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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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次の段階へ

「食えよ。」

 リゼウ国へと帰る路、その野営で、焚き木を前に、栄治は焼いた豆を差し出す。


「私を、殺すのか。サザウをあのように傀儡にして。」

「お前を裁きはするが、殺しはしない。サザウ国も傀儡になどならん。そんな面倒するかよ。」

 木の棒の先に刺され、差し出された焼き豆を、エルド・サザウは噛みしめる。


 後ろ手を固く縄で締め上げられ、国の庇護から引き離されて、それでも尚、目の前の男は一定の距離で接してくる。

 熱い豆に振られていたであろう塩が、舌に強いなまの刺激を送る。


「熱いだろう。だがな、そうやって豆を焼いて食える内は幸せだ。死んだら食えねぇんだよ。」


「明日もそうやって豆を食えるだろう。俺が焼いてやるよ。だがな、忘れるな。アンタは雨の中、明日も豆を食えたかも知れねぇ、そういう兵士を叩き切った。その兵士の先に居ただろう、豆を食えたはずの国民を、飢えさせたんだ。」


「ではなぜ、あの様に我々をあしらったのだ。物資を買うと、貨幣を支払うと言ったではないか。」

 道中、縄を引かれ、昼夜、歩かされながら、ずっと思っていた事を吐き出す。


「アンタが、ただ一方的に求めるだけだったからだ。」

 栄治はそう吐き捨てる。


「アンタは薬の影響で、まともな思考をしてなかったかも知れねぇ。だがそんな事は関係なしに、人々は生活している。事情もあれば、明日もあるんだ。それを俺がみっちり教えてやる。」




「言ったでしょう。自ら火を灯さねば、深い夜の闇に飲まれてしまう、と。」

 屋敷の窓から、月の昇る東の空を見つめ、コ・ニアは呟く。


「あなたは、そうやって結末を記された文字を追うだけ。私を見つめる目のそのまた向こうで、ただ見ているだけ。」

「私が心を乱せば、それを私が気づく前に沈め、私が明日を願えば、そう願う前に明日を示す。」

「あなたは、そうやって、自分の姿を見せずに、ただ一方的に見ているだけ。」


「私を生かすために、そのためだけに、どれだけの犠牲が出ても構わない。見ているだけ。そうでしょう?」

 コ・ニアは振り返り、誰も居ないコチラを見つめ、まるで誰かがその場にいるかの様に一人、呟いた。




 幢子は外套の尾を引き、月明かりと松明を灯りに、道の前を征くコ・ジエを追う。


「もう、日が暮れちゃったじゃないですか。昨日、もっと早く出なかったからですよジエさん。」

 前の日の夕暮れ時、コ・ジエは役人への対応に追われ、館の門の前で幢子を一人待たせていたことを思い出す。


「もう間もなくポッコ村のはずですよ、トウコ殿。あの特徴的な樹は見覚えがあります。」

「その話、さっきも聞きましたよ?エルカも心配してるだろうし、夜の炊事には間に合うつもりだったのに。」


 幢子は深いため息をつく。

 そうして滞在こそ短かったものの王都側への行脚の旅路を思い返す。


「物資の輸送は再開されましたけど、不足しているのは間違いないし。村の皆に少しひもじい思いをさせる事を一緒に説明して、謝ってくださいね。」


「ポッコ村の栄養状態や備蓄を考えれば、優先度が下がるのは仕方ないでしょう。それでも飢えない量を試算し、見積もったはずです。薪も、村の周囲の樹を切り賄えばよいのです。」

 そのための裁量権はコヴから預かっている。

 むしろコ・ジエにとっての懸念は、ポッコ村が日々拡張を重ね、敷地が手狭になっている事の方であった。


 他の開拓村から講習生を迎えた時、それを実感していた。

 そのために、理由をつけて物資の分配を調整し、自活と位置づけ意図的に森を切り開くつもりで居た。


「ほら、見えてきましたよトウコ殿。ポッコ村の煙です。言った通りではないですか。」

 炭焼きの煙と思われるそれを指差し、コ・ジエは幢子に呼びかける。


「まだ距離があるし、さっきの樹が見覚えがあるっていうのも勘違いなんじゃないですか?」

「そんな訳無いでしょう。あの樹は目印だったのです。心外ですよ、トウコ殿。」

 言い訳じみたコ・ジエの返答に、幢子は再び深いため息をつく。


「エルカ、絶対今日も心配してるよ。早く帰ろう、ジエさん。」

 そう言って幢子は、前を行くコ・ジエの背中を両手で押す。その顔は安堵にも似た綻びを見せていた。




 月を見せていた夜空に、にわかに雲が増え始める。

 その空模様の有様を、今日の執務を終えたコヴ・ヘスは窓から見る。


「ジエは、村についた頃であろうか。」

 椅子を立ち、呼び鈴を鳴らす。この風変わりな陶器の呼び鈴を使い始めた頃の事を思い出す。

 机の引き出しから、手記を取り出し、過ぎていった日々の事を思い返す。


 再び椅子に腰掛け、まだ書かれていない紙の上に、インクをのせた羽筆を走らせる。


 家令がいつまでもやってこない事に気づいたのは、その日の出来事を書き終えた頃であった。

 コヴ・ヘスは夜も更けつつある事を意識する。手記を机の引き出しに封じ、鍵をかける。


 執務室を出て、静かな廊下へと足を踏み込む。


 白い煙が立ち込めている。


 鼻に触れるそれは、薪を焚いたかのような臭いに、それだけでない複雑さを感じる。

 その不自然さに、窓から外を見る。


 屋敷の周囲に、赤い火が幾つも見える。


 そしてその火の一つが、自分の方へ向け、飛んでくるのが理解った。


「そうか。ここまでか。」

 肩に刺さったそれは、ジリジリと音を立て肉を焼いている。


 周囲に火の手が上がり始める。

 コヴ・ヘスは力なく、その場の壁に腰掛ける。


「ラド、後は頼む。ラザウ、どうやら私もこれからそちらへ行くようだ。」

 別の矢が火を携えたまま、近くの柱に突き刺さる。


 その数は徐々に増えていく。


「念入りな、事だな。ダナウ。」

 周囲に一層と煙が立ち込める。

 もはや呼吸も満足に行えないのを、コヴ・ヘスは自覚する。


「すまん、ジエ。我が子よ、いままでありがとう。」

 コヴ・ヘスは静かに目を閉じる。


 最期に、その目から溢れた涙が頬を伝い、地面に落ちた。

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