バルドー国側の事情
「あ、その。もしかして、大事なことだったりします?この話。」
由佳は、鼻を掻き、苦笑いを浮かべながら凝視する一同に目を向ける。
「いいかい、お嬢ちゃん。バルドー国の主要産物は、その銅なんだ。銅を売って錫を買う、錫と銅で青銅を作る。その青銅を造幣して貨幣を作る。その貨幣で、大国やこちら側から国内で不足する物資を買い入れるのさ。」
コ・ブエラが口を開く。その言葉に、その場に介する多くの面々が頷く。
「バルドー国は銅と貨幣を売って、国を成り立たせていると言って過言ではない。青銅の製造と、その銅と錫の含有率は、国家的な秘匿なのだ。貨幣の価値はサザウ国が扱う交易量を元に決まるが、貨幣そのもの、更に言えば青銅の製造は、バルドー国の生命線と言っていい。」
コヴ・ヘスが述べると、それにコヴ・ラドと組合本部長が頷く。
「我が国でそれを行うとすれば、それは造幣も行うという事。バルドー国が黙ってはいるまい。が、今この場でそれは、一旦置く必要がある。なぜ、お嬢ちゃんが、その銅鉱山での事故を知っている?銅鉱山はバルドー国の国策とも言える事業。その情報は、多く秘匿され、こちらには伝わってこない。」
コ・ブエラが言葉を続ける。一同はそれを於いて、由佳が口を開くのを黙して待つ。
「その銅鉱山に暫く居たんですよ、アタシ。最初の冬季が明けるくらいまでだから、半年くらいかな。ご飯運んだり、塩買いに行ったり、鉱夫のおっちゃんたちを世話したりして。」
「去年の雨季が来る前に、おっちゃんたちが、専業で荷運びでもやればいいって、それで塩とか乾豆を運んでくれって。漁港の公益商組合に口を利いてくれて、独立商人に登録して荷運びを始めたんですよ。それから少しして、雨季の終わり辺りに、行ったら事故が起こったらしくて、生き残ったおっちゃんがそれをこっそり教えてくれて。」
「で、ここからはアタシが見てた事と、聞いた話と、予想のごちゃまぜなんですけど、鉱山って、ほら、上から露天掘りするじゃないですか。少し縦に掘って、横に広げてって感じで。で、アタシがまだ鉱山に居た時、こう、立坑やってたんですよ、結構深く。」
「流石に、鉱山のことはわからん。河内さんはどうだ?」
栄治が問うが、幢子のみならず、その場の全員が、苦い顔を浮かる。
「横に掘った穴を添え木しながら掘り進めるイメージなんだけど。」
「ああ、それは横坑ですね。まぁ、結局そこなんですけど。日本の鉱山だと確かに横坑のイメージですよね。坑内掘りって奴ですそれ。」
由佳は苦笑いを浮かべながら言う。
「表層から順に採掘物を崩していくんじゃなくて、結構大きい鉱脈にあたったらしくて、で、多分焦ったか欲かいたか、ノルマか、なんですけど、縦に掘ってたんですよ、鉱山で。露出した鉱脈を、鉱脈だけ狙って追ったんでしょうね。それが冬季の後半の事で、おっちゃんたちが寒くはないが息苦しいってボヤいてたんですよ。」
「で、そこから色々あって、その鉱山に乾豆や塩を届けて何回かした頃に、大騒ぎになってて、見慣れた顔も結構居なくなってて。崩れたって言葉が聴こえたりしてたんで、ああ、途中から横坑に切り替えたんだなって。ガス溜まりに当たったか、水が出たか、灯りの引火の粉塵爆か、酸欠もあったかも知れませんけど、多分、結構大きな事故が坑内で起こったのは間違いないです。」
「話が見えてきたね。バルドー国側の内情、考えてみればそこがまだ見えてなかった。」
コ・ブエラはそこまで聴いて面々を見渡す。
「要するに、国内の豆の生産が落ちて、落ちた分を銅で賄おうとしたのさ。そして焦って失敗した。」
その場に居る面々は、硬い表情のまま深い息をつき、頷く。
「十分に考えられる話ですな。それで鉱夫と鉱具を失った。その上で、昨年の疫病騒ぎが起こった。バルドー国が負った損失は、サザウ国以上と見て間違いないでしょう。」
組合本部長はそう述べると、手元の紙で羽筆を走らせ、概算を立て始める。
「そこにダナウが割って入ったのさ。サザウ国から税収の貨幣を横流しする。その貨幣で更に東側の大国から物資を買う。道中で消えた荷の行方も、そうすれば予測がつく。」
コ・ブエラが立てた考察に、二人の領主が頷く。
「シギザ領のコヴは、サザウ国側でいくら被害が出ようがお構いなしってか。」
「その様な男なのだ、コヴ・ダナウは。他者の失敗や不幸に、目を光らせ、耳を立てる。そこで手札を切ってくる。自分の姿を良く見せよう、高く買わせようと働きかける。一つの商才では、ある。」
栄治の呟きに、答えるようにコヴ・ヘスが述べる。
「同時に損失に対しても実に目鼻が効く。見込みがないと思えば、早々に奪い、切り捨てるのだ。」
同調しコヴ・ラドが述べると、裏付けるようにコ・ブエラが頷く。
「とっとと国から追い出すに限るな。これからは少なくとも要らん。物資も貨幣も、横から奪われたのでは、煩わしい事この上ない。課題や展望は山積みだって言うのによ。」
栄治は断言し、席を立つ。そうして、自らの頭を掻きむしる。
「だからといって、俺やリゼウ国がやれば角が立つ。馬鹿王太子は俺達が貰うが、そのダナウって奴は、貴族役人とあんた等でどうにかするしか無い。そろそろ行くぞ。」
一同は頷く。経緯を知らないコ・ジエたち三人は顔を見合わせる。
「河内さんと細川さん、コ・ジエ殿も来てくれ。証言は大いに越したことはない。宮廷の大掃除に行くぞ。」




