第195部 消滅したオレグの村 その3
1249年10月31日 ハープサル・プリムラ村
*)援軍の到着
ボブはクルワンに戻らせるクルーに口を尖らせていた。きっとレモンを食べていたのだろう。そのクルーは今朝目覚めた時にはもう居なかった。夜明け前に出航した様子。あれから五日が過ぎた。
皆が願っていた鐘の音が村に鳴り響く。きっと全員の顔は綻んだだろう。この日の二日前になる。
とにかく切らさずに焚き続けていた狼煙に反応して、森深く逃げていた人々が村に集まりだしてきた。きっと集団では『港に戻る』『いや、あの煙は罠だ』と意見が分かれていて行動が遅くなったと考えることが出来た。これは結果論によるものだ。最初は少数の集団で、命令したのは腹の虫だと言って笑っていた。
「おい、あれは公爵さまだろうか。」
「いいや、似てはいるが村を歩く姿がとにかく少なすぎる。」
「だがよう、今、村に居るのは女の方が多いぜ。女が居るという事は!」
「ヴァイキングじゃない!」x5
「グ~、」「ギュルル……るる~!」x5
「俺はもう我慢が出来ない。腹の虫が鳴いて止まらね~!」
「俺は女が~恋しい!」
「そうだったな、初夜がまだだったか!」
「ケッ、黙れ、うるさい。」
「お前の女房もいの一番に逃げていたから、きっと生きて戻って来るさ。な~!」
多かれ少なかれ、村に戻ってきた男たちは皆同じだろう。女たちですら、
「あんたはスケベだから嫌いよ、早くうちの亭主に会いたい。」
「あんた、無事だったのね。これ、私の夫にしたからね、手を出すんじゃないよ!」
もう最後の方で村に帰ってきた連中は懐かしい顔が見られて、ウソ混じりの冗談になってしまっていた。
「そう照れるなよ、もう子供が出来たのか?」
「あは~ん、……あんたの子供かもしれないわ。」
「じょ、冗談はよしてくれ。あ、あ~れは、た、ただ~の、冗談だぜ!」
「ふんバ~カ! 手を握って子供が出来るか!バ~カ!バ~カ!バ~カ!」
老人の男女と小さな子供は自由に逃げる事が出来た。捕虜になったのは壮年の男と若い男女とまだ子供が産めそうな女ばかり。ヴァイキングに反抗した者は無条件で捕虜にされたと言う。
戻った連中に聞きたくても『俺らは最初に逃げたから、後の事は分からない』『夢中で逃げたから分からない』と言うのだった。
遅れて戻った連中は少しまともであって、
「お前たちの中で、殺された者は居ないのか!」
「はい、多分腕が折れたくらいで済んでいます。船の漕ぎ手にしたいとも言って居たように思います。」
「船は全部奪われました。もぅ俺らは漁にすら出られません。」
「そうか、大変だったな。俺が恨みを晴らしてもいいのだが、村人が混じっていると聞いたら、ヴァイキングを殺せなくなったよ。」
「俺らの仲間は殺さないで取り返して下さい。」
オレグは大いに困惑する事になってしまう。
「この先、俺はどうしようか!」
この時に援軍が到着した鐘の音が村中に鳴り響く。『問題、先送りだ~!』
懐かし顔が次々と小船で上陸して来る。一番会いたくないのがゾフィだろう。あれの口悪さにはさらに磨きが掛かっていると前にボブから聞いている。その次はシビルだろうがいつもと変わらないはずだ。
療養も済んだからオレグも港に降りていく。オレグの今の仕事といえば、はて、何だろうか。鐘つきだろう。「カーン」か!
