王都での胎動
「戻ったね。随分と掛かったじゃないか。」
サザウ国王都の独立交易商組合に戻った由佳は、報告に上がったその足で、荷車を組合に預け、組合本部長に連れられて王都内を歩く。行き着いた先は門を構えた、やや古臭さを感じる石造りの屋敷であった。
使用人などの姿も見えない。本部長は門錠に手をかけると、そのまま奥へと進んでいく。その背を追って屋敷に入っていく。
その応接間らしき場所で座らず待っていると、それと間を開けず現れたブエラ老がそそくさと腰を掛け、口を開いてそう述べた。
「ここはセッタ領の持ち屋敷でね。中央区画の外ではあるが、良い作りだろう。人目や耳をはばかる内緒話や、気心知れた連中との酒盛りには今も使うのさ。」
ブエラの手仕草に、本部長は対座に腰を掛ける。それに習い由佳もその隣に座る。
それを見届け、ブエラは懐から数枚の封筒を取り出し、その最後に筒を一本取り出し、二人の前に並べる。
「ここに、信頼できる商人への紹介状がある。コヴ・ラドや私の息の掛かった、在野という事になっている独立商人だ。この封筒を渡し手紙を読めば、以後はお前を手伝ってくれるだろう。」
「受け取っておきなさい。」
組合長の勧めもあって、由佳は戸惑いながら封筒を手元に手繰り寄せる。読めない宛名が背面に記され、白濁色の種類の異なる封蝋が押されている。
「こっちの筒はお前に求められた物だ。ドサクサに紛れて通しておいたが正式な書面だ。」
ブエラが突き出した筒を、本部長が受取り、解いて内容物を確認する。
「この三十年、申請の無かった商会承認だ。誰も様式の改めもしなかった。本来は王権の判が必要だったが、不在の為、仮のものとなっている。とは言え、新たな王が即位するまでは正式なものだ。」
「迅速な承認は、ブエラ様のお力添えあってのものでしょう。」
筒に書状を戻し、再び封をする。
「これはお前のものだ。常に持参する必要はないが、ここで保管しなさい。」
そう言うと、本部長は由佳の前に筒を差し出す。
「あの、これはどういった事なのでしょう?」
由佳は二人のやり取りが理解できず、差し出されたそれらの書面を前に戸惑う。
「あの二人に釣り合いが取れていないだろう、お前さんは。」
椅子に深く背を持たれ、目を閉じたブエラが、口元を緩ませながら、ゆっくりと言う。
「国の今後を左右する荷を運ぶ、そういう商人が、誰の後ろ盾もない。そういう事になっているのは、組合としても、国としても喜ばしくない。この際に、お前さんには商会を持って貰うことにした。この間の積み荷も、サザウ国から商会へ与えた栄誉ある依頼という事にしておいた。」
由佳の思考が停止する。固まった思考で、受け取ったばかりの筒の中身を確認する。
「お前の名前と、商会の名前を書きなさい。書き直しは出来ないから、お前の国の文字と言葉で構わない。この砂時計一本分の時間を与えるから、考えて書きなさい。」
そういうと、懐から見覚えのある砂時計を取り出し、砂が片方に寄るのを待って、ブエラがそれを由佳の目の前に置く。
「時間がないと言ったのは、お前だろう。ワシ等の時間を求めたのだから、それくらいはお前も求められていいだろう。」
「む、無理ですよ!も、もっとちゃんと説明してくださいっ!」
思わず由佳は叫ぶ。頭の中が真っ白になり、更には見るもの全てが真っ白に感じられた。
「では、考えながら聞きなさい。」
本部長は砂時計を見つめたまま口を開かないブエラを見て、目を伏せ、諦めたように口を開く。
「荷を理解し、信頼し預けられる荷運びというのは、想像よりもずっと少ないのだ。だから国は組合を頼り、組合は所属員から可能な人材を選ぶ。サザウ国の各領はそうした依頼の達成を見て、懇意となる荷運びを選び、見定め、抱え込む。エスタ領方面の特別依頼をお前は見ることができる様になったはずだな?それはそういう段階にある荷運びの与えられるものだ。そして、その開示段階はエスタ領に限って言えばもう制限がなくなっている。」
「そんなの、例の話に私が関わったから、たまたまじゃないですか。」
悲鳴にも似た抗議が由佳の口を突いて出る。
「お前は輸送路の封鎖が行われた際、迅速に、ディル領の役人、それも次代のコヴであったコ・ジエ殿に目通りし、その問題解決に勤めた。残念ながら荷は失われたものの、多くのエスタ領の子飼いの商人の命を救った。それは、その功績によるものであり、エスタ領はお前を全幅の信頼をしたという証だ。」
「続いて親書が届いたのは、そのコ・ジエ、現在のディル領主代行からであった。戦争や今後の市場、ひいては輸送そのものを左右する、重要な荷をお前に任せたという。それを組合本部に運んだね?その段階で成功という実績が与えられ、組合はそれを大きく評価した。届いた品の一つは、組合本部宛のものだ。それは今、私の執務室で私の椅子の隣に陣取っている。」
間を置かず、組合長はそれを続ける。
「幾つか確認を取ったことを覚えているか?」
由佳は記憶を紐解き、頷く。
「荷の状態、荷の宛先、手紙の枚数、だったと思います。」
「その手紙と荷を取り上げ、私は、お前ではなくそれぞれ信頼できる者、依頼先に合わせた者に任せることも出来たのだ。だが、そうしなかった。それは、その時間と宛がなく、お前の荷車にしか出来ない仕事であったからだ。」
「お前と王政庁に上がっている間、駐留所に預けられた荷車を調べさせた所、特別な技工が施されていた。さすぺんしょん、という仕組みであったか?」




