第52部 第一回目、トチェフ祭り 用水路
1243年1月2日 ポーランド・トチェフ
*)第一回 トチェフ祭り
新しい入植者。エストニアのタルトゥから二十七家族の八十人。独身が十五人で身寄りのない子供が二人=九十七人が祭りの最中に現れた。村中は騒然となる。
会場の中心のたき火に移民たちは集まった。ここまで凍えてきたのだ。同じく至急に長屋が解放される。手順は同じだ。先の入居者はかまどに火を起こしパンが焼けるようにした。肉と野菜は、あらま~全部が没収となりスープへと変化したのだ。
今はデーヴィッドさんが指示を出している。エリアスとグラマリナ。ソフィアとリリーの四人は離れて見ている。これはオレグの指示だ。領主に危険があってはいけない。
「オレグ。あそこの二人の髭面と向こうのやや分厚い服を着た男の五人を、先に長屋へ入れて下さい。」
「はいグラマリナさま。ですが、いかがされましたか?」
「デーヴィッドも呼んで頂戴。あぁ、それにロストの三人もお願いね。」
「えぇ、すぐに呼んでまいります。」
あの三人とはルシンダと従者の二人の事だ。まだ帰らずに残っていた。デーヴィッド、オレグ、サローとヤンが呼ばれていた。移民の男の七人は長屋に通された。部屋にはエリアス、グラマリナ、ソフィア、リリーが居る。
グラマリナはデーヴィッドの横から七人に声をかけた。
「あなたたちは難民ではありませんね。何者ですか……答えなさい。」
「いいえ私たちも難民です。ただドイツ騎士団に居ましたが、エストニアの戦いで敗北しまして、タルトゥから逃げてきました。同じタルトゥの村人が居ましたので、ドイツ騎士団に見つからないように紛れていただけです。追い出さないでください。」
「オレグこの七人は信用できますか。ソフィアとリリーもどうですか。」
「えぇ話し半分は信用出来ましょうが農民には利用できません。利用するとしましたら、船乗りか村の護衛や管理なんかは出来るかもしれません。」
「ソフィアはどうですか。この村においてもよろしいでしょうか?」
「はい全員、今すぐに放り出しましょう。信用しても裏切られるだけですわ。後でドイツ騎士団の手引きをされましたらとても危険です。」
「リリーはどうですか。信用できますか。」
「はい出来るでしょう。試験で試されたどうでしょうか。」
「して、その試験とは?」
「簡単です。サローとヤンさんと試合をして頂きましょうか。サローさんには剣で人格が分かるかと思います。」
「おう、俺はいつでもいいぜ。」
「ヤン、待ちなさい。サローはそれでいいですか?」
「はい、見抜いて見せます。」
「デーヴィッド、異存は有りませんか?」
「はい至急に丸太を持ってきます。」
「エリアスさま、かようになりました。お許しください。」
「グラマリナ、好きにやりなさい。構いません。」
「ありがとうございます。」
「まだ許可を出してはいません。」
お礼を言う移民にグラマリナはキツイ返事を返した。
「デーヴィッド。この者たちにもパンとスープを与えなさい。その後に試合を行います。」
「サロー、ヤン。この試合はまじめに余興試合にしてください。他の者にも配慮が必要ですよ。」
「はい、さようでございますね。要らぬ不安は与えない方がよろしいですね。」
グラマリナは、デーヴィッドに次なる仕事を与えた。
「デーヴィッド、明日中に家族の名前と年齢を調べなさい。同時にあの七人には嫁を与えます。その七人の嫁を探しなさい。」
「ほにょ!」
オレグは、
「そですね。あの七人を一つ屋根の下には置けません。全部ばらしておくべきですね。」
「はい、そうです。他の若い男女も結婚出来るようでしたら強制してでも家族にしてください。これは入居の条件です。イヤならば出て行ってもらいます。」
「あの七人を入居させることが出来ましたら、ドイツ騎士団との衝突回避の切っ掛けになると思います。」
「そうですね、ドイツ騎士団もそろそろ仕掛けてくる頃でしょうか。」
「オレグ。なんか用水路を作るとか相談していますね。」
「はい、丘の向こうにある四つのため池から港まで水路を作る予定です。」
