第8部 ハンザ商館
1241年4月2日 バルト海・ゴットランド島、ヴィスビュー
*)行方不明のリリー
「おい、ノア! リリーが行方不明なのか。どうなんだ!」
「うん、やはり何処にもリリーを感じ取れないよ!」
「ソフィアに戻る様に伝えろ。リリーを探しに行くぞ。」
「ラジャー!」
慌てふためいてソフィアが戻って来た。開口一番、
「オレグ! ちょっと、あんたは、何してたのよ。」
「お前が何処に行ったかをノアに訊いていたんだよ。すると、お前はこの館に行ったと言うじゃないか。ソフィアに気を取られていたんだよ。」
「そう、私を見てくれていてんだ!」
「しょうがないよ、ソフィア! この俺様にも分らなかったのだから、バカのオレグには、なおさら分らないよ。」
「オレグを弁護しているんじゃないよね?」
「全然! 弁護してどうなるの? 美味い物でもご馳走してくれる訳でもないよ!」
「ノアはひどい事を言うんだな。他に言い方はないのかい?」
「どう言って貰いたいのさ! オレグこそヒドーイ!」
「どうするの? オレグ!あの魔法使いが連れて行ったのよね。」
「そうだろうな! さて、何処に行ったやら。綺麗な庭園や庭を探して回るか。」
「ねえ、オレグ! あの魔法使いにはどんな魔法が使えるの? 垣根を飛ぶというのはどういう意味なの? 教えてよ、ね~、オレグ!」
「ノアは知ってるかい? あの魔法使いの能力は。」
「ううん、分んないよ。でも、暫くしたらまた現れるのじゃないかな。」
「じゃあ、ノアはお空を飛んで探してよ! リリーが居ないと淋しいわ。」
「この街全体は無理だけれども、1海里四方はね飛ばなくてもリリ-が居れば分るよ!」
(*一海里=1.852m)
「でも、お腹が空くので早くお昼にしてね。お腹が空いたら探せなくなるよ。」
「OK! 豚カツを三人前だな。」
「そんな沢山は食べれないよ。でも嬉しいな、オレグが優しいよね。」
「3人いるから3人前だろう? 違うか!」
「・・・・・・・・」
ノアはなにやらブツブツ言っている。
「聞こえないよ。聞こえたら昼抜きだけれどもな!」
そんなオレグに対してソフィアは、呆れて言葉が出なかった。ただ一言。
「こんな旦那を選んだとは、!!・・・悲しい!」
ノアの探知能力に掛けるしか方法は無い。ハンザ商館に行く事にした。商館には色々謎があるし、商館を探る事にした。
「ノア! 人型になってくれ。ハンザ商館に行くから。」
「OK!オレグ。zzzzzzz、ソフィアの妹になれ!!!!」
*)可愛いゾフィが誕生した
ノアはソフィア似の女の子に変身した。胸は作れないのか、ペチャ! だった。ソフィアは喜んだ。
「わ~、妹が出来た!」
「ノアは優秀だな。女の子ならば敵も油断するしな。敵を探しておくれ!」
「任せてちょうだい、オレグさま! これで豚カツを二人前ね。絶対にだよ。」
「女の子らしく、小食になれよ。がっつくとカッコ悪いぜ!」
「先に餡パンを2個やるよ! 胸に仕舞っとけ。」
「??????????」
「オレグこそ意地悪を言わないの。ちゃんとご馳走してやりなさいよ。」
「ゾフィ! 私のお昼を半分あげるね。名前は、ゾフィ、で良かったかしら?」
「あらお姉さま。すてきなお名前で嬉しいわ。ありがとう。」
「オレグのバカ! アンポンタン! のデベソ!」
「ゾフィさま、着いたぜ。気を張ってくれよな。」
*)マクシムとボブ
「ソフィア! 先に仕入代金の決済に行くぞ。次に昨日の商人の居る会議室な!」
「ねえ! オレグ。支払いはいいけれども、請求書とか、決済依頼書が必要じゃないのかな。支払う根拠の数字が定かでは無いわ。」
「あ! そうだ。うっかりしていた、先にマクシムの会議室に行かないとな。」
中央がハンザ同盟の事務所兼銀行。左の建物は1階が総合広場で、全体集会や諸国の情勢の説明会が行われる。他には商材の入札の会場にも利用されている。
右の建物はレンタルルームの会議室。マクシムの会議室は建物の二階だった。
2階は入札後の決済や打ち合わせの会議室になっている。三階は仮眠室みたいな、小さな小部屋が多数ある。遅い時間で宿屋で宿泊も出来ないような、短時間の滞在者向けの部屋に利用されている。
こんな感じがハンザ商館の利用方法だ。商館の前にはテーブルと椅子が数セットが用意されている。ここでも簡単な打ち合わせが出来る。飲み物は各自用意する必要があるが、無料で利用が可能だ。
さて、目の前がマクシムの会議室だが、リリーが居ないので、つい、身構えてしまった。あれ? 部屋の中からは、ボブの大きい声が漏れていた。少し聞き耳を立ててみた。
「なんだい、マクシムさんよ、そりゃ! あんまりじゃ無いかい? な、そうだろう? どうしてこの俺が損しなきゃならないんだ? あ、あぁん?」
「いやいや、ボブさん。損な事は何もありませんよ。オレグさん達が到着しましたら3人で決めましょうよ。そうしましたら、公平でしょう?」
俺の登場の時間か? とばかりに、大きくノックして部屋に入った。赤らめの顔が2つ並んでいた。ボブはマクシムの机に覆いかぶさるような感じで両腕を立ていて、食って掛かっているようだった。
「なんだい! お二人さんは。どうしなすった?」
