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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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追うものと追われるもの

衛士リオルの手記 戦争の始まり

 サザウ国の衛士というものは、戦争というものを考えた事がなかった。


 衛士長が王領の衛士という衛士を掻き集め、集まれるだけ集まった。それが数日前だった。

 戦争が始まるかもしれない。

 その先触れは、ごく一部にのみ、暗黙として感じられていたが、その場で発布となった。


 一様に、声も出なかった。ただそれは、自分も含め誰もその先を考えられなかったからだ。

 そして、どれだけの時が流れたか、衛士長が頭を下げる。その姿に、一同が狼狽え、やがて声が出始める。


 舌打ちをする者、嘆く者、泣き崩れる者、空笑いを上げる者。

 一様に抱えるのは、おおかみししといった害獣の討伐よりも高い、死への可能性。

 同時に、敵国の「兵」を「殺す」といった、殺人への恐怖。


 そんな覚悟は、誰も持っちゃいやしなかった。




 数日の王領待機を終えて、リオルの部隊に指示が回ってきた。

 それを黙して拝領し、数機の馬と共に武装し、彼らは雨の降る早朝に出立をした。


「なんで俺達が。」

 ディル領への道すがら、話題の合間に、一日に数度は聞こえる言葉。しかしそれをリオル自身は口にすまいと心に決めていた。


 彼らの部隊は、王太子の凶行とその後の騒動への加担、その損害についての責を、他の部隊から求められた。

 他国の兵を殺めた罪自体は国そのものと、王太子自身が追う事になったが、数多の荷の損壊、ディル領、エスタ領、リゼウ国への被害、そして独立交易商組合やその所属員への損壊や致死致傷、遺族への見舞いなど、想像の規模を超える負債は、衛士団と王政府が受け持つことになった。

 王太子に指示されたものとはいえ、実行犯への風当たりは、言うまでもなく大きく、そして戦争への恐怖と、その逃避が全て、リオルの部隊へと押し付けられた。

 しかし、王領を出ることは、衛士長の温情ですらあり、リオルはそれを隊長として理解していた。配備にあたっての要望も最大限に受け入れるとの言葉もあった。健全な王政府の貴族と衛士長は、現実に迫るそれに対応しながら、有形無形の宮廷劇という戦場で奮闘している。


 何よりも、リオルの部隊が配属されたディル国のサト川以西は、起こるであろう戦場の最前線と言える。その最前線では、ディルの領主代行となったコ・ジエが陣頭指揮と諸対応に追われていた。

 彼は今や、自分や隊にとって縁があって知遇のある顔だ。そして拠点となっているポッコ村にも、最早浅からぬ縁がある。王領できたる戦に、怯えているよりも、自身の心に素直で、健全であるとすら思っていた。


 しかしそれは、リオル個人の都合であり、或いは隊の一部にもあるかもしれない都合といった、あやふやなものである。それをリオルは、楽観せずいた。

 王領に戻れない。そう言及することははばかられたものの、以東との積み荷の往来に護衛を任せるなど、裁量は許されている。そうして、部隊内の感情の釣り合いに心を悩ませる。


 だがそんな事とは裏腹に、警戒や巡回で、数日置きに訪れるポッコ村は、以前とは比べ物にならない活気があった。それは以前の狼騒動で訪れた際からは想像もしていなかった出来事であった。

 戦争の恐怖が蝕みつつある王領よりも、よほど生気に溢れている。ディル領の差配の荷車の往来が、巡回で目にしない日はない程だ。切り開かれたばかりの細い道を、連なった荷車が森と坂を掻き分けて連日と進み、そして村から荷を乗せて西へと旅立っていく。


 多くの隊員は、住人や独立商人たちが、戦争などというものを知るはずもない。そんな知識はない、そう思っていた。しかし、朧気おぼろげながらに、それを把握している節があった。滞在する時間が長くなれば、否応なく、それに気づいていった。


 その中心にいるのは、あの令嬢であると、リオルは早々に見当をつけていた。


 王領のどの貴族よりも、強い自我と行動を示し、村人を牽引していた。そしてそれはディル領に少しずつ伝播している。少なくとも、この村や往来する荷車の主に、他者へ責任を転嫁するような者はいなかったし、足を止め、自分を失っているものは居なかった。


 そしてそれをかたわらで支える詩魔法師の少女に、リオルだけでなく、隊員の誰もが目を疑っていた。


 あの日、狼を前に取り乱していた姿は最早無い。村人を支え、共に考え、安寧を奏でる。王領付きの詩魔法師にあれ程の者が居れば、早々と精鋭に引き立てられるだろう事は間違いなく思えた。


 何よりも、子どもたちが旺盛で、活発で、大人たちを牽引しているように見えた。


 この村に滞在し、ただ悲観し、呆然と泣いている様な子どもの姿を見た事がない。首から下げた奇妙な土笛を村のあちこちで吹いている。その音色には、陰鬱とした気持ちが晴らされていく。


 村から立ち上る煙が、雨季の雲に隠れた太陽の代わりに、周囲を温めている。

 リオルの部隊の衛士たちにもそれは緩やかに伝播し、ポッコ村を拠点とし、いつしか炊き出しに同席する事も珍しくはなくなった。


 しかし、煙を目指しているかの様に、そんな存在が村に向かって来ていると知らせがあったのは、リオルが村に滞在中のことであった。

 それを呼び止め、押し留めた巡回の衛士が問いただすと、細く小さな声が力なく答えが帰ってきたという。


「シギザの領地から、追われ、森に隠れ、逃げて参りました。」

 ポッコ村の住民とは真逆とも言える、そんな一団が、最初にやってきた時の事であった。

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