第96部 教科書は正しいと教える教育こそが誤りの根源です
1244年2月2日 ポーランド・ブィドゴシュチュ
*)パブへ販売に行こうか!
市場から買い上げたライ麦の六十%をここブィドゴシュチュで売り上げた。残りはグルジョンツで売り上げる予定だったが、五十袋を残して退散した。構成員の六人が捕まってしまうがリリーの召喚魔法で即時救出する。
「だってライ麦は暴落、元に戻ったんだ。売るのは損するだろう?」
「そうね。ひと悶着はもう十分だわ。」
「ソフィアが飲みすぎるからだろう?」
「そ、それは……違うわよ。あの男と女が悪いのよ。」
「ソフィアは見張りの失敗を男になすりつける。」
今回のギルド長への販売も含めライ麦と麦粉で金貨で500枚の純利益を上げた。
「さ、パブへ販売に行くぞ!」
「旦那、何か忘れていませんか?
1244年2月27日 ポーランド・ブィドゴシュチュ
*)謝肉祭
オレグは麦粉の残りを販売に回った。牛と豚の肉も売り込む。売れなかった。
「くそ~あのジジイめ!!!」
「オレグ、爺さんのせいじゃないわよ。もう忘れた?」
「あっ、この騒ぎは……」
「そう謝肉祭よ、判ったかしら。」
「そうだよな。腐る肉を思いっきり食べる祭りだものな。……誰も肉は買わないわな。とほほほ、この後は肉は食わないし……」
「だね。だったらうちのパブで思いっきり宣伝してさ、お肉を食べようよ、ね!」
オレグは時節には疎いのだろうか。しょげて引き籠る。
「トチェフには行かないぞ。」
オレグの倉庫からは、グラマリナの指示で肉や野菜がどんどん流失していった。
「うふふふ…代価はいかほどになるかしら!!」
オレグはパブのギルドに行った、
「すみません許可下さい。」
「はい保険所に代表者の登録をされて、食品安全の講習を受けて下さい。」
「保険所で許可証を頂きました。」
「では、すぐに見えるような所に掲示してください。後は食中毒はほどほどでお願いします。」
「食中毒??」
「はい、死人は五人までは許可いたします。」
「?……?」
とかは不明ですが二か所のパブの許可を獲得した。倉庫の横が本店。街に支店を出したいから場所を探した。
「またトチェフから職人を連れてくるか、リリーの魔法はさすがに使えないだろう。」
「でも木材で囲って目隠しすればいいのよ。見えなければ自由でしょう?」
「少し離れた土地に建設しようか。また空き地を買い取るさ。」
「だったらさ、ブルダ川沿いのミル島が見える所がいいわよ。あのキルケーを見張るのにちょうど良いわ。」
「あのキルケからも見張られるのだぞ? いいのか?」
「いいわよ、だって家の裏側しか見えないもの。あそこは時期に繁華街になるからお得だと思うよ。」
「あのキルケは刺激しない方が良いだろう。」
「あらオレグ、随分と弱気なのね。」
「だってさ、島に男を監禁してさ、召使を豚に変える、とんでもない魔女だぜ?」
「たぶん、リリーには敵わないわよ。だって土砂降りさせてさ、代理のマティルダを寄こすくらいだもの。」
「姦計の方に頭が働くとか? かな。な……?」
「いいえ、ただの退屈おばさんなのよ。」
「あっ、な~るほど……。」
支店までは約一kも無かった。オレグはすぐさま建設に取り掛かる。とにかくでかい建物を作る。二階は宿屋にした。豪華な暖炉付の部屋になる。
「オレグ、トチェフから魔女を呼んでさ、アントニアにメイド業を仕込んでもらおうよ。ね!」
「そうだな、倉庫の横に寄宿舎を造る必要があるな。……これはまた大変だ!」
「オレグ兄さんは、忙しい方が嬉しいのでしょう?」
「あぁ貧乏人だからね、身体を動かさないと落ち着かないんだ。」
