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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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不要なもの

幢子の記録 戦争を前にした村の管理 そのイチ

 正直、人を送られても困る。


 ジエさんと話をしている中で、王領から賠償として、王政府は「人を送る」と一方的に言って話を聴かないらしい。

 どうしても一度検討をしてみてほしいと泣きつかれたので、エルカや、各窯の責任者を交えて話をしてみた。


 ポッコ村では現段階では人は要らない。受け入れられない。その事をジエさんと再共有した。

 必要なのは、現時点の住人に、各開拓村の研修者を併せた人数を養う、その食料と、生産用の資源だ。

 一次燃焼用の薪、生成され各開拓村から上がってくる木炭、粘土、砂鉄、炉を新造するための準耐火レンガ、石灰。或いはにかわでも、なめし革でもいい。

 新しい開拓村にも、余剰の人間は必要ない。これは習熟と作業を少しずつ進めていくと同時に、身体測定の継続調査もしているからだ。身体的な変化や体内魔素の蓄積量の回復は、慎重な調査が必要だから。


 ただご飯を食べて、手持ち無沙汰に周囲を徘徊するだけの無気力な人は、村で養えないし管理もできない。

 少し語彙が強くなったかもしれないけれど、そうジエさんに言ってしまった。

 エルカは少しつらそうな顔をして、口をつぐんでいた。

 後でエルカと話をする時間を持とう。製鉄炉の担当循環の話もしないといけないし、小屋の屋内の室温を下げるためと、酸素循環を促進するための手回しクランク式の空調もヤートル規格で設計しないといけない。


 型に流し込む方式の銑鉄ずくてつ板が少し薄く、柔らかくなった。炭素含有量が減ったのだと思う。

 皆、一連の作業経験し、慣れて来た事で、メリハリがでて無駄な燃焼を減らせたのかもしれない。

 納入された砂鉄を篩にかけて、不純物をもっと減らせれば。



 コ・ジエは、届けられた手紙に目を通し、深いため息を吐く。


「王領の貴族は手に負えない。」


 十分な青銅貨を送る、自分の管理する人を送る。考えうる最良の案だから検討をして欲しい。

 入れ代わり立ち代わり、王政府ではなく、個々に送り、物資の荷台に乗せて手紙が届けられる。


 これらの案は、正規の窓口は既に、暫定的に王政府をまとめるブエラ老によって棄却されている。


 戦時費用を含む体制の構築と、先の輸送路封鎖の賠償についてのそれは、現物を持たない王政府が出した妥協案として、既に非課税に配分という事で、暫定的に決まっている。

 戦時下は当然ながら、その戦後を含めた五年を、戦地となるディル領は王国に貨幣、現物を問わず税としてを収める必要なく、またその産出品の完全な自主裁量権を保証されている。


 その五年の粗方の荷の行方は、既に自領とリゼウ国、エスタ領、そして極僅かなセッタ領の取り分でほぼ専有されている。

 安定供給が見込めているわけでもない、北部森林地帯の他の開拓村の草木灰の一粒、木酢液の一滴すら、余剰はないと言っていい。


 だが王領は、王無き今、王都付きの貴族たちの網の目のような分譲領土と化し、木酢液やその製造技術を入手できないかと躍起になっている。無許可無計画に伐採も行えず、用法も用途もわからずに家財を売って貨幣を掻き集め、次の豊作の上澄みの恩恵だけを得ようとしている。

 その彼らが貨幣の次に目をつけたのが、王都の周囲に住み着いている非定住者たちだ。王都や王城での仕事を失った彼らを貨幣で買い集め、その人頭で木酢液を得たいと言っている。


 これらの暴挙は、衛士長によって差し止められたと聞いたが、それでも水面下で「人を売る」と暗に匂わせた手紙を送ってきていた。その一枚に、ジエは不要の返信を送る事を指示する。

 最早勝手に送られてくるのは時間の問題ではないかと、幢子と共有したばかりであった。


「結局、その人達が食べるものが無かったり、買うお金がないのも問題なんだよね。」

 幢子は決して自身で薄情なつもりもない。きっとこのままでは、そうして買われて掻き集められている人たちも、栄養失調で、次の冬季を超えられないだろう。その事は理解していた。


「エスタ領でそうした人たちを受け入れたり、リゼウ国で扱ったりは出来ないのかな?」

「その貴族たちが求める見返りに合わないのですよ。」


「食料や肥料は、次の寒気から冬季までに確実に高騰しますからね。戦争がどうなるかに寄っては更に高騰する。彼らはそれを現物で求めるのです。」


「先物ってやつかな?」

 幢子は以前にテレビで見た、商人の立身出世物語の展開を思い出す。


「その権利が高騰してから権利そのものを売るんだよね。そして、また別の誰かから、別の何かの権利を安く買い叩く。」


「そうして貨幣の虚像ばかりを集めていく。彼らにとっては戦争すらも商機、なのですよ。」

 実際の領地運営を行う四領主やそこに身を寄せた役人貴族と、王領から出ない貴族の違いはそこであると、ジエも認識していた。

 そして、そこに関与し、扇動し、大きく影響力を及ぼしていたのが、国を割ったコヴ・ダナウ、シギザ領を中心とした派閥であった。


「ダナウに捨てられて尚、最早、彼らはそれ以外の生き方ができないのでしょうね。しかし、トウコ殿は先物取引もご存知でしたか。」

「知っているだけ。仕組みは解らないし、あまり関わり合いたくないかな、先物の専業さんとは。」


「必要な場合も、あるのですよ。ただそれは、今じゃない。」

 幢子の表情、目の動きを見て、ジエはその話題をこれ以上続けるべきではないと感じていた。

 苦い経験とともに思い出すのは、父たちが納税額の確保のため以前行っていた、陶器のやり取りの事だった。


「失礼します。衛士隊より報告です。」

 教会の扉を開き、役人の一人と衛士隊長のリオルが中に入ってくる。にわかに、屋内の全員の表情が固くなり、全ての作業が止まる。


「森の獣道を、進んでくる一団あり。逃げてきたシギザ領の領民を名乗っています。」


「難民、だ。」

 少しの間を置いて、そう呟き、唇の色が焦せ、爪を噛んだ幢子の姿を、ジエは言葉もなく横で見ていた。

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