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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
112/247

それぞれの明くる日

「ジエ。立派に育ってくれたな。」

 揺れる馬車の中、覗き窓から海の打ち寄せる波を眺めながら、コヴ・ヘスは口を開いた。


 馬車の中は二人だけである。

 幢子は別の馬車に役人と乗り、幢子自身もそれを受け入れてた。


「ラドもブエラ老も事ある毎に、そう、述べるのだ。」

「父上。」


「次にお前とこうして二人きりになれる機会があれば、そう、伝えようと思っていたのだ。」

 コヴ・ヘスは決して目を合わせることなく、しかし言葉を濁すことなく続ける。


「この度の件もそうだ。漁港も営みを再開している。馬車とすれ違う荷車もある。王都に封じられていただけの私には、行えなかった事だ。お前が道中で行ったこと、お前が引き連れてきた者が、事態の解決に寄与した部分は決して小さくない。」


「いつ領主を任せても、差し支えはないだろう。そう、私も考えているのだ。」

 その言葉を述べる時コヴ・ヘスは、向かいに座るコ・ジエの顔を正視する。


「私はまだ、北部の開拓村で取らねばならぬ指揮があるのです。父上には、健在で居てもらわねば、困ります。」

 父の視線から目を伏せ、コ・ジエは言葉を選び、組み立てながら言う。

「ですが、認めてくださった事、これ程、嬉しい事はありません。」


「知っているか?館は広いのだ。私一人で過ごすには、広すぎる。役人が出入りし、家令も給仕も滞在しているが、夕餉を終えれてしまえば、誰とも顔を合わせずに朝を迎える日もある。」

 ずっと話そうと、書の中にのみ記し続けた言葉を、コヴ・ヘスは声に乗せて発する。


 以前吐露したものもの含まれるが、押し留めるものなく、感情の決壊のままに、言葉をつづる。




「あ、おっちゃん。」

 ディル領の漁港の組合支部への手紙の輸送を引き受けた路を征く中、向かいから荷車を引く相手の姿を見つける。


「いつの間にか姿を見かけないと思ったが、王都側に行ってたのか。」

「おっちゃんこそ、もう動いても大丈夫なのか?」

 由佳は、荷車の取っ手を下ろす。それを見て、相手もまた同じ様に荷車を引く歩を止める。


「これぐらいの事は、長く独立商人をやっていれば、一つ二つは経験済みな事だ。」

「そういうもんなのか。まぁ、いいや。お互い揃って、何とか生き残れたんだから。」

 由佳は胸中に秘めた言葉を、その大きさに上手く吐き出せないでいた。

 王都の本部で漁港への手紙の輸送を引き受けたのも、その後が気になっていたからであった。


「ハハッ、世話になったな。身代わりになったのに助けられたんじゃ格好が付かねぇ。」

「こっちだって、助けられたのに見捨てたんじゃ、安心して寝付けないよ。」


 ふと思い出し、由佳は腰に下げた小袋から、それ、を一枚取り出す。


「いつものお返しだ。栄養つけて、ちゃんと身体を戻して、長生きしろよな、おっちゃん。」

 衛士隊に荷運びの礼代わりに用立てて貰った鶏の干し肉を、相手の口に直接差し入れる。


「おっちゃんに助けてもらったおかげで、顔も広がったし、紹介状も書いてもらったし。何とかやっていけそうだよ。あんがとな、おっちゃん。」

 胸中から切り取った感情の一部を、漸く組み立て上げ、由佳は発する。


「わかったよ、しばらくは、無理せずにリゼウ国方面で豆と鶏でも食うさ。」

「アタシも、ディル領とエスタ領を歩く事が増えそうだし、見かけたら声かけるからな。」

 そういうと、由佳は荷車の取っ手を掴み、車輪を転がし始める。


「今度あった時は、この荷車、凄い事になってるかもしれないよ、おっちゃん。」

 すれ違いざまに、そういう由佳の言葉がよくわからず、商人は陽の傾きつつある路を行くその姿を振り返り見送った。




「で、いつ帰ってくるのだ。」

 滞在屋敷に現れ、役人と話していたコ・ブエラに、コブ・ドゥロはおもむろに問う。


「母の小言は不要なのだろう?せっかく放免されたんだ、もう余生は好きにさせて貰うさ。」

 ここ連日の内政府の貴族役人との会合や折衝は、コ・ブエラには久しく、多忙な日々であった。

「傍流の誰それを担ぎ上げて、据えて、判だけ打たせればいいではないか。今まで通りだ。」


「馬鹿を言うんじゃないよ。貴族病の解決に光明が見えたんだ。助けて後々まで使っていきたい奴が山程いる。次の世代は、見込みでは建国来の多忙を極めるんだ。頭数は多いに越した事がない。」


「その次の世代にまで、裏で口を出し続けるつもりであるのか。」

 コブ・ドゥロは自身の母の胆力に半ば呆れ、深い息を吐く。


「いやまて、その貴族病の解決というのは何だ。あの場ではそんな話は出ていなかったはずだ。」

 しかし思わず聞き流してしまっていた言葉に気が付き、慌てて問いただす。


「自分の膝に、叩いて聴いてみるんだね。お前は何時になっても、腰が重い。だから乗り遅れる。」



「全く。もう十年早くこの時代が来ていれば、どれだけ助かった事か。」

 コ・ブエラは、古い面々と、亡きラザウ・サザウの顔を思い浮かべる。


「仲を違えたまま、あの三人の関係が終わる事もなかったろうに。」

 交流会を抜け出していく、若い王太子と領主候補たちの姿を、その心の何処かに思い描いていた。

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