倉庫から西の四百mを道からブルダ川の間までの雑木林を買い取った。横にはオレグらの新居を、それから先の広い土地に寄宿舎等を大小八軒の家を建てた。前の道を真っ直ぐに進んで突き当りの土地を買う。
「ここしか広い土地が無かったんだ。ここは港も造れそうだぜ!」
砂州を掘り込んで石垣を造りパブの基礎とした。窓から首を出すと下は川面が見える。
ドイツ騎士団の捕虜全員を連れてきて突貫工事で土木作業を終わらせ、寄宿舎の建設もさせた。
「ボブ船長、木材が無いよトチェフへ行ってくれ。」
「ボブ船長、石材が無いよトチェフへ行ってくれ。」
「ボブ船長、板材が無いよトチェフへ行ってくれ。」
「ボブ船長、麦わらが無いよトチェフへ行ってくれ。」
「ボブ船長、船長、船長、船長、船長、船長、船長、船長、……‥」
「え~い喧しい~、黙れ~~~~!!」
三か月ですべての工事が終わった。
1244年3月14日 ポーランド・トチェフ
*)待望の娘の誕生
「オレグは見舞いにも来てくれませんでしたね。」
「す、すみません。すっかり忘れておりました。ご出産おめでとうございます。」
「オレグには私よりも、パイソンの出産が大事ですもの、仕方ありません。」
「いえいえ決してそのような事はございません。お子様の出産のお祝いは、そのう、特大な贈り物いたします。まだ先になります事をご了承下さい。」
「はいはい、とても楽しみにいたしておりますよ。」
「して、お名前はなんと!」
「はい、オレグが忘れないようにと、アリスに決めました。」
「エを抜きましたか!」
「はて、なんのことです。エ……とは、なんですか?」
「いいえなんでもありません。して、エリアスさまは?」
「はい、出産の立ち合いで貧血を起こして寝ております。」
「そうですか~?」
「?……?」
妻でも下女にしても出産に同席が許されていないこの時代に、同席したら即逮捕されてしまう。男の医者さえも逮捕されてしまう時代だった。とにかく助産婦さんとその連れに家族・近所のおばさまたちが総出になって出産の手助けをしている。
男はと言えば家の外に追い出されて空に向かって矢を射るか、部屋の家具に引き出しがあればその全部を開けて回った。タダの迷信でしかないのだが、ハテ? エリアスは何をして床に臥しているのかな?
「奥さま、お鍋が潰れています。新しい鍋を買ってもいいでしょうか?」
1244年4月27日 ポーランド・トチェフ
*)子牛の誕生とブドウ畑
ブィドゴシュチュに沢山の家を建てたオレグ。四月になりトチェフへ戻る事になった。ブドウの樹ばかりではない。懸案のビール工場の建設が待っていた。ここでもドイツ騎士団の捕虜が使われた。
ブィドゴシュチュで儲けた金はブィドゴシュチュで使い果たした。
「オレグはブィドゴシュチュで何をしていたのですか?」
赤子を抱くグラマリナからの質問だ。
「はい、マネーゲームでございます。初打席でホームランでございましたが、今はまた農夫に戻ってございます。」
「ブィドゴシュチュではなにやら多数の家を建てたとか、聞きましたがそうですか?」
「はい利益の全部をはたいて私の城を建てましたが、入居が出来ないでおります。」
「あらあら、まぁまぁ、それはお気の毒ですわ。また報告に来てください。」
「はい改めてまたまいります。」
ブドウ園では昨年蒔いたブドウの種が若木へと大きく成長していた。これを全部掘り返して剪定する。ブドウの接ぎ木をするのだ。昨年はブドウを植える土地の開墾を行わなかった。開墾と植えつけを同時に行う。
元ドイツ騎士団に鋤や鍬を持たせて開墾していく。大変な作業だった。
