交換条件
オカリナ。
気鳴楽器の一種。
オカリナの特徴として、陶器として作られ、手順を理解していれば十分に手工芸で作成できる点がある。
同様の気鳴楽器である笛に分類されるものであっても穴の位置の等間隔さ、口径の大きさ、繋ぎ込みや加工による歪みで音質が異なる性質のものとは異なり、比較的自由に変形でき、持ち易さや取り回しの良さを重視した作成を行う場合もある。
作成の安易さに対して、音階の維持の操作や、気温など外的要因に左右される部分もあり必ずしも入門的な楽器とは限らない。
とは言え、その原理は原始から形や材質が異なるとも育まれてきた歴史があり、作成からの工程も含め、愛好家も多い。
幢子が指を添え、息を吹き込むと、柔らかな音がそれから流れ出す。
短く、たった一音に過ぎなかったが、その音に周囲で火を炊いていた子供たちは瞬く間に引き寄せられた。
「こうかな?」
確かめるように、指で塞ぐ穴を確かめ、入れ替えつつ、幢子は短い音を重ねる。
その度に、食い入るように子供たちはその光景を見守った。
それは詩魔法師のエルカも同様だった。目の前に出てきたのが楽器であったことに驚く。
そして何よりも、幢子が辿々しくも音階を奏で始めたからであった。
楽器。
それは王都で詩魔法を正式に習った際、その教育の期間にのみ目にした、稀有な存在。
そしてそれに依って、それが正しい音、即ち音階と呼ばれるもので伝えられ、その音階を正しく紡いでいくことが詩であり、詩魔法であるとエルカは知った。教わった。
それを正しく修め、とは言え秀でた結果は出せず、エルカは国ではなく村に配されている。
「どうかな?」
幢子は思い出すように、確かめつつ、オカリナを吹き、それをエルカに尋ねた。
幢子にしてみれば、小学生の頃、夏休みの体験学習でオカリナを作った時に、そのおこぼれとして聞きかじった演奏講習以来の、オカリナ演奏であったからだ。
これがリコーダーやピアノであればもう少しまともな音階を表現できただろう。
簡単な曲なら演奏すらできたかも知れない。
「す、すごいです!」
エルカは言葉を詰まらせながら、漸くそれを弾き出す。その反応をみて周囲の子供たちも騒ぎ出す。
「良かった。」
エルカにとっては、幢子が音階を理解しているらしきこと、楽器を作り出したこと、そしてそれがあの焼き窯から出てきたこと、全てが驚愕と興奮であった。
「これはどういう楽器なんですか!私にも使えるでしょうか!私にも作れるのですか!」
楽器を自分で自由に扱う。楽器を自分で作り出す。
音を生業にするエルカにとって、キラキラと煌く夢の事柄が、目の前に存在している。
手に届きそうな位置にある。興味が湧き上がり、疑問が吹き上げ、期待が舞う。
「勿論。みんなで作って、みんなで演奏したいから、エルカに詩を教えて欲しいんだ。」
エルカは息を呑む。ドクドクと心臓が音を上げている。
「どうしたの?」
幢子は、息を詰まらせ、言葉を出せずに居るエルカを覗き込む。
「詩魔法は、凄く危険なものでもあるのです。誤って使えば。」
エルカは、ついこの間の凶事を思い出す。そして王都で習った「教え」もまた。
「なら、その危ないことも含めて、全部。全部教えて。」
エルカの言葉を食うように、幢子は目を輝かせ言った。
「私が作れる楽器は他にもあるんだよ。多分、陶器で打楽器も作れるし、風鈴の原理で鈴も作れるし、木材と皮で太鼓も作れると思う。カスタネットもかな。」
「ど、どれも知らない楽器です。」
矢継ぎ早に楽器を上げる幢子に、エルカは一層の混乱をしていく。
幢子にとって、その興味は一緒に教会で過ごしているエルカに傾きつつあった。
正確にはその「詩魔法」について、である。
勿論、自分の知識を記憶を頼りに様々なものを作ることには満足もあり、不満もない。
今後を考えて思案もあった。
しかしそれ以上に、この世界の仕組み、目の当たりにした詩魔法への興味は日に日に増して行った。
窯の焼成、焼き上がった陶器を見ては、幢子はこの機会を伺っていた。
焼き上がった陶器を小突いては、音の成り方や材質を確かめた。
耐えられるものかどうか。作れるかどうか。
先日組み上げた自分用の窯は、煉瓦も十分な品質を揃え、焼き上がり方も十分に確かめ、それが十分だと確信し、そして満を持してオカリナを焼いたのだ。
「私とエルカが安全を確かめながら教え方を作って、それからならいいでしょ?ね?」
エルカは煤まみれの顔で懇願する幢子を見て、根負けする自分がいるのを感じた。
その表情、そしてここまで大きくなっている窯焼き事情。
幢子はこれからも村に様々なものを生み出し続けるのだろう。
そしてそれは「楽器すらも例外ではない」と感じた。
「私にも、それの作り方、ちゃんと教えて下さいね。」
それが、エルカの漸くに吐き出せた答えだった。そして周りの子供達をみるような目で幢子を見た。
幢子にはこんな一面もあるのかと、エルカはそれを初めて知ったのだ。
「面白そうな話ですな。その楽器も含めて、私にも色々と教えてくだされば有り難い。」
その声はエルカの真後ろから、遠慮がちに届いた。