「あ、これはこれは、オレグさま。おいでで頂きありがとうございます。別に何でもありませんよ。少しばかりの意見のすれ違いです。」
「じゃ、また出直すよ。昼飯に行って来るぜ!」
俺は、少し分が悪いと思い直ぐに踵を返した。
「ソフィア! ゾフィ! 先に飯に行こうか。マクシムさん、また後で来るね。」
二人とも口をもぐもぐさせて、俺を留めようとしているようだった。が、無視して部屋を出て行った。ボブは右手を差し出していたようだった。
俺は部屋を出てから二人に、
「あの二人が、少し頭の冷えるまで待機する。この後はどうしたい? ゾフィは昼飯がいいかい?」
「そうだね、飯食って時間を潰そうか。」
「ソフィアはそれでいいかい? 他に何かあれば言ってくれ。」
「ううん、それでいいわ。どのみち、ボブが呼びに来るでしょう?」
「多分な。ボブが来るだろうから近くのパブに行こうか。鼻の利くボブだから直ぐに見つけるさ。」
近くのパブに行った。
「豚カツを三人前な! それから、チーズパイを二つとビールを二杯ね」
「ねえ、おじちゃん、からし明太子を1皿ちょうだい。」
「からしレンコンなら有るが、明太子は後七百年は待ってもらわないといけません。お金よりも寿命がないでしょう。ちょっと行って買ってきます。」
パブの主人は本当にもならないジョウークを言って奥に消えた。
メイドさんが、焼き立てパイとビールを運んで来る。豚カツは主人が運んで来た。もう一品ある。ニシンの卵を湯がいて、レッドペッパーを振り掛けて皿に盛って来たのだ。
「これがオリジナルね! ビールには良く合いますから、お召上がり下さい。」
「わぁ~、凄いわ! これが明太子なの? 赤い色には鳥肌が立つわね。」
「この胃薬は私からの、サービスです。ごゆっくりどうぞ。」
「ご主人さん、ありがとうございます。」
ソフィアはにっこりとほほ笑んで、お礼を言った。
「な、ノア! さっきの二人は何で揉めていたのか、分るかい?」
「ワッかんない! 今は忙しいんだ。声を掛けないでくれ!」
「ああ、あ。そうだろうとも。ごゆっくりどうぞ。」
大切な商談が控えているのにビールとは。オレグは何ともし難い飲んべ~だ。開いた口が塞がらないのでビールを流し込むのか。
ソフィアは一口で飲むのを止めた。昨晩は浴びるほど飲んだのだから二日酔だろう。底なしのソフィアなのだが。どこか宙を見つめていた。
「よう! 兄ちゃんたち。待たせたな。お! 美味しそうじゃないか、この真っ赤なメンタイはよう。」
「ちょうどだよ、今から食べるところさ。一杯ならおごるぜ!」
「あんがとうよ。二杯頂くよ。」
「いいよ、二杯だ。ところでマクシムさんとは、話がついたかい?」
「兄ちゃんが居れば直ぐにつくさ。わ! 辛れ~っ。でもうまいよ!」
「ボブ! なんで揉めていたんだい。この俺とどんな関係が有るんで?」
「なに、このボブさまをな、兄ちゃんが雇うかマクシムさんが雇うか、の違いだが。俺は兄ちゃんに雇われたいのだが、あの商人は、他の物資も乗せるから俺の傭船になれ! と言うんだ。あったまにきちゃうぜ!」
「それの何が悪いんだい?」
「それでだな、?」
「あっ、そうか。分ったぞ。じゃあ、俺の傭船になれや。小切ってやる。」
ボブの話しに口を出していた。あの商人は、俺の荷物に自分の荷物の運搬費を上乗せして、自分は費用を0にしたいんだろう。姑息な手段だ。急にムカついて来たが、他に何かあるのだろう?と思った。
「飯食ってからまた商館に戻るのか? それとも船の準備と人足探しにでも?」
「そうさな、俺は兄ちゃんに雇われて船を出すぜ。マクシムの荷物は、どうするかは兄ちゃんが決めてくれ。俺はどちらでも構わないさ。」
「ところでボブ。マムシの旦那は何処に行く積りだい?」
「なんでも、リトアニアのカウナスに行きたいらしいのさ。」
「リトアニアのカウナスね。あいつが居る所か。買い付けかもしれないな。」
「じゃあ、俺は顔見せに行くとするか。前渡金の支払いもあるしね。」
「あ、ちょっと待て! その嬢ちゃんは誰だ? 男の子と女の子はどうした?」
「ほぇ?」
「ボブさん、これはソフィアの妹ですの。分りまして?」
「いいや、分らないよ。もう、説明はいいよ。勘弁してやら~」
ボブが来る前からソフィアの様子が変なのだ。ボブが居るせいでも、ましてや二日酔いでも無かった。ボブはきちんとビールを二杯飲むと帰って行った。
「ソフィア! どうしたんだい?」
ボブが見えなくなって尋ねた。チビチビとビールには口を付けるが、飲んではいない。
「うん、私たち見張られてるかもしれない。何か視線を感じているの。でも、それ以上は分らないわ。」
「そうか、フェアリーハンターかな。」
「ゾフィ! お前も何か感じるのかい?」
「いや、おいら、ゴホン! 私は何も感じなくてよ。オレグ!」
「あのマムシの旦那も、昼食は済んだだろう。商館に行くか。」
「そうだね、行こうか!」
俺ら三人は、会計を済ませて左のドアから出て行く。誰も席を立つ者は居なかった。ゾフィに尋ねても誰もついてくる気配は無いと言う。何なのだろうか。酔い覚まし程度にはなるかと、少し遠回りをして商館に行く。細い路地に入るも何も起きなかった。