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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
124/247

選ばれたもの

「その荷は厄介なものであったな。紛失してはならない、歪ませてはいけない、届け先でのその後の扱いだけでなく、届け先本人、ないしはその本人に準ずる者に直接届けなければならない。」


「原基って、そういう物なので、幢子さんが私に任せるのが一番って。それで、手紙を渡されてポッコ村を送り出されて。」


「全員の顔と、名前が一致したのだろう?そして、相手がどういう立場の者であるのかも理解している。エスタ領でコ・ニア殿に荷を届けたそうだが、現在、領を取り仕切っているのはコ・ニア殿らしい。正式に受領報告が組合へ届けられている。お前の対応報告を含めてな。」


「そして、リゼウ国からも、国主直筆と思われる受領報告を持ち帰っている。念のため、あらためたが、書面は正式な物であった。丁寧にもう一通。こちらは本来の納入先であった農相のキョウゴク・エイジ殿の物も同封されていた。まだそちらは検めていない。随分長文であったからな。そちらは後でゆっくりと読ませてもらう。」


 由佳はリゼウ国でやらかした事を思い出す。荷を届けて、それで戻ってくるだけで良かったのだと、後になって思い返す。案の定、その手紙には栄治によって、由佳の数々の貢献の事が記されている。


 砂時計の砂は無常にも落ちていく。混乱している頭を揺さぶって、由佳はそれを見る。半分の砂が既に落ちていた。


「どの宛先も、長年、それぞれに相応の貢献を持ってようやく目通りを得られる高い地位の者ばかりだ。それをお前さんはやり遂げたという訳だ。この非常時に、それが出来る者は、お前さんの他に誰もいなかったろう。いや、或いはもう一人居たかもしれないが、その者は荷運びではないし、今回はお前さんの依頼者だったね。」

 悠々と構えたブエラが、そこで愉快そうに口を開く。


「依頼主の荷は、ちゃんと相手に受け取って貰えたかい?急いだのだろう?」

 そして、いつもの厳しく届く声ではなく、穏やかにゆっくりとした声で、それを由佳に尋ねる。


「道中を衛士さんや、兵士の皆さんに一緒に歩いて貰って、守って貰えたからできた事だったと思います。アタシ一人の成果じゃないです。さ、先触れの手紙があったから、国境の関所だって。」

 由佳は道中を共にしてくれた、支援をしてくれた人々の顔を思い出す。荷や宛先の意味を考えれば、それは当然の事であったと改めて認識をする。


「誰も、一人の力で成し遂げねばならないと言ってないだろう。それだって、お前が心配だったから、お前が認知されているから、荷を必ず届けると信じてくれているから、助けてくれた事だろう?」

 ブエラは震えている由佳の手に触れ、言葉を添える。


 そのしわがれた手の上に、由佳の黒い瞳から涙が落ちる。


「私は随分と長く生きている。コヴもやったし、数え切れない苦難もあった。それなりに帰らぬ人を見送ったし、赤子の誕生にも立ち会った。名前を与えてやった顔も、それを数えるのを止めてしまった程だ。」


「だが、お前程の成果を上げる荷運びに出会ったのは生涯で初めてだ。幸運もあったろう。支えてくれた人もいただろう。けれどそれを、自分を低く見積もる理由にする事はない。手厚く扱われても、芽が出ない奴は山程いる。仇で返す奴も決して少なくはない。殆どの場合、助ける側はそんな事は承知しているものさ。」

 ブエラは、震える由佳の頭を抱え、その黒い髪を優しく撫でる。


「ましてお前は女だ。女の苦労も、私は十分に良く知っている。私は女の子に恵まれず、不出来な息子が一人居るだけだが、持つのならお前の様な、聡明で、責任感があって、真っ直ぐな、人に好かれ、周りの事をよく見える娘が欲しかった。お前を育ててくれた親は、余程お前を丁寧に育てたのだろうね。」

 由佳の声が嗚咽に変わり、沢山の涙が、ブエラの手のシワの上に落ちる。


「お前の後ろ盾にぐらいさせておくれ。老いた手だが、まだそれなりに伸びて、こうやってお前の髪を撫でてやるくらいはできるだろうさ。立派な後継者を育て上げたヘスやラドにも自慢がしたいのさ。そんな見栄も打算も折り込んで、お前の今後のために、私の名前を、借りてはくれないかい?」


 由佳は自分を抱きしめるブエラを押しのける。嗚咽も涙も止まっていた。

 サイン用に持ち合わせている羽根ペンを、草布を織ったポシェットから取り出す。


 そこで、丁度砂時計の最後のひと粒が落ちた。



「上手く説得できましたな、ブエラ老。砂時計一本で、また伝を増やされた。」

 後日、王政庁との手続きでブエラと接遇を果たした本部長が、顔を歪め、口を曲げながらそう述べる。


 本部長の皮肉に、怒るとも笑うともせず、ブエラはただそれに顔を向ける。


はやて、というのはいい名前じゃないか。あの娘の国の言葉で、風が一気に吹き抜ける様を言うらしい。ハヤテの様に、とそれを目指す荷運びが駆け抜けていく、そういう名だ。」



「私の末の弟子むすめに相応しい。そうは思わないかい?」

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