合流
「俺は、一度兵舎に戻る。何を言われるかわからんが衛士長には先に報告しておかなきゃならんしな。」
一度立ち止まり、リオルがそういうと、由佳の荷車から自分の荷を下ろす。
その言葉に続いて衛士たちが同じ様に荷を取り出す。
中央区画との境界になる石垣が見え始めていた。
「後で輸送依頼の報酬を用意しておく。今度兵舎に寄ってくれ。俺の名前を出せば、中央区画内の兵舎に案内してもらえるだろう。」
投げかけられた言葉に、由佳は黙して頷く。衛士たちに対しては、まだ気さくに声をやり取りするような気分に離れないでいた。
「荷の行方について判れば、ディル領主の滞在屋敷へ至急知らせてください。シギザ方面に向かったのは最早、間違いありません。」
手を掲げ、後ろ手を振り、背を向けるリオルに、コ・ジエは言葉を投げかける。そのまま衛士たちは一同から徐々に離れていく。
「我々はディルの滞在屋敷へ行きましょう。まずコヴに報告を。公益商組合本部への訪問を後にさせてください。」
幢子と由佳の顔を確認し、述べるコ・ジエに、二人は黙して頷く。
それを見たコ・ジエは歩き出す。
「ん、中央側にあるんじゃないの?そういうの。」
街の中心と思われる石垣から逆に離れていくコ・ジエに、幢子は問う。
「内政府に関わる貴族、或いは王族だけですよ、あちら側に住むのは。過去存在した我が領の屋敷は、貨幣の調達のため祖父の代に売り渡してしまったと聞きます。」
「ディル領の財政らしい話といえばそれまでだけれど、大変なんだね。」
カラカラと回る荷車の車輪の音だけが響く中、三人は王都トウドの街中を歩いていく。
「静まり返っているよね、いくら何でもさ。大きな街なのに、人の気配が薄いというか、さ。」
幢子は歩きながら周囲を見る。その歩く木靴の音すらも反響する様な静寂に、不気味さすら感じていた。被っている外套の尾を引き、感情で捉える肌寒さを誤魔化す。
「去年の冬季から、ですかねぇ。どんどん活気が無くなっていって。もう慣れちゃいましたけど、城壁の外とか結構、腐乱死体とかあって、街中にもあったりして、それを衛士の人たちが荷車に乗せて、まとめて焼いてたり。」
由佳が見た雨季の始まり前後の王都は、特に悲惨であったことを思い出す。
「今年も、ううん、今年はもっと酷いかも知れないね。私も、去年は埋葬のお手伝いしたよ。」
北部森林部の開拓村を回った時、息を引き取っていた年配者や幼い子供を弔ったことを、幢子は思い出していた。
生き残った子供を抱き寄せて寝かしつけ、その手の冷たさに、環境改善を誓った夜の事を思い浮かべる。
「あれ、でも火葬したんだ。亡骸は埋めるって思ってたんだけど。」
幢子は、弔い方の若干の違いに、ふと疑問を感じる。
「中央の王領、王都には貴族を始めとして、今も、ゾンビ化を恐れる声があるのですよ。」
「はぁ?ゾンビ?なにそれ?」
由佳が笑い、問う。二年もの間、歩き続けてきてそんな話は聞いたことがなかった。
「本気な話?もしかして。」
無反応なコ・ジエに、由佳は一抹の不安を覚え、自分の知るゾンビ像を頭に思い描く。
「サザウ国で最後に確認、記録されたのは、もう八十年程前の話です。死体を土葬すると、起き上がり、固い腕を振り回し、跳ね、暴れまわる。意思はなく、見境がなく、生きている者を恨み、死者の世界へと足を引きずり込む。今では、それを信じる人はほぼ居なくなりましたが。」
「ゾンビなんて非科学的な存在、いるわけないよ。死体に残った残留静電気の反射反応か、ガス溜まりの破裂を何かと見間違えたんだよ。きっとそうだよ。」
淡々と述べるコ・ジエに、幢子は無機質に、感情を抑え込み答える。
「もしかして、河内さんってそういうのダメだったりします?アタシもですけど。」
幢子のあからさまな反応に、由佳は笑いつつも、僅かに顔を青くする。
「そういうのじゃなくて、正体を証明されないまま、ただ漠然と恐怖とか不安を煽ってくるものが嫌いなの。オーバーテクノロジーとか、オーパーツとか、キャトルミューティレーションとか。」
「着きましたよ。」
門を構え、僅かながらも緑生のある庭を持つ、そこそこ大きな建築物の前でコ・ジエは足を止める。
門を開き、中へ踏み入るコ・ジエに続いて、幢子と由佳がその敷地へと入っていく。
奥の屋敷の扉の前に立つと、質素なドアノッカーを手に取り、コ・ジエはそれを打ち付ける。
「仮に父は不在でも、王都付きの家令や役人は滞在しているはずです。」
由佳は中庭の隅に荷車を壁に横付けして停め、それを待つ二人に合流する。
暫くの後、扉の向こうに人の気配と足音がする。
「どちら様でございましょう。」
「私だ。ジエだ。深刻な問題が発生している現状、父の所在を確認し、その報告と指示を仰ぐため、こちらに来た。」
その返答に、即座に扉の鍵が外され、開かれる。
「おお、ジエ様。よくぞおいでになりました。先ごろいらっしゃった皆様も、お待ちでしょう。」
現れた家令がジエの顔を見届けるなりそう発し、伴をする二人に気づく。
「お連れ様は、どのような。」
「我が領の客人コウチ・トウコ殿と、その同郷の者だ。それより、皆様というのは?」
「今朝方いらっしゃった、コヴ・ラド様、ブエラ・セッタ様、それとリゼウ国の使者様、独立交易商組合の本部長様が共に中で、ヘス様と応接間にいらっしゃいます。お待合ではないのですか?」




