第9部 行方不明のリリー!
1241年4月2日 バルト海・ゴットランド島、ヴィスビュー
*)マクシム
俺ら三人は、細い路地に入るも何も起きなかった。二十分ほど歩いて商館に着いた。三階のマクシムの会議室に行った。根っからの商人だ、テーブルにはお皿が置いたままで休み無で執務を行っていた。俺らを見るなり、
「やあ~、先ほどはお見苦しい所をお見せしまして、申し訳ありません。ささ、こちらにお座り下さい。」
マクシムさんは、俺を見る事は無しに食事の皿とテーブルを片づけている。
「食後直ぐに赴きまして、こちらこそすみません。」
すぐさま女史が入ってきて、すこぶる早い動作でテーブルも拭いていく。
「アナスタシア、いつもすまないね、ありがとう。」
「はい、失礼いたします。後でお飲物をお持ちいたします。」
女史はお皿を受け取り出て行った。金髪の美少女! と、言ってもいい位だ。
オレグは、アナスタシアという名前をどこかで聞いた覚えがある。どこだったかな。思い出せない。
「マクシムさんは、昼食後のお休みはされないのでしょうか?」
「何を仰いますか、これも、オレグさまのお陰ですよ。仕事が有る事が第一ですから。嬉しい限りですよ。」
「さっそくですが、お支払いにまいりましたが、振り込み依頼書は出来ましたでしょうか。」
「午前中に、いきなり銀行窓口に行きましたら、窓口の女史がそのブスッ! として怒られてしまいました。支払い指示書も無に、送金は出来ません、とね。」
「はは、さようですよね。あの窓口の女史は愛想がありませんもの。当然でしょうか。私も逸る気持ちで指示書も何もお渡ししませんでしたので、申し訳がありませんでした。」
「で、お支払いは、金貨500枚でよろしいので?」
「はい、五百枚で十分です。港の船までお運びいたしますが、その先の馬借は料金に入っておりません。ボブさんと協議されて下さい。」
「ポーランドのグダニスクという街はご存じですよね。ここに拠点を置きたいのですよ。港の近くに倉庫兼事務所は有るはずですが、ご存じでしたらお教え頂きましたらありがたいのですが。」
「この会議室位の広さでよろしいので? それとも、もっと広い倉庫を希望されますか? 港の横は荷受けには便利ですが、陸送にはやや不便です。」
「そうですよね、船便は一回。陸送の馬借は十回は下らないでしょうから、街の大通が適していますか。」
「では、連絡はいたしますが、現地確認で決められるでしょう?」
「はい、そういたします。広さのイメージも必要ですし、ややもすると泊まり込みにもなるでしょうから。」
「商品は、今日も含めて三日後に揃います。ボブさんには伝えておりますが、これでよろしいですか。」
マクシムさんは、終始にこやかに応対してくれた。ただ、ゾフィには目もくれないでいたのが気になる。第一、昨晩はノアは男の子だったが、今日はソフィア似の女の子だ。名前くらいは尋ねてもいい筈である。リリーの行方もマムシは知っているかも知れないと俺は考えた。リリーも居ないのだ、話題にもなっていい筈だ。
マクシムさんは、机に戻り支払い指示書を書き上げた。俺に向かい、
「これで決済をお願いします。金額等をご確認ください。」
俺は文書を受け取ると一瞥して、ソフィアに渡した。
「ソフィア! ゾフィと一緒に銀行窓口で送金してくれないかい?」
「いいけども、あんたの首から下げている物を寄越しなさい。それとも首ごと持って行きますか?」
「ああ、そうだった。七十ケタの暗証番号も必要だ。俺が行くしかないか。」
「おやおや、暗証番号が七十ケタですか、恐れ入ります。」
マクシムは数字の多さにあきれていた。
「じゃあ、今日はこれで失礼します。明日またお伺いするかも知れません。その時はよろしくお願いします。」
「ソフィア! ゾフィ、帰ろうか。」
「はい、マクシムさん。失礼します。」
俺ら三人は会議室を出て行った。中央の本部窓口に急いだ。窓口処理に時間が掛かる。時間切れになったら翌朝にまた出向かなくてはならない。お役所仕事だから時間きっちりにしか働かない。これには理由もあるのだが、今は知らないでいた。
