登城
ディル領の滞在屋敷を出た一行はかなりの大所帯となっていた。
家令に見送られ、まず別部屋で待機をしていたリゼウ国の随伴兵士がそこへ合流する。
屋敷の門を出た所で、数名の衛士が役人を伴い合流する。
「王立学校、衛士長は、正式にこちらに着いたと見ていいんだね?」
老いた役人と衛士の代表を務める男が、コ・ブエラの言葉に頷き礼を払う。
「ブエラ・セッタには長年の付き合いがある。元より私はシギザ派閥とは折り合いが悪かったのでな。今回を期に乗らせて貰う。」
「衛士隊がこの度行った暴挙に対する責任として、新たな王が即位するまでの間は、独自の考えで行動をさせて頂く事を決めた。内政府へのシギザ派閥の行き過ぎた関与には思う所がある。」
衛士長がそう宣誓するのを聞き、栄治は目を細める。
「いいのか?俺達リゼウ国は、我が国の兵士殺害の首謀者、実行者として王太子をこの国から縄付けて奪っていくんだぞ。」
「王権を得る前であるならば、サザウ国とその国民を守るために必要な事だ。外交政策としてその罪を国のために代わりに被れとは、私は独断を持って部下に命じる事は出来ない。」
その言葉を受け栄治はその右手を掲げ、それを背に歩き出す。
「コヴ・ヘス・ディル殿、コ・ジエ殿。帰参した衛士隊長の一人、リオルより仔細は伺った。ディルの荷の行方の件、衛士隊の責任だ。また、勾留した独立商人たちの救済への協力に感謝を。罪を重ねる所であった。」
衛士長は道を行く一向に随伴しつつ、謝意を述べる。
「臨検の際に不当に割られた陶器についても、追って責任の所在と賠償について協議に立ち会っていただきます。実際に行ったのは衛士であり、本人たち自身からも証言が取れていますので。」
コ・ジエの口上に、衛士長は黙し、目を伏せる。
「ジエさんは陶器が割れると怖いんだよ、ホントに。村の反対側に居ても走ってきて、必ず原因と、経緯を説明させられて、責任の所在とか、再発の防止とか、今後どうするのかとか、小言が長々と続くんだよ。焼いた職人の想いを考えた事があるのかって言うけど、私は、自分で作った陶器割っても、関係なしに怒られるし。」
幢子が苦笑いを浮かべながら、前にも誰かに述べたように言う。
それを聞き、コヴ・ヘスは以前割れた陶器の欠片を誤って踏んだ事を、俄に思い出し、表情を歪め、目を伏せる。
一同が中央区画との境になっている石垣の通用道へと差し掛かると、立ち入りを臨検する衛士と役人は、顔を背け、それを黙認する。
中央にそびえる王城に刻一刻と近づいていく。
城門を前に兵舎があり、数名の衛士が周域を警邏していたが、一行の姿は居ないものとして見過ごされる事になる。
城内に立ち入り、そのまま、国王ラザウ・サザウの国葬が営まれている中庭へと踏み入っていく。
現れた一行に、喪に服し立ち会っていた一同がどよめく。
その中心に、目的の王太子エルド・サザウが立っていた。
「おかしいね。ダナウと、その息子のデナンの姿がないじゃないか。」
コ・ブエラがそれに気づく。
「偉大なる王、ラザウ・サザウの国葬の場である。何用か、物々しい。」
王太子付きの側近役人が声を荒げるが、その直後に随伴する長槍を携えたリゼウ国の兵士の姿を認め、明らかに動揺する。
「何故他国の兵士が武装し、この場に立ち入っている!衛士は何をやっている!」
その言葉に、周囲に何処からともなく悲鳴が上がる。
「何やってるって、この場にいる罪人を引き渡して貰うために、通して貰ったんだよ。そこの中央にいる、うちの兵士を二名叩き切って殺害した上、うちとディル領の正式な依頼状に則った輸送路を長期に渡って不当に封鎖した首謀者を、リゼウ国に連行するんだ。ちなみに、荷の横領の罪もかかってるぜ。」
栄治は兵士たちを引き連れたまま、真っ直ぐに王太子エルド・サザウの元へと向かっていく。
「売国奴共め。王城に踏み入り、国王陛下の喪を汚すか!まして私は次期国王、エルド・サザウだぞ!」
「今はまだ王太子だろうが。最も、それ以前にアンタは罪人だ。それも、シギザ領と手を組んで、バルドー国に国家の財を横流しした共謀者でもある。」
「うちとしてはそれを追求される前に、身柄を確保して、ウチの国主様の所へ連行したいんだがな。」
その言葉に、明らかに動揺する貴族の姿を、コ・ブエラは見逃さなかった。
「アタシが今、顔色を変えた連中の名前を一人ひとり呼び上げていってもいいのかい?増税までして集めた貨幣は今一体何処にある?買ったはずの物資は、サザウ国へ向けて運ばれてるのかい?誰が、どうやって?そんな物がありもしない事はもう、調べがついているんだ。」
「そうですね。王都の屋敷に残ったシギザとの内々の書状、どれだけ出てくるでしょうね。それすらも果たされず、逃げる様に港へとシギザ領の馬車が走っていきましたけれど。」
一同の後ろから声が響く。声の主、コ・ニアが一人の男を伴に現れる。
「フン、遅いじゃないか、ドゥロ。漸く重い腰を上げたかい。それとも納税のついでにたまたま追い出した母の顔を見かけて、小言が恋しくなったのかい。」
コ・ブエラが、久しく顔を見ていなかった我が子の姿を一瞥し、悪態をつく。
「取引通り二の豆を乗せた荷車と共に、エスタ領のコが訪ねてきて、王都でこれから面白い見世物があると行脚に誘ったのだ。小煩い頭痛の種が、こんな所にいるなど知る由もない。」
コヴ・ドゥロ・セッタはその声から目耳を背けながら、ぶっきら棒に言った。