「ではオレグに命じます。今日の移民を使い水路を建設しなさい。」
「はい、後日正式な打ち合わせを行います。」
移民にはパンとスープが配られていた。食事を終えた今日の移民は、この祭りを台無しにした詫びを言っていた。
「なに、あんたたちは運が良かっただな。俺らもここに着かなかったら、もう死んでいましたよ。」
移民たちは九死に一生を得たから、気持ちが少し緩んでいた。以前から住んでいる者からすると、面白い事はないだろう。オレグは、直に慣れると思ってはいたが、そうでもないようだった。交流があまりにも少なかった。
トチェフが発展して大きくなるに従い蟠りは無くなっていった。相合扶助の精神というか、旧村人は賦役から解放されて喜んだ。これが一番だったのか。
さて村祭りは終わりを迎える。
サロー、ヤン VS 移民の七人の対決が行われた。ヤンと移民の一対一で行われて、すぐにサローと移民の一対一で行われた。エリアスやグラマリナ、ソフィアたちも観戦した。
「こら!、全力で掛かってこいや。でないと追い出すぞ~。」
「サローあのヤンを叩いてきなさい。追い出すとは言ってはダメですよ。」
「はい叩きのめしてきます。」
「バコ~ン!」
「さ、気にせずに始めてくれ。次は俺だからな。ヤンにしこたま打たれるなよ。」
「はい…………お前が先に行けよ。いいやお前が先だぞ。」
「ヤンが怒ると怖いぞ、早く行け!」
「えい、ヤー、ダー、ダーめだ。」x7
「グラマリナさま、こいつらは全員腰抜けばかりです。いかがいたしましょう。」
「次はオレグの番です。すぐに始めなさい。」
オレグは、無いはずの紙を取り出し七人に読ませた。
「私は、エリアスさま、グラマリナさまに忠誠を誓います。」
「私は、オレグさまに従順を誓います。」
「私は、ソフィアさま、リリーさまに愛を誓いません。」
「私は、デーヴィッドさまに従う事を誓います。」
「私は、……。」
「私は、……。」
「私は、……。」
「オレグもういいですよ。私情を入れないでください。」
グラマリナは七人に向かって、
「みなを村に受け入れますのでしっかりと働きなさい。よろしいですね。」
「はい。」x7
オレグの読ませた紙にはリリーの誓約魔法が掛けられていたのだ。すんなりと言えたから合格となった。誓約に反する者は言葉が出ないそうだ。リリーはすごい魔法も得とくしている。
これで村人ががっかりした祭りが終わった。氷室からは少しの肉が配られる。
1243年1月4日 ポーランド・トチェフ
*)用水路の建設と石の産出
四日の朝。オレグたちは用水路を通す場所の地検を行った。ため池からトチェフの村の北側を迂回して、約十kmの用水路を建設するのだ。多少の修正がなされた。森は用水路の手前になるようにする事だけだった。
土木工学のダミアンとタデウシュの二人には、エリアスとグラマリナに丁寧に説明させる。移民の中の元ドイツ騎士団のアルベルト、デニス、ハンスの三人が呼ばれていた。
グラマリナは各人に要所を突いた指示をだした。
移民のドイツ騎士団に居た三人には、
「アルベルト、デニス、ハンス。お前たちはドイツ騎士団には捕まりたくはないでしょうから、この用水路を防壁とした作りを考えなさい。命令です。」
鍛冶屋のカミル、レフには、
「土の運搬をより早く出来る、手押し車を改良して作りなさい。」
石工のシモン、マシュには、
「ここから出てくる石を登れば崩れるような石垣に組む研究をなさい。」
土木工学のダミアン、タデウシュには? 無かった。
「みなさん、昼過ぎましたら館へ集まりなさい。建設に向けた事業会談を行いますから。」
パブで昼食を摂った元ドイツ騎士団三人。家族の居ない者は、やはり食事には苦労するという事が理解出来た。ついでにと、オレグも居たが事情が違うのだった。ボブが居たからだ。港で会ってからオレグはボブを放置していた。
「おうボブ。今まですまなかったな。今日は奢るぜ! たんまり飲んで帰りな。」
「すまね~な兄ちゃん。ご馳走になるぜ。息子は無料だよな母ちゃんも居るが、いいだろう?」
「構わないさ。あの二人が居ないから支払いも楽だろうぜ!」
