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消えた勇者と魔王

作者: ソルトレイ

すぐに読めるのでちょっとした暇つぶしに読んで頂ければ幸いです。

「最近流行っている物語を知っていますか?」


ふと頭に浮かんだこと。きっとこの人は知らないだろうと、目の前の人物に話しかける。


「いや……どんな話だ?」


脈絡のない俺の発言に訝しげに眉を寄せ、少し身動ぎをした。肩まで伸びた黒髪がサラリと前に流れる。


「あ、動かないでくださいね。はみ出しますよ。」


動くつもりはなかったのか素直に俺の言葉に従う。手を動かされないようにと自分の手に力を込めると、握られて緊張したのか肩に力が入ったのが分かった。


「固くならないでくださいね~。リラックスリラックス。……それでなんの話でしたっけ、ああ、流行りの物語でしたね。」


筆を走らせながら緊張を解すようにゆっくりと話す。ここで相手の顔を見ない事がポイントだ。この人は他人の視線がどうやら苦手らしい。


「若い子たちが好む物語なようなんですけどね、勇者と魔王の話だそうです。この話は知らなくとも勇者と魔王の存在くらいは知っているでしょう?」


「……もちろん。」


動かないためか短い返事だったが、しっかりと俺の話を聞いてくれているとわかる声だ。


「今回新しく勇者が現れたという事で巷ではその話題で溢れかえっているんですけど、流行っている物語は今回ではなく、前回の勇者のことらしいんですよ。」


私は街に行った時に小耳に挟んだ会話を思い出す。


「……あー、動いちゃだめですよ~。それでですね、前回の勇者が魔王を討伐した後行方不明なのは有名な話ですよね。」


動かないようにという言葉に忠実に従っているためか返事がない。


「うーん……流石に反応が無いのは会話として寂しいので……手さえ動かなければ少しは動いても大丈夫ですよ。」


俺がそういうと瞼がゆっくりと降り、また上がる。

黒い瞳を縁取るまつ毛は長く艶やかだが派手さはない。

俺の視線に気がついたのか、「何だ?」と言いたげに形の良い眉が歪む。

おっと……つい見とれていたらしい。


「いえ、なんでもありませんよ。」


さりげなく視線を下に向け、作業を続ける。

気には障らなかったのか、特に何も言われないので、会話を続ける。


「魔族を統べる魔王は世界を破滅に導く悪である。巨悪と戦うために1人の人族が立ち上がった。それが勇者である。


勇者は魔王を討伐するため仲間とともに旅に出た。それまでに過ごしていた小さな世界を勇者は飛び出したのだった。

1歩踏み出したのは優しく暖かい世界とは幻想だったのかと思うほど辛く険しい世界だった。全てのものが奪い奪われ争う世界。

仲間が1人、2人と離脱していく。勇者の精神も限界だった。


遂に魔王の元へたどり着いた勇者は死闘を経て魔王の首を飛ばした。勇者の勝利が確信されたその時魔王は最後の魔力を振り絞り、勇者を巻き込み次元の狭間へと消えた。

魔王と勇者が消えたそこには魔王の落ちた髪と勇者の聖剣だけが残っていた。」


子供でも知っている、おとぎ話として語られる物語


「私でも諳んじることが出来るくらいですから、あなたも知っていますよね?」


「髪はあるのに首はなぜ消えたのか、勇者は聖剣を手放したのか……そんな答えのわからない疑問もある、ということを聞いたことくらいは。」


「いくら魔族や魔力の多い人の寿命が長いからと言って1000年も前の話ですしね。流石に生きていないとされて、永遠の謎とも言われていますよね。」


思い出すような素振りもなく、スラスラと答えている。


「まあ、その答えを知っている勇者と魔王本人は消えてしまいましたからね。……そういえば髪といえばだいぶ伸びてきましたね。」


先程から気になっていたことを言いながら、自分の肩に手を置きそのまま横にふる。その手はスカスカと空気を払った。


「お前の目は節穴か……我々は成長が遅いからそんなに伸びてはいない。」


「そうですかね~?伸びていたらまた私が切ってあげようかと思ったんですけど。結構器用なんですよね。それに、1ミリでも2ミリでもあなたの変化には気付く自信あるので。……あっ、下がらないで、引かないで。ステイステイ。」


危ない……つい本音を漏らしたら椅子ごと引かれてしまった……。それに完成も近いのでここで動かれたら台無しになってしまう。早く終わらそう。


「ふん……それで、最近流行っている物語とやらはどうなった?」


怒っているのか別の理由か顔がすこし赤いが、話を終わらせる程の事ではなかったようだ。


「……えーっとですね、その物語っていうのは、さっきお話した物語の続きというものなんですよ。」


「…………ほう、それで?」


空いた間が怖いが、仕上げに入りながら気にせず続ける。


「勇者と魔王は実は生きている。何故あんな最後だったかというと、禁断の恋をしてしまった2人が全てのしがらみから逃げるためにそうしたんではないか、と。」


「…………………………………………で?」


……急いで終わらせなければ危険な気がする。


「今のは物語の導入でもあり、巷で流行っている噂です。そして今から話すのが流行っている物語です。


次元の狭間にきた勇者は抱えていた魔王をゆっくりと降ろし、その前に膝まづきました。魔王は不思議そうに首を傾げ、濡れ羽色の髪がさらりと空気を撫ぜました。勇者はその様子にほうっと息を吐き、魔王と瞳を合わせました。そして大輪の薔薇の花束を持ってこういうのです。



『あなたを愛している。』」



ガタガタッ!!!

触れていた手はいつの間にかなくなっており、なくなった手は胸の前で握られていた。

反応出来ない速度で立ったためか、椅子が後ろに倒れている。


「おお~ちょうど完成しましたよ。あはは、動いても大丈夫ですって言う前に動いちゃいましたね。」


「……そうじゃないだろ。」


「……ああ、プロポーズの言葉が違うだろってことですね。本当は『世界の半分やるから俺の傍にいろ』でしたかね、いやぁ、恥ずかしいプロポーズもあるもんですね!」


「……だから違う……あとその口調やめろ。」


「えええ?これも違いますか?合ってるんですけどねぇ。あれ、敬語は嫌でした?まあ店員さんごっこも終わったからいいけどね。結構好きなんだけど、お店屋さんするの。」


「だから……そうじゃなくて……もういい!」


「そう拗ねないでよ。顔真っ赤にしてないでさぁ、普通にして、手見せて。」


少しからかいすぎたようだ。潤んでこちらをじとりと睨む瞳に自然と微笑みが零れた。

おずおずとこちらに伸ばされる手をそっと支える。


「……うん。やっぱりあなたには真っ赤な薔薇の花が似合うよ。」


爪を飾るは紅い花弁、白い真珠が縁取るそれは豪奢ながらもくどくなく、上品で美しい。


「勇者が渡した花束を魔王が受け取った瞬間その薔薇は光を放ち、収まった時には2人の心を繋ぐ指輪になっていました。めでたしめでたし。どう?面白いお話でしょう?どんな指輪になったのか、年頃の若い子達は楽しそうに話していたよ。きっと勇者と魔王の赤い糸のようだろうって。」


そっと指を絡める。抵抗はない。


「そうか、それは……さぞ美しいだろうな。」

きゅっと力を込めると、返すように手の甲をさらりと撫でられた。


「そうだね。俺もそう思うよ。」


繋がれている指には薔薇のような宝石がお互いに呼応するように優しく輝いていた。


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