責任の所在
ある独立商人の手記 解放
焚き火の音に目を覚ますと、漁港の東屋の中で寝かされていた。
俺が運んでいたリゼウ国の防寒着が身体にかけられている。
しかし痛む頭と身体に身を起こす事もままならなかった。霞む目に首を振りあたりを見回す。
近くには同じ様に横になっている連中が見える。
焚き火の回りで海女が、岩牡蠣を次々に焼いている。
赤い火の前で、焚き火の音と、煮え泡立った岩牡蠣の汁の音が淡々と響いている。
そうして何となく、自分が生き長らえたことを知る。実感を得ていく。
意識を失う直前に、あのアイツの姿を見たことを思い出す。
今が何時で、あれからどれだけの時間が過ぎているのかを、頭の痛みを堪えながら、考える。
ふと、意識を取り戻した事に気づいたのか、海女が今し方、焼いていた岩牡蠣を持ってやってくる。
俺は貝が嫌いなんだ。
もう食うまいと固く誓っていたが、それはとても美味そうな匂いがした。
「今、馬を走らせている。王都側とシギザ領側の両方だ。あれだけの荷だ。見つかるだろう。」
リオルは東屋の壁を背に腰掛け、身体を休める。
幢子とコ・ジエは、由佳が提案した、海女の東屋を借りた商人たちの救済案に乗って、漁港を駆け回った。
衛士の滞在と、商人たちの拘束に不満を持っていた住民や組合は、その夜、次々と集まり、火を焚き、海女たちは暗く冷たい海へと潜っていった。
滞在する詩魔法師や、その場に居合わせた衛士たちもそれに協力し、息を繋いでいる商人たちの救済活動に乗り出す事になる。
その過程で、由佳が引いて運んできた荷車の積荷は、実質の受け取り主であるコ・ジエの裁量で荷解きされ、活用されることになる。
夜を徹した作業で諸方が動き回り、荷の行方について馬が走ったのは夜が明けてからの事であった。
「アンタ、まだディル領に居たんだな。元気そうで何よりだ。」
リオルが、目の前で火を焚き、海女が持ち込む岩牡蠣を焼いている幢子に話しかける。
「色々あってね。あのままポッコ村に住んでるんだ。こうやって漁港の方まで来たのも、実は今回が初めて。」
幢子は泡を吹く岩牡蠣を気にしながら、小さい草布生地の袋に海岸の砂を詰める。
「その割には、領のコと随分親密そうだな。荷の行方や領が飢えるなんて、持ち出す話も大きい。」
リオルは、目の前で火を焚く幢子の姿を、前にポッコ村で土を焼いていた幢子の姿と重ねる。
「村もあの後、統合で大きくなったし、人も増えた。陶器や炭も焼いてるんだ。積荷は、ポッコ村から出て西に向かっていくんだよ。灰と木酢液は、ポッコ村で積み込むの。それで食料を買ってる。」
その話を聞いて、リオルはその頭の中で色々な話が繋がっていく。
「飢えるってそういう事かよ。だから、あの輸送団も。」
昨年の陶器の事を思い出していた。
依頼書を読み上げるリゼウ国の兵士は、王都の住民の飢えを訴えたリオルの問いに、涙を流していたのを思い出す。
「あの輸送団の先に、ディル領でお前たちが居たんだな。」
あの時、積み荷が届いていなければ、この再会もなかったかもしれないと考えているリオルの呟きに対し、それに興味を示さず、幢子は袋の中へ焚き火で焼いた石を放り込む。そして紐で袋の口を結ぶ。
「河内さーん!おっちゃんが!おっちゃんが目を覚ましたよーー!」
少しの東屋から由佳が叫び声を上げる。
「新しいカイロを作ったから取りに来てーーーー!」
その声に応えるように幢子が声を上げる。その声に、由佳は走り出す。
「色々と悪かった。商人も何人か、見殺しにしちまった。その先に、また飢える連中がいるんだな。」
リオルが呟く。自分たちが結果的に加担することになった輸送の封鎖や、行方の知れない荷について、徐々に、その規模の大きさが明らかになっていく。
その理解が及んでいく度に、罪の意識が大きくなっていった。
「まぁ、食べなよ。岩牡蠣しか無いけど。陽が昇ったから船も出るし、魚もちょっとは届くよ。」
そう言って幢子は、腰に下げていた陶器のナイフで岩牡蠣の殻をこじ開け、まだ煮汁の泡立つそれをリオルに差し出す。
「熱くねぇのかよ、それ。」
涙ぐんだ目でそれを受け取ったリオルに、幢子は少しだけ微笑んだ。
「まだ知れぬ荷の行方はともかく、損害はかなりの物になっています。」
そんな姿を見て、表情を険しくしたコ・ジエは二人の間に割って入る。
そこへカイロを取りに来た由佳も現れる。
「衛士の方々が無計画に灰の輸送陶器を割りましたが、あれも商品です。リゼウ国、エスタ領双方へ請求され、貨幣を受け取る事となっています。密輸の疑いの砂鉄が見つからなかった以上、この負債が何処に請求が行くかは、追って関係者の会合に依って決められます。」
「見慣れた陶器が無残に割れてるのは、さすがにジエさんも見過ごせなかったみたいだね。」
コ・ジエの固い表情は岩牡蠣を差し出されているリオルに向けられている。それを見て、幢子もまた苦笑いをする。
陶器が割れる事がコ・ジエの深いトラウマとなっているのは、ポッコ村でも知らない人が居ない程であった。陶器が割れる音がすれば、村の何処に居ても必ず飛んでくるのである。
「放置されてる荷車と積み荷の損害も、それこそ遅延や未達成の責任を商人に回されると困るんだけど。商人も被害者だよ。組合だと、こういうのはどういう約定になってるかちゃんと知らないけど。」
荷を運ぶ仕事の損害賠償については、当事者の一人である由佳も黙って聞いては居られなかった。
せっかく生き残っても、信用も路銀を失って冬季に無一文で放り出されるなり投獄される恐怖を想像する。
「そうですね。あくまでディル領側としては、輸送を担う独立商人たちに責任が向く事は、今後の事も考え避けたいです。その点では恐らくエスタ領、リゼウ国も一致し、そこへ組合本部も関わってくるでしょう。」
「その責任の所在確認のために、コヴ不在の今、私は王都へ次第の報告に向かわねばなりません。荷の行方も含めて経緯を調べる必要があります。現場の責任者として同伴して頂きます。」
コ・ジエが強めの口調でそう述べると、リオルは首を振り、深いため息を付き、肩を落とした。