ソフィアとリリーはいなかった。
オレグはボブに用水路の計画を話した。
「だったらよ、その用水路に小舟を浮かべる位の大きさにしてくれ。そうするとだな、丘の方の産物を船で輸送ができるぜ。な?」
「そうだよな。ものはついでだ。打診してみるよ。他には何かない?」
「あぁ、あるよ。松のでかい大木を港まで送れるよな!」
「松を短く切らないで済むか! いい考えだよ。」
オレグは、グラマリナに打診した。
「えぇ、よく分かりました。採用いたします。」
午後の会議に呼ばれたのは、
デーヴィッドとオレグ。ダミアンとタデウシュ。それに、元ドイツ騎士団だった、アルベルト、デニス、ハンスの三人。
「ダミアン。オレグから打診がありました。用水路には小舟を使い物資を輸送いたします。また松の大木も浮かべて輸送いたします。」
「はい長い松の木が通れるように大きな曲線で作りあげます。」
タデウシュはオレグに、
「小舟は長さは関係ないですが、用水路の水深はどれくらいが必要でしょうか。」
「たぶん1mあればよろしいです。ただし冬の減水期にですよ。よろしいでしょうか。」
デーヴィッドが一言。
「水門は在ったがいいかもしれません。作れますでしょうか?」
「これは、イエジィに相談してみましょう。……たぶん出来るでしょう。」
オレグが返事をした。
「旦那たち、用水路の川幅が決まっておりません。」
もとドイツ騎士団のハンスが言った。グラマリナは、
「ハンス、何か思い当たる事があるのですね。構いませんからはっきりと言いなさい。」
「はい馬で飛び越えられる幅ではまずいでしょう。用水路を防壁にしたいのならば、幅は約五mは必要です。」
「そうですねオレグ、船の横幅はどれほどですか?」
「はい、ビスワ川の船で二,五mあります。水路は四mあれば十分ですね。」
もとドイツ騎士団のアルベルトは奇抜な発想で形状を説明した。
対岸は斜めに傾斜をつけて川幅を広くする。こちらには盛り土を高く盛り川岸は垂直にして登れないようにする。堤防の上には掘り出した石を並べて置いておく。というものだ。途中に港を造るのであれば、こちら側に大きく掘り込んで造る、と。
グラマリナは、
「今後は建設しながら問題点は解決していきます。この方法でよろしいですか?」
全員が「意義な~し。」と返事して解散となった。
オレグは、
「グラマリナさま、それと、デーヴィッドさんも残って下さい。建設資金の相談をお願いします。」
「グラマリナさま、建設資金を節約されたいのでしたら、今後はデーヴィッドさんに指示されてください。私からは肉と野菜の供出の代金だけで構いません。」
「デーヴィッド、農夫への賃金はどうしますか?」
「はい、パンと肉と野菜、それに長屋の利用料だけでよろしいかと思いますがどうでしょうか。」
「グラマリナさま、ここは銅貨と現物を農夫に選ばせたらそうでしょうか。単身者には、料理を作る妻がおりません。パブで食事を摂らせればいいかと思います。」
「そうですね、そういたしましょうか。」
グラマリナはデーヴィッドに、
「鍛冶屋のカミル、レフには至急道具を作らせなさい。カミルには手押し車も作らせなさい。頼みましたよ。」
グラマリナはオレグを退席させてから、
「デーヴィッド。もしオレグが工事を請け負うと言いましたら、これを見て返事をしてください。」
一枚の紙切れをデーヴィッドに渡したのだった。取り敢えずデーヴィッドは言いつけどおりに後で見る事にした。
部屋から出てきたデーヴィッドにオレグは?
「おう、デーヴィッドさん金の勘定をよろしくな。俺に損を押し付けないでくれ。この冬に完成させたいなら相談にのるぜ。」
「出来るのか?」
「あぁ、ばっちし、完成させてやるよ。金貨百五十枚だな。」
「???? グラマリナさまに相談するよ。肉と野菜もついているのだろう?」
「あぁ、それでもいいぜ。早い方が村の為にもいいだろう。」
デーヴィッドはオレグにちょっと待てと言って、グラマリナからもらった紙を見た。そこには、オレグがこの冬に完成させると言いましたなら、金貨二百枚で発注しなさい付帯費用はコミコミで……!