*)リリーの魔法
「送金を頼む。」
「はい、この端末に暗証番号を打ち込んでください。正確にお願いします。」
「は~い。ではいくぞ~」
俺は目にも留まらぬ速さで、七十の数字を打ち込んだ。目視は出来る速さではあるが、見ても記憶はできないだろう。法則性がばれればイチコロ!だ。
待つ事、三十分が過ぎた。ソフィアがそわそわしだした。
「ねえ、オレグ!また何処からか見られているようだよ。どうしてだろね。」
「うーん、分らんな! どう対処しようか。ノア、何か感じるかい?」
「妖精の姿になれば分るかもしれない。今は分らないや。」
「ソフィア! 終わったら帰ろう。遠回りで帰るからな。」
「OK! オレグ。」。
「ソフィア、この商館を散歩しないか。退屈でたまんないからさ。」
「ええ、いいわ。行きましょう。ゾフィも来るのよ。」
「はい、お姉さま。」
俺らは行ける範囲で歩いて廻った。ゾフィが立ち止る。ソフィアは奥の部屋を見つめて止まった。あの部屋に何か感じるのだろう。二階の突き当りだ。
「何か有るんだね!」
「ええ、そうね。妖精さんが沢山居るみたい。リリーは居ないね。」
「そうか、あそこが通信施設の大元だな。でも、リリーが居ないんじゃ外れだな。」
「他にはどこも異常は無いよな。違和感もだが・・・・。」
三人は階下の窓口のベンチに戻った。
「オレグさん、終わりましたよ。口座の残高を確認下さい。」
「OK! 大丈夫だ。」
「はいこれ。控えです。大事に保管されて下さい。」
「どうもありがとう。またお世話になるよ。」
俺らは商館を後にした。宿から来た道を辿って戻る事にした。何も無いだろうが気を張って歩いた。
「あのハルフレズは居ないかな。早く探し出さないと、リリーから文句が出るよ。」
「ノア! もう妖精に戻って空高くから見下ろして、垣根の上を飛ぶ女を探してよ。」
「あいよ、ソフィア。下からは見つからないほどの高さから見張るね。」
「ねえオレグ! この道を進めた宿屋のおかみさんは、二人の妖精には気づいていないよね。おかみさんとあの魔女がグル? とかあるかな。」
「妖精自体が珍しいから、こんな街中では見かけないだろう。だから知らないと思うがな。しかし旅人相手の商売だから、それなりに知識はあるかもね。」
「オレグ! リリーを見つけたよ。ソフィアの眼の前に居るよ。」
「え?? 何処に!」
「ソフィアの眼の前。そのまんまの意味だよ。」
「リリー、もう心配したからね。さ、出ておいで。早く。」
リリーが姿を現した。得意そうな面持ちで笑っている。
「ごめんなさい。あの魔女さんにうっかり同調してさ、一緒に境界に紛れ込んで帰れなくなったんだ。仕方ないから魔女さんを探していて、序でに境界に出入りする魔法を教えて貰っててね、時間を食っちゃったんだ。」
「じゃあ、あの見つめられる視線は、リリーだったの。」
「うん、そうだよ。お陰でいい事見つけちゃったよ。あのマムシさんは、あたしたちに隠し事してたよ。」
「どんな事なの?」
「商品の見積もりに、自分とこの商品の運搬コストをね、オレグの代金に含めていたよ。含めた代金は、オレグの分の商品を少なくしてたね。」
「だろうな。今度はこちらがあのマムシの鼻を明かしてやるよ。」
「おい、リリー。鏡の中だけで無く、いつでも自由に境界と行き来が出来るんだよな。これは便利だ。」
「うん、出来るようになったね。境界から現生を見れるから、何でもさ出来ちゃうね。」
「今晩も祝杯だ! リリー、お手柄だよ。オレグは嬉しい。」
「気持ち悪いから止めてちょうだい。もうイヤだよ。」
俺はリリーに頬ずりをしていたのだ。そんな俺をソフィアは見て、俺の頭をぶん殴ってくれた。
「なにすんだい! このブス!」
「パコ~ン!0パコ~ン!0パコ~ン!」
3回はいい音が出た。鈍い音が五回はあったようだった。
ハルフレズ は、検索をお願いします。やっかい詩人?だそうです。