炉に火が入る
白い空に、真っ白な太陽の光は満ちて、地面へと降り注いでいる。
遅くまで炭窯の前に座っていた彼女は、顔に煤の後を残したまま、窓から差し込む光を顔に受け、尚、眠り続けている。
「トウコ様。」
誰かがそんな彼女を、揺すり起こす。
「トウコ様。起きてください。」
何度揺すられても、彼女は起きる素振りを見せない。
「今日は大事な日なのですよね?トウコ様。」
三度の声掛けに、何の反応を示さないその様子に、揺すり起こすのを諦め、誰かが部屋を出ていく。
窓の向こうから幾人かの子供たちの声が響き伝わってくる。
少し遠くから、何かが割れる甲高い音が響く。
誰かが遠くで叫んでいる。
「トウコ様、ジエ様がおこっ」
「起きました。」
扉の向こうから聞こえる声に被せるように、彼女は勢いよく身を起こして、言葉を発する。
「おはよう、エルカ。」
身支度を整え、井戸水で顔を洗いだ彼女は、炊場へと足を向ける。
「おはようございます、トウコ様。」
朝の炊事当番が、椀に汁を注ぎ、木匙を差し入れて、彼女へ差し出す。
「おはよう。ねぇ、さっき陶器が割れる音が聞こえたんだけど。」
彼女の問いに、当番は苦笑いを浮かべる。
「ジエ様が飛んでいきましたよ。大事にならなきゃいいけど。」
「やっぱり。気持ちはわからなくないけれど。」
椀の中に浮かぶ豆を掬い取り、口に放り込む。炊かれた汁が彼女の舌の上を這い、喉に豆が流れていく事で、熱さで眠気が払われていく。
「直前まで、トウコ様が起きてこない事に気を揉んで、そこらを落ち着かない様子で歩いていたんですけどね。」
「だと思ったよ。」
ざらざらと椀に沈んだ豆を木匙で口へと流し込み、それを残った汁で押し込んで、彼女は椀を返す。
「ごちそうさまでした。」
彼女の礼に当番は満面の微笑みを返した。
「ねえ、エルカ。」
静かに自分の後ろをついてくるその足音に、彼女は声を掛ける。
「どうかしましたか、トウコ様。」
声が返ってくる事に、彼女は思わず微笑む。
「ジエさんが戻ってこない内に、始めちゃおうと思うから、頃合いを見て声をかけて、来るように言って。」
「駄目ですよ。そんな事したら、余計に怒られます。」
同意ではなく、嗜める声が返ってきて、彼女は苦笑いを浮かべる。
「でもさ、ジエさんが戻ってくるのを待つのも、時間が惜しいと思うんだ。」
「トウコ様が、早く起きれば良かっただけです。空が白み始めて漸く床に入ったからですよ。」
彼女がその場に訪れると、既に数人が、煤で顔を汚しながら、籠で木炭を運び込んでいた。
「おはようございます、トウコ様!」
「おはよう、皆。今日から大変だけど、よく寝てきた?」
彼女の問いに対して、その場の一同が口を開けて笑い声を上げる。
「ええ。おかげでぐっすり寝てきましたよ。妻に叩き起こされたくらいで。」
一人の返答に、再び笑い声が上がる。
「早速だけど、火起こしをして、送風と燃焼の最終確認をしたいんだ。通風と、炭塵、火の粉には気をつけてね。温度が上がってきて気分が悪くなったら、無理をしないように。」
炉の中へガラガラと木炭が注ぎ込まれていく。
彼女は焚き口に座り込み、手早に木屑から火を起こすと、藁草へと火を継いで、炉の中へと放り込む。
「始めるよ。」
彼女は手に握ったクランク式のハンドルを回し始める。
大きい歯車が回り始め、小さい歯車へそれが伝達されると、炉の上部から黒い炭粉がワッと吹き上がる。
慌てて、彼女はハンドルの回転を弱める。
やがて炉から吹き上げる風に火の粉が混じり、周囲の熱量が増していく。
事の始まりは、この出来事の凡そ、一年前に遡る。




