待つように言われる。


「奥へどうぞ。」

 碗の白湯を飲み干し、少し待った頃、そう言われ、男は立ち上がり歩き始める。兵士は城内の通路を進むよう、男を促した。

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