新芽が出だした大きい樹には元肥を鋤き込んで回る。今年の植え付けでブドウ園は完成する。
牛や豚の出産が続く。オレグの愚痴も続く。
アントニアは一応メイドの教育も終わったので、トチェフへ帰した。代わりにリリーとソフィアが残る。
*)懸案のビール工場の建設
ボブにはライ麦の輸送という仕事が出てきた。これから毎日グダニスクとトチェフを往復する事になった。そう、五月になりライ麦の収穫時期になったのだ。
マルボルクへ買い付けにいく。
マルボルクの領主代行のエルブロと長男のユゼフに会い、オレグは、
「エルブロさま、土木工学のダミアン、タデウシュの両名をまた派遣して頂きたのですが、お願いできますでしょうか。」
「オレグさん、そう畏まらなくてよろしいですよ。今回は何用でございますか。」
「はい煉瓦を多数作りたいので、そのう土の在りかを調べて頂きたいのです。もしくはエルブロさまで煉瓦を焼いて頂ければすぐに購入いたします。」
エルブロとユゼフは、満面の笑顔になる。
「もうマルボルクでは使い切れないほどの煉瓦を擁しております。」
「えぇ、さようでございますか。でしたら、でしたら、ぜ~ひともお譲りくださいませませ。」
「オレグさんは随分と急がれますね、どうしてですか?」
「はい、もう夕食の時間となりますので。」
「あぁこれは失礼いたしました。館で宿泊されて下さい。夕食はもう出来る頃かと思われます。」
「エルブロさま、今年のライ麦はいかほどでしょうか。」
「去年が二万袋だったので、今年はどうしましょうか、同じにしますか、それとも、もう五千袋を増やしますか?」
「はい出来るだけ増やして欲しいものです。三万袋とか!」
「ふぅふぁははは~これは愉快じゃ、では希望通りにお譲りしましょう。」
「はい、ありがとうございます。金貨四百五十枚、即金でお支払いいたします。」
「おう、それはかたじけない。煉瓦の代金はどうしますか。」
「はい、グラマリナさまにも多大な金貨をお支払いしますので、グダニスクへの輸出が終わりまして、買い付けに参ります。ただ必要枚数が解りません。五十万枚は欲しいでしょうか。」
ははと笑いながら、エルブロとユゼフは満面の青い顔になる。
「すまぬ足らないわ、急ぎ焼かせるから待ってくれないか。」
「はい、ぜひともお願いします。金貨五百枚でよろしいでしょうか?」
ライ麦よりも金額が高くなり、エルブロとユゼフは、今度は満面の笑顔になった。
煉瓦五十万枚で一千立方メートル、やや大きい池が出来るほどの土が掘られる事になる。
*)ビールの製造
エールとビールが同じ物だという事が元ドイツ騎士団の捕虜により教えられたのだ。捕虜の中の数人が経験者だった。
オレグは喜び目の色に変わった。オレグの製造方法とは、
大麦を水に浸し適温に加温して発芽させる。ここは正解。この発芽した物が麦芽という。この麦芽を焙煎=加熱乾燥させる。これで下準備が済む。=誤り。
発芽したままで次の工程に進んだために失敗していたのだ。
ここで初めて除根という言葉を知った。発芽の芽を全部取り除く必要があると教えられた。
特に二人、グルジとジョンツが一番の物知りだった。
「旦那はたぶん、粉砕された麦芽という文字に騙されたのでしょう。文字通りならば芽は取り除きませんよね。」
「あっ、そうなんだ。HPに説明を書いた野郎も知らなかったと思うべし! だな。」
「そうですよ旦那。HPは全てが正しいとは限りません。教科書は正しいと教える教育こそが誤りの根源です。」
「そうだ、そうだ。」と、場外から声援を頂く。(早く頂戴!!)
