危機感の共有
「じゃあ、問題はそのシギザ派閥の引き剥がしと、馬鹿王太子の連行になるな。決定権が誰にもなければ、お前達に裁量が回ってくるってことだろう。」
道中で、コ・ニアがそれを示唆した事が栄治の脳裏に呼び起こされる。
「ついでだ、栄養価問題については何処まで共有してるんだ。それを知ってれば俺、リゼウ国が焦ってディル領の支援を再開したい理由もわかるだろう。知ってるのは挙手してみな。」
その言葉にセッタ領寄りの三人を除く七人が戸惑いながらも手を挙げる。
「その栄養価、というのは。」
同席する本部長が知らない事も無理はなく、その事に思い至った栄治は目を閉じ息を潜める。
「さっきの貴族病と同じ話だ。去年の冬季に起こった謎の疫病騒動とやらは、疫病じゃねぇ。この地域全体が長年で患った重病だって事だ。今まで通り食って働いてたんじゃ、貴族や領主一族、役人はまだしも、それを支える民はバタバタぶっ倒れて行くんだよ。魔素切れ起こしてな。今年もこのままだと大規模な飢餓が発生するだろうな。」
「なんですと?あれが、疫病ではない?」
それを知らなかった面々が、口を開け目を見開く。
「さっき言っていた、バルドー国からの支援がどれほどの規模かしらねぇが、三の豆の収穫できなかった分、ぐらいの量で考えていたら阻止なんてできるはずがねぇ。本部長、計算してみろ。各領から貨幣税収を食料や物資の購入に全て回したとして、どの程度の量になる?三の豆の収穫を超えるか?」
「しばしお待ちを。」
慌てて、本部長は懐から走り書きに用いる紙とインクを取り出し、羽筆を手に筆算を始める。
「恐らく、圧倒的に足りないだろう。ギリギリ生命が繋げる見込みは、乾豆だけで賄うなら今までの三割増しといった所。その最低水準ですら、日頃の基礎代謝の向上、積雪を見越した防寒、体内魔素の温存、詩魔法の効率化を加味した数字だと思っている。」
「リゼウ国でもまだ今年は完全に抑え込めないだろうと国主共々、嘆いている。既に北部の積雪寒村は全て撤収、今も重ね着の防寒具を急いで仕立て、共同生活を主体にした薪の消費効率を上げている。それでもだ。」
横に控えるリゼウ国の兵士隊長が表情を強張らせたのに気づいたものは居なかった。
実際に彼にしてみれば、それらの生き証人であり、対策実行の牽引者でもあった。
「ポッコ村の生活水準については、改めて各員にこの後共有致します。」
ディル領寄りの貴族役人が顔を見合わせ頷く。
「そうだ、そのポッコ村だ。恐らく今その栄養価改善について一番進んでいるのはその村だ。鉄器作ってる窯元と、ディル領のコ、ジエが、現地の詩魔法師エルカと共に数々の報告を送ってくる。」
記憶の端にあって取り出し難かったその村の名前を出され、栄治は咄嗟にその波に乗る。
「そこを失えば、まずこの国が滅ぶ。数年で、下手すれば今年か、来年にもだ。昨今の通年での灰の取引も、木酢液の製造も今の所、その村だ。今から同じことをやろうと他が真似ても、何年かかるか判らねぇ。ここに居る面々が揃って生き残るためにはディル領が必要だ。それを理解してるか?」
栄治が語る言葉に、目前の貴族役人一同の表情は重い。
その様子に今までは危機感の薄さがあっただろう事が、栄治にも感じられた。
「計算が終わりました。」
乱雑な書き殴りに一息ついた本部長がそれを述べる。
「あくまで即席の目算になりますが、例年通りの税収貨幣を、今現在の食料相場に当てはめて物資を買うとすると、三の豆の収穫の半分にも満たないでしょう。更にここへ輸送依頼の報酬が引かれることを考えると、一領の三の豆を満たすかどうかも怪しいですな。」
「そこまで高騰しているのか、食料は。支援を前提にした追加の税まで課しているんだぞ。」
貴族役員の一人が声を上げる。その動揺は瞬く間に広がっていく。
「疫病、という事になっているそれは、バルドー国側にも発生していると、公益商組合では周知されているのです。実際、バルドー国でも今年は三の豆の収穫が失敗しているのですよ。ですから、その試算による食料すら満足に集まるとは到底思えません。」
「三の豆の収穫に成功し、更には豊作とまで言われている、エスタ領、リゼウ国、三の豆の作付けそのものだけは無事行われたディル領等は、この地域では稀有な例なのです。」
「つまり、シギザ領は、最早、王領の貴族役人すらも軽んじ、謀っているという事なのか。」
一人が、力なく呟く。それに呼応し、更に重い空気が波及していく。
「まぁ、そういう事だろうな。助かりたければ、馬鹿王太子を蛮行の首謀者として俺達に引き渡し、シギザの連中から権力を奪うしか無い。あんなのに決定権を持たせたらお終いだ。」
「それで流通が再開し、まずディル領が救われる。そこから灰を掻き集め、森林部の落ち葉を集めて腐らせ、漁港で漁師に岩牡蠣を取らせろ。それで俺達がやっと食料を取引してやれる。」
「生き残りたければこんな所で馬鹿な宮廷劇に長々と甘んじている時間はねぇはずだ。最悪、俺達は王領と一戦構えて、そのままディル領を救済に走ってもいいんだ。」
栄治の言葉に、随伴する兵士たちが身体を強張らせる。そしてその身動きに、貴族役人たちは怯え腰になる。
「悩む暇があったら、今夜中に王都中の貴族役人や行政関係者で信頼できる連中をかき集めろ。鉄器の話以外はいくら流しても構わん。必要があればリゼウ国の名前を使ってくれてもいい。」
「誰のためとは言わん、自分自身が生き残るために行動しろ。早く問題解決すれば、今年は俺達が飯を食わせてやると言え。そうすれば来年は、買い入れなんてその場しのぎではない、今年よりマシな農作で、今年よりマシな収穫を得られる。そのために危機意識を共有しろ。」
「それでも立場を決めかねる奴には、貴族病をチラつかせろ。来年は貴族病が蔓延するとな。助けてやれるのはこちら側だけだ。助けてやれるって事は、苦しんでいるのを見捨てる事もできるのだとな。」
明らかに貴族役人の表情が変わる。栄治は言葉に確かな手応えを感じる。
「貴族病が身体を蝕んでいるかどうか、これからその見極め方を教えてやる。なに、この本部長で既に実証済みだ。その顔だと、不安や身に覚えがあるだろう。ハッキリさせてやるよ。」