「オレグさん、では、この冬の完成という確約で、金貨百八十枚でお願いします。よろしいですね?」
「あいよ、三十枚も多いんだ、すぐに完成させるよ。」
*)大地の魔法
オレグは、リリーに大地の魔法で用水路を作るように依頼した。
「なぁリリーさん、機嫌を直してください。お願いします。」
リリーは元よりソフィアの機嫌も悪い。原因はお昼にお呼びが無かったからだった。家に戻ってソフィアに昼の事を訊かれたから、ついボブと食べた~と言ったからだった。昼の代金が安くついたと思っていたら、逆に難儀するはめになってしまったのだ。
「で!……」
「はい?……」
「リリー今晩は二人で食事ね。」
「ええ、お姉さま。」
どこまででも無視される可哀そうなオレグ。
「リリーにだけ金貨十枚だ。」
「エェ? 私には無いの?」
「ソフィアにはお手伝いの仕事はないんだ。だから金貨も無いね。」
「ふ~ん、それでいいのかな?!」
「お姉さん、ガンバ!!」
「……?」
オレグの背筋に走る悪寒。顔までが青くなった気がした。
「リリー金貨は八枚でいいか。ソフィアには金貨で四枚な!」
「まだ出しなさいよね。」
「いいや、これ以上は出さない。だってさ、シビルらの養育費もあるからな。」
「シビルにも仕事をやるの?」
「あぁ、そうだよ。一晩で用水路を作るんだ。村人どころか、グラマリナさまにも記憶の操作が必要だろう?」
「えぇ、そうなるわね。でもお金は払う必要は無いのよ。」
「そりゃぁ払わないさ、払うのはデーヴィッドにだよ。」
「あ! そうか。養育費ね。で、幾らを払うのかしら。」
「うん、まだ支払ったこともないから、金貨で二枚、いや三枚だな。一枚は飯の代金だ。一枚で足りるだろう。」
「そっか金貨で十五枚ね。………で、オレグはいくら儲かるのかしら?」
「おう、安請け合いさ。金貨で百五十枚な。」
「ふ~ん一割の元手ね。いいわ、リリーを貸してあげる。」
オレグは館に幽閉しているシビルを呼び出した。
「シビルさん、あんたの養育費を俺は稼ぐ必要があるんだ。今度の仕事に手伝ってもらうぜ。外にも出たいだろう?」
「ふん! 外にはもう出てるさ。で、この私になにをさせる気かしら?」
「リリーに大地の魔法で水路を作ってもらうから村中の記憶の操作だな。な、出来るだろう?」
「嫌だね。当然だろう?」
ソフィアはイラついて、
「そうか、私たちをさんざん地下牢に入れておいて、その言い方は~どうかしら? ねぇ~シ・ビ・ル・さ・ん。」
「・……」
「ねぇ、お姉さま。パブで働かせるのは…いつからですの?」
「そうね……今日からでも良くてよ!」
「オレグ。どうなの、ジイの働き具合は!」
「おう、上々だね。人間ポンプは故障しないから安心だな。」
「ぐぅ、分かったわ。あんたたちの記憶も食ってやるからね。」
「ばこ~ん、ばこ~ん。」
「きゃ!」
「リリー。明日の夕方に作るか。その夜にシビルの夢食いで操作してもらおうかね。」
「いいわよオレグ。任せて。」
翌日の夜に用水路が完成した。ただ、水門の考案が出来ていないので次回に回された。
「これは、俺らで作るとするか。」
松の大木を四本づつを川岸に立てて、仕切りは松の中木を渡して水を止めるような、簡単なものだった。松の木を二列並べて間に松の板を差し込むのだ。多少の水は漏れるが、水門を閉める予定はないからどうでも良かった。
*)川魚の捕獲
おおよそ一年後に水門を閉じる事になった。ビスワ川の水位がかなり低くなったのだ。これでは溜め池の水がたくさん流れ出してしまう。水門は二か所を作っているから二か所とも閉めた。ため池側を先に閉めるのだが水漏れしないように丁寧に閉められた。どのみち水路も水位が低いから利用出来ない。
港の横は適当に閉めたら水路の水が殆ど抜けてしまった。
川魚が多数採集出来たのだった。これっていったいなんだろうか。