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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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黒い宝石の誘惑

リゼウ国 王国収集班 ある段壁の調査報告

 農相様の指示でむき出しの路面の調査を進めていく内に、ある程度の予測ができる事と、その予測に対する裏切りが心地よい事に気づいてきた。


 農相様は、いずれ必要になるから、とだけ言い述べて我らを送り出した。それは先の輸送路の封鎖騒動から戻って間もなくの事である。

 まずは城を中心とし、ある程度の範囲内で地の層がむき出しになっている場所を探すこと。

 その層を観察し、その様相を書き留めること。紙と墨を使って構わない。

 絵図にできる余裕があれば、それを行うこと。

 その周囲に散逸する石を、なるべく多くの種類を持ち帰ること。見た目、色、形、硬さ。それらは量を持ち帰るのではなく、種類の多さを重視する。


 この墨の層は広く分布があることが解ってきた。

 土着の異様な匂いは、黄色い層を持つ地帯に分布しているのも見えてきた。

 石にも硬さに違いがある。単に割れやすいにしても、砂のように崩れるものもあれば、鋭利な槍の先のようになるものもある。そういった事が見えてくる。


 そうした事を書き留め、予定された日に城に戻った直後、待っていたとばかりに農相に呼び止められる。

 「そくりょう」というものも始めるので、我らの班を大幅に増員する予定だという。

 その編成の待機の間、まさか、石や土の次は、幾箱にも積まれた草木の種の観察を言い渡されるとは思わなかったが。



「いくつか聞きたいんすけど、この石炭らしきものは、どういう場所のものっすか?」

 由佳が石に触れようとして、栄治の顔を見る。栄治が頷くのを確認してから、手にとって陽にかざす。


「報告によれば、ここから少し離れた北部を流れる川があるのだが、その流域に高度差のある地層が露出した場所がある。黒く帯状に伸びた崩れやすい石の層、とだけある。」


「となると、黒鉛、石墨っすかね。石炭の可能性も勿論ありますけど。」

 木槌を落として、その黒い石を割る。それだけで崩れ、細分化される。

「でも仮に、石炭だったとしても燃焼剤としての供給と採掘はおすすめしないっすね。」

 由佳は歪めていた表情を少し崩し、口元をわずかに緩ませる。粘りがない事で、眼の前の鉱石の正体に幾つかの楽観的な考察をたてる。


「どういう事だ?炭窯を介さずに炉に高温が出せるだろう?窯元なら有効に使えるのではないか?」


「幾つか要因があるんスけど、その窯元の前へ行くまでの問題が山積みっすね。」

 由佳は手袋についた黒色の粉末を伸ばし、それで満足したように栄治の顔を見る。


「まずは採掘そのものっすね。露出層を掘るにも大量のガラ石が出るのと、工具、人手が必要になるっすね。道具の方はひとまず置いておくとしても、例の身体検査の結果って水準だと、大量に死人が出るっすね。軽く聞いた感じと、体感での話ですけど。」


「思いつく問題点について言ってみてくれ。」


「栄治さん、タバコって吸うすか?或いは吸った経験あるとかでもいいんすけど。」

 由佳の質問に首を横に振る。


「嗜好品として煙が出る草を炊くって行為に、強い嫌悪感を覚えるレベルだ。」

「なら良かった。でも知識として知っててほしいっすけど、炭粉症って想像つきますか?外的要因で肺に炭素粒子が沈着する病気なんすけど。」


「解った。理解した。酸欠か。」

「実際、窯元の所でも少しずつ始まってるらしいっす。」

 言説を読み解いて頷いた栄治に、由佳はそれを補足する。それを聞き栄治は頬が歪むのを自覚する。


「掘れば、炭塵が飛ぶっす。露天掘りならそれが広範囲に飛散するし、輸送の際にも広く分布するっすね。直ぐに疫病として流布が始まると思いますよ。探窟ならもっと悲惨っすけど。」


「バルドー国の銅鉱山で生産性が落ちてた理由って、多分それもあったと思うんす。鉱内の粉塵で肺が傷ついて、酸欠から作業能率や思考能力が落ちていく。そこへ基礎体力低下は、致命的だったはずっすね。衣食住、鉱具も足りてなければ、更にひどい結果になるのは目に見えるっすね。」


「まして、炭素系の鉱物なら、か。」

「そう。軍艦島の生活水準の話は知ってるっすかね?」

 栄治が首を横に振る。


「高収入、高安定、産業を支える屋台骨の炭鉱の鉱夫を支えるために、惜しみなく流通や医療や生活環境づくりが詰め込まれ、少しの不安も伝播しない様にされていた。夕張炭鉱の最盛期なんかもそうだったみたいっすね。爺ちゃんも色々教えてくれたっす。採掘技術や精製技術をいくら進めても、問題が付き纏うんスよ。」

 手元の砕けた黒い宝石をかき寄せ、由佳はそれを栄治に押し返す。


「その後も、コークスへの蒸留とかコールタールの精製とか、山のように華々しい利点ばかり見えてくるっすけど、喉から手が出るほど欲しいものばかりっすけど、どれも手に負えないっす。聞きたいっすか?」


「やめておこう。インクの原料にして、動物油脂や植物油と抱き合わせるぐらいにしておくさ。」

 栄治は深いため息を吐く。黒鉛という名称を聞いた時、思わず頭に思い浮かべた案を口にする。


「欲しいのはやっぱり、すずとか亜鉛あえん、それとやっぱり銅とかじゃないっすかね。後は、製鉄用の耐熱レンガを増やすために、まとまった石英や珪砂あたり。ああ、ガラスに必要って言ってたっすね。地道な露頭調査自体は、ものすごく有益っすね。」


「女学生もあいつと同類か?記憶と想像がつく範囲で、特徴と判別方法を書いていけ。」

 再び大きなため息をつく栄治の横で、ずっと聞き耳を立てながら作業をしていた者たちが、堪えきれずその手を止め、寄ってくる。


「アタシ、文字の読み書きはまだちょっと。」

 鉱石の代わりに積み上げられた紙束とインクと羽根ペンを前に、数秒格闘し、早々に目を伏せて降参を宣言する由佳を見て、栄治は反撃とばかりに頬を釣り上げる。


「誰か、代筆をしてやれ。それとこの際だ、質問はあれば何でも聞いておけ。報酬は前払いしておいたから安心しろ。」

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