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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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限られた時間

時計。

 人類は時間を管理することで、計画を数式化する事に成功する。


 例えば、移動。長さが定義され、その開始時刻と終了時刻を設定する。

 そうする事で、計画を成功させるための「速度」を求めることができる。


 長さ、重さ、そして時間。この三つが固定化されることで、第四存在である「性質」を理解していくのである。

 それらが一つ一つ解き明かされていく事で、環境依存、温度の違い、膨張や縮小など大系とされる項目が育っていく。


 そして一定の理解を得たとき、「時間」は、人類にとって強力な武器となるのである。

 それが「有限」であるという事を忘れてしまいそうになる程に。



「待たせたね。」

 由佳の前に、つい先日、知遇を得たばかりのブエラ老が数人の役人を伴って現れる。


「約束のない無理なお呼び立てをして申し訳ない。前置きを置いて本題に入らせていただきたい。」

 独立交易商組合、本部長がブエラに一枚の手紙を差し出す。それは、由佳によって、自身の手に余る荷物とともにポッコ村より届いたものである。


「コ・ジエからの手紙だね。その品についてだね?今度は一体どんな厄介が持ち込まれたのやら。」

そう口にし、懐から取り出した砂時計をひっくり返し、机に置いてから、内容に目を落とす。


 誰も言葉を発しない時間が流れていく。その間、由佳は音もなく落ちていく砂時計をじっと見つめていた。


 王都に辿り着くなり、まずは依頼の受領報告とその一つの完了のため、組合本部へと足を運んだ。

 受付の職員は、手紙に裏打ちされたディル領主を示す封印を見るなり、奥へと駆け込んでいく。そして由佳は荷と共に応接間へと通された。

 組合本部はまばらながらも人が往来するようになっていた。この殆どがエスタ領やリゼウ国方面を仕事の生業とする独立商人たちであろうとは想像できた。しかしその表情はどこか重く見えた。


 応接間で本部長が手紙と荷に目を落とす。それから数秒と置かず、驚きの面持ちで食い入るように荷を見直すと、再び、手紙に目を落とし、由佳にいくつかの項目を訪ねた。

 手紙と荷の枚数、その宛先、荷の状態。本部長はそれを聞き届けるなり、忙しなく身支度を始めた。


 随伴を指示され、荷と手紙を持ち参上したのがこの王城の一室である。由佳にとって登城は二度目であったが、前回はあまりにも唐突であり、面々や事態の複雑さも合わさって、改まった印象を持たないまま後にしていた。

 役人の視線も相まって、緊張と恐怖と、或いは自身の立ち居振る舞いが気になっていく。そうした現実からの逃避の結果が、その小さな砂時計の凝視と流れ落ちる砂の粒であった。


「砂時計が珍しいかい?私はもうかなり高齢でね。狂った時間間隔を補うために持参しているのさ。」

 手紙を読みながら、その由佳の視線を感じ取ったブエラは、時折そうした仕草を見せる相手への定型句を紡ぐ。


「だが、この内容は厄介だね。考える時間と、更にもう一度文面を読み返すためと、二度はひっくり返さなきゃならない。」

 ブエラの言葉に、本部長は懐からハンカチを取り出し、その鼻の頭に吹き出した汗を拭う。


「品を改めさせてもらうよ。」

 そういうと、一度手紙を置き、ブエラは草糸で縛られた木箱の蓋を開封する。

 中には、ヤートル原基が灰の中に埋もれるようにして収められていた。灰を払い、手に取ろうとして、しかしそれを思いとどまる。


「お嬢ちゃん、確かユカといったね。一つ先に尋ねたい。リゼウ国での勝算はあるのかい?」

 ブエラの仕草を黙してじっと見つめていた由佳は、突然尋ねられ、それがどういった意味なのかわからず、言葉が発せられないまま取り乱す。


「言い方が悪かったかね?お嬢ちゃんはこの品がどういうものか、理解してるのかい?」

「や、ヤートルって単位の、その、基準になるって、幢子さんが。」

 自分でも十分に理解したつもりであったが、いざこの緊張の中ではそれを口に出せない。なんとか絞り出した言葉は自分の中ではボロボロの答えだった。


「リゼウ国が、このヤートルってのを採用する、その勝算については、お嬢ちゃんはどう思う?」


「そ、それは。」

 由佳の言葉が一瞬詰まる。


「栄治さんなら、喜々として使うんじゃないかと。多分、その、検知とかで直ぐにでも使うんじゃないかって、幢子さんがっ。」


「お嬢ちゃんはどう思う、と聞いているんだよ、アタシは。」

 強い語彙を持って、しかし怒鳴るような恫喝ではなく、静かに、ブエラは再び問いただす。


「使ってもらわないと、困るかもしれないです。幢子さんが、レールや、トロッコを作ったり、荷車のサスペンションを作るための荷重計算や強度の基準をするのに、車輪の太さだとか、荷台の体積だとか、そういうの、考え直す、のに、凄く時間かかるかもしれなくって。あと、窯の建設も、図面とかだけで、他の場所で作る際に…正確な長さがわからないと、多分、時間がっ。」


 荷を引きながら、歩きながら道中、考えていた言葉や理由が、せきを切ったように、由佳の口から溢れ出す。同時に受け取ってもらえなかったら、という恐怖もにじむように溢れ出てくる。


「そうかい。」

 丁度、砂時計の最後のひと粒が地に落ちる。


「時間がないのなら仕方ないね。どうだこうだと議論する時間が惜しい。窯元がそう言うなら、それに依存するリゼウ国も断われなくなる。それについては、私もお嬢ちゃんと同意見だよ。時間が惜しい。」

 そう述べるなり、ブエラは灰の中に手を埋め、原基を掴む。


「急いで王座の横にこいつの台座をこしらえな。どうせまだ主は居ないんだ。文句をいう奴も居ない。商人にとって、こいつは強い武器になる。丁重に扱うんだ。」

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