「乾燥させた大麦の粒は細かく粉砕します。ここで先ほどの麦芽の芽が残っていましたら、とてもにが~いビールになります、いいですか?」
「お、おう、理解した。次はどうするのだ。」
「オレグさん、そこはご存じでしょう?」
「あぁ、樽に入れてお湯を掛けるんだ。そして三分過ぎたら棒切れで撹拌すればいいのだろう?」
「はい、仕込漕と呼ばれる大きな釜に入れて加温してやるんですよ。」
「俺は樽に入れてかき混ぜるだけだったよ、大きく間違っていたんだな。」
「ははは~可笑しいオレグさんですわ。釜のなかで少しずつ液状=おかゆになってきます。これがマイシェ”と呼ばれるものです。」
「そしてですね、このマイシェをかき混ぜながら加温しますと、さらに液状化が進みます。酵母による澱粉の分解とかは見えませんので説明を省きます。」
「こうしてドロドロになった物をろ過します。搾り出された麦汁が一番しぼりとは言われません、ですよ。」
「あい分かった、企業の宣伝は止めておこうか。」
「この麦汁をまた煮るのですよ、好みのハーブを調合してお釜に入れて煮沸します。殺菌してより保存がきくようにするのです。」
「これがエールになるんだな。」
「はいさようです。オレグさんは田舎の出ですね、これは田舎で作る方法で、都会ではホップを混ぜて煮沸するんですよ。知らなかったでしょう。」
「ハーブを入れて作るのがエールで、ホップを入れて作るのがビールだな、良く分かった。今年はじゃんじゃん作って飲もうや。」
(ハーブを入れてビールを作っていた田舎の変態兄ちゃん。)と、グルジはこころで呟く。
「おいグルジョンツのグルジ。これはただのジュースだぞ。ビールの味がまったくしないぞ。」
「おやまぁ田舎の兄ちゃんはこれで出来たと思ったのですね? すでにもう飲んでいますもんね!」
「違うのか、まだ工程が続くのか。」
「はい、もちろん違いますよ、次は冷却して発酵専用の樽に入れてですね、仕込みが終わるわけです。……理解出来ましたか?」
「それでいつになったら飲めるのだ?」
「はい方法により違いますが、約一週間で一次発酵が完了です。」
「おうやっと飲める……の?」
「いいえ、次は上と下で味が異なるのですよ。ですから中間で分離させて二次発行させます。発酵兼貯蔵になります。」
「ほんで?」
「はい一か月過ぎたらビールとして飲めるのですよ。」
「おうそうか。説明だけで二か月過ぎたわい。もう夏だ、ビールだ、ですね。」
「ビール工場も出来たしビールも出来ました。乾杯しましょう!!」
(ビール工場を建設したと、どこにも記入がないのに、本当に工場が出来たのか?)と、いぶかる、グルジョンツ出のジョンツだった。
オレグのビール工場の体験入学でした。
めでたし、めでたし。
*)トチェフのビール祭り
北部ヨーロッパはブドウの生産が出来ませんので、ワインが流通していませんでした。一部の高貴な貴族が飲むくらいだったそうです。庶民から貴族までがこのビールを飲んでいました。これは前にも書きましたが飲み水が安全ではなかったからです。街中どこでもフンだらけ! だったからです。
子共から飲んでいました。アルコールの度数は判りませんが、腹いっぱいも飲んでも酔わないくらいだ、そうです。アルコールの度数が上がるのはまだまだ後の時代になります。
夏になれば、海辺でジンジャンエールが短時間でできます。ペットボトルに松の枝を入れます。次に砂糖水を入れて栓をしっかり締めます。これを炎天下の日光晒しますと、発酵が進み簡易ジンジャンエール”が三時間ほどで完成します。未だに実行してはいません。が……
新しい館の隣に建設を続けていた念願のビール工場がようやく完成した。もう上に下にと大騒動になった。ビールの味も最初にしては上出来なのだ。ブィドゴシュチュからは全員がトチェフに集まった。もちろんマルボルクやイワバからも来賓が見えた。
どこからともなく、オレグにはたくさんの賛辞が振り注いだ。 オレグの一生で一番輝いた日になったのは間違いないだろう。
「俺が作ったビールがもう空になったよ~。」
煉瓦の五万枚は新築の館とビール工場に使われた。館の新築代としてビール工場の所有権はオレグが握る。
オレグは全財産を館と工場に投資したのだ。この後オレグはブィドゴシュチュに戻りパブの売上だけで生活を余儀なくされた。横やりを多数受けながらも。
「やったねオレグ。」
秋のライ麦の仕入れ代金は、2か月さきの期日の約束手形が発行された。「手形は便利だな~」と感心したオレグ。現金がもっとうのハンザ商人が泣いた時でもあった。
「オレグ、出産祝いの大きい館をありがとう。」
「いいえ、これくれいでは破産はいたしませんが、生活保護をお願いします。」
「ソフィアは金貨をたくさん持っていますわ。先にソフィアに頼みなさい。」
「明日までの命””かと、思われます。」
「いいじゃありませんか。今日を精一杯に謳歌されて下さい。」
「……。」