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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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それぞれの通った道

 ディル領の漁港を発ったコ・ジエの一行が王都に辿りいたのは、出発と二日と半日が過ぎた頃であった。

 出発後、未明に休息と睡眠を交代で取り、その後、昼に一度、未明に一度の休憩を繰り返してである。


「今年は入都門、誰もいませんね。」

 由佳が見えてきた王都の城壁を目に、それを口にする。


「去年の冬季に発生した謎の疫病騒動で、王都トウドを往来する独立商人の数は著しく減った。王都周辺の警邏けいらを行う衛士隊にも、それを嘆く声は少なくない。」

 そう言いつつも入都門の静まり方にリオルは目を疑う。自

 身らが行った輸送路の封鎖が、それに拍車をかけたことに気づくのにそう時間は要らなかった。


「王都に往来する独立商人が持ち込む様々な品は、関税も勿論ですが目に見えない形でサザウ国に多くのものを落としていくのです。遠方の大国の情報、交易品、街の活気に依るトウド内の商店、商会の利益、貨幣の循環により独立商人は貨幣を得て、王領は物資やそれらを得る。」

 コ・ジエは歩きつつそれを説く。謎の疫病という言葉は、報告文書のやり取りで知っていたが、実際のその影響を自らの目で確認し、その被害の大きさを改めて意識する。


「三の豆の収穫って、他の領では上手く行かなかったんだよね?確か。」

「そう聴いています。今年は王領、セッタ領、シギザ領は二の豆の収穫が乾季半ば頃と聴いています。冬季に入った三の豆は追肥と、効率的な詩魔法がなければ育たないと、昨年のやり取りにあったはずです。」

 幢子の問いに、リゼウ国の治験農場の報告の記載された文面を思い出し、それを加え、コ・ジエが答える。


「冬季に安定して育つ作物が見つかったり、土壌改良が進まないと、この問題はずっとついて回るんだよね。京極さん次第だよね、そこら辺は。」

 幢子の記憶にも、冬に育ち収穫を迎える記憶があるのは大根やキャベツ、ネギなどであるが、そういった作物はまだ目にした事がなかった。


「え、アタシたち以外にも日本人がいるんですか?」

 とっさの会話の中に聞き馴染みのある名字らしき名称に、由佳が反応する。


「うん。京極さんは凄いんだよ。リゼウ国の次期宰相だって。奈良だったか三重の山の中で農家をやってたらしくて、家畜とかも結構詳しいんだ。それで出世したって聴いてるよ。」


「何だそりゃ。ここでリゼウ国の重役がなんで話に出てくるんだ。アンタ、記憶喪失って話じゃなかったのかよ。まぁ嘘だろうとは思ってたが。」

 幢子の言葉の中に極自然に登場した隣国の名前と役職に、リオルはため息をつく。


「まぁ、記憶喪失っていうのは無理があったよね。やっぱり。」


「河内さんって、この国でどんな生活送ってきたんですか?なんか色々、凄い事になってる感じですよね、河内さんの周りって。何となく理解ってきました。」

 由佳はこの二年、辿ってきた道を思い返す。目の前を歩く年上の同郷女性が、明らかに世渡りが上手すぎるとため息をつく。


「通勤の途中でいきなり狼に遭遇して、襲われた感じかな。そこの衛士さんに助けて貰ったけど、あの時、噛まれてたら伝染病で死んじゃってたかも知れないね。細川さんは、どうしてたの?」


「狼ってなんなんですか、それ。流石に見たことないですよ、まだ。」

 まるで絶叫遊具の様な導入の語りに、由佳は唖然とする。


「アタシは、通学中に歩いてたらバルドー国に居た感じですね。近くに銅鉱山があって、鉱夫さんに助けてもらって。色々良くして貰って、港町に塩を買い付けに行ったりして。」

「鉱山!?銅があるの?」

 幢子が、由佳の言葉に嬉々とした声を上げている間に、一同は入都門をくぐる。

 コ・ジエが提示したディル領の印章と、衛士であるリオルたちの同伴により、役人に咎められる事もない。


「礼を言います。よく、トウコ殿を助けてくださいました。」

 コ・ジエは歩きながら、顔を向けずに、リオルにそう投げかける。


「ん、ああ。さっきの話か。あの時は、逆にこっちも助けられたんだ。礼を言うのは本来こっちだ。アイツが居なければ、俺も、俺の隊の連中も、怪我じゃ済まなかっただろう。」


「それでも、くだんの狼騒動で、我が領はトウコ殿と知遇を得る事が出来ました。それが様々な繋がりを経て、今、ディル領は、私は生きながらえている。救われたのです。」

 横を歩く衛士が重要な存在であった事に、その何気ない会話からうかがい知り、今回の一連の問題での衛士に対するかたくなな心象が軟化しつつある事に、コ・ジエは気づいた。


「アンタも助けられたのか。どんな事だかは知らないが。」

「ええ。割れた陶器の皿の治し方を教えていただきました。それが、どれほど私の助けになった事か。彼女にとっては、道中の出来事の一つに過ぎないのでしょうが。」

 目を細め、遠くを見つめるコ・ジエの顔を伺い、リオルは深い息をつく。


「割れた皿なんて治せるのかよ。だったら、割れたかめの治し方、俺も教えて貰わねぇとな。」

 漁港の海岸に打ち捨てられた、灰の入っていたかめを思い出す。

 その中にはリオル自身が臨検の際に、深く考えず割ったかめもあった。


「御礼代わりに、いつか私が教えて差し上げますよ。トウコ殿は忙しい方なのです。時間と手間がかかる事と、手が痒くなる事を覚悟してください。」


「以後、陶器が割れる度に、その音を聞くだけでも、胸が途方もなく苦しくなるのです。」

 少しだけ表情を崩し、少しだけ顔を傾けて、歩くリオルを横目に、コ・ジエはそう言った。

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