「リリーも同行してくれないか。船の荷物を早く下ろしたいし、なんたって、」
「防波堤になるのね。弟だから任せて!」
「あぁ、対ゾフィの隠し球だし、よろしく頼む。」
「みんな、よく来てくれた。ありがとう。」
「ルイ・カーンさま、援軍ですね!」
「あぁ、ようやく来てくれたんだ。嬉しいよ。」
村人と共に出迎える。一番は、
「お~息子よ、難儀しているのだな~!」
「あぁオヤジ、待っていたぜ。港の建設をまた頼みたい。」
「あれが燃やされたと聞いて俺もつい涙が流れたぜ。」
「嘘コケ! 何が涙だ、サメには涙腺が無いだろう。」
「だが、このようにマブタはあるぜ。」
「鳥にもな。それで?」
「あぁ部下の数か、すまない。急いで来たから少ないんだ。それでも十五人は連れて来たぞ。」
「だったらパブに五人ほど回してくれないか。家具もテーブルも無いんだ。」
「よし分かった!」
「よ~オレグ。けったくそ悪い目に遭ったな。」
「??蹴ったクソ?」
「いいや、卦体糞だ。」
「同じだろう。同情してくれるのか。」
「ケッ、ばぁろう。同情するものか。それでシビルさまには何の用事だい。」
「なぁに大した事はないよ。この地方に大規模魔法を頼みたい。まだ森に隠れている連中もいるようだし、な?」
「なにが、な? だ。今晩には夢に見させてやるよ。それよりもあれには気を付けろよ、な?」
「ありがたい忠告はリリーに流しているよ。」
「あの嬢ちゃんならいいだろう。精々頑張れよ。」
「おう兄ちゃん。随分と見ない間に痩せたな。」
「やぁボブ船長。会いたかったぜ。俺の船を守ってくれたそうだが、ホントか!」
「いいや、俺は下船していたからさ、守ったのはゾフィと他三だな。」
「あちゃ~やはりそうなのか。」
「だな、せいぜい悪口で済むよう祈っててやるよ。」
「それは呪いという祈りだろうが。」
「正解だ、荷物はどうするね。」
「甲板に置いてくれないか。後はリリーに頼むからさ。通常じゃない程積載しているのだろう?」
「ま~そうなるわな。食いもんは多いぞ。」
「また頼む。」
「え~嫌だよ。小さい船でまたトチェフへ行かされるのはごめんだ。」
「だって軍艦が無くてはならないからさ。な? さもないと禁酒だな。」
「それだけは止めてくれないか。気が狂いそうだ。」
「やぁオレグ。生きていたのか。」
「おうおうゾフィ。船を守ってくれたそうで、ありがとうな。」
「序でにクルワンの港も守ってやったが、なんぼだ!」
「この痛まし俺から金を無心するってか。」
「当然だろう。払わない時はトラバ~ユだぜ、分かっているな。」
「馬油はいいが、トラは難しいな。」
「ざけんな、村を燃やしてもいいのだぞ。」
「それは勘弁してくれ。」
「まぁ~ゾフィ。久しぶりだね。元気にしていたかしら。」
「あぁリリー。いつもと変わらないよ。それで?」
「はいこれ。これがお礼よ!」
「ふ~ん、今晩には食えるのか。」
「大丈夫よ、女手も増えたから、馬一頭くらい料理は出来るわ。」
「大砲の油が切れかかっているから、馬油は絞っておいてくれよ。」
「うん了解した。」
「おいリリー。あの馬はいつから持っていたんだ。」
「ん~半年前かな。忘れた!」
「そんな~! …… 俺、食べたかったなぁ~!」
「おい、そこの三精霊。ゾフィは村に登ったが、どうしてここに居る。」
「はい、目の前のおご馳走に早く取り憑きたくて待っているの。」x3
「それって、この俺か?」
「はい、ゴチになります。」x3
「ぎ”や~!! 殺される~!」
「ほら見たことか! 言わんこっちゃない!」x?
*)奪われた鋳造銀貨
プリムラ村で大きな奇声が起こった。
「あった~~~!!!」
丘の上から大きい声が土地の低い港に鳴り響く。同時に山には木霊となって里に響き降りてきた。
「どこかで聞いたような~、ん~!!」
「あれは、はて? どうやって私たちを追い越して村に登られたのでしょう!」
「で、誰だ?」
「はい、ニコライさまですわ。私たち三精霊を無視された強者です。」
「あ~あいつか。すると、在ったというのは持ち去られていなかったんだ。きっとシュバインがバラバラにして草むらに放っていたんだ。」
「何がでしょうか。」
「ん?? お前らは普通に話せるのか!」
「はい、コミュニケーションはとても大事だと、ゾフィさまから教育を受けましたが、なにか。」
「あのゾフィがか?」
「はい師匠さまです。お陰さまで一応の常識は身についたと思います。」
「お前らは異世界人で構わない。むしろ異世界から出ないでくれ!」
「では、その異世界を通りまして丘にまいりましょうか。」
「ギャイン!」
オレグは断る事も出来ない、瞬時に三精霊に捕獲されてプリムラ村へ運ばれた。地を踏んだ先には大きな木材に頬ずりをしているニコライの姿があった。
「なぁニコライ。俺には涙を流してくれないのか。」
「そんな暇はありません。オレグさん、一体何万枚の銀貨が奪われたのですか!」
「あ、それな。……俺にも判らない。どれくらいだ?」
「私たちが前回ここを訪れて、地を踏んだ今日まで何日間あったでしょうか。」
「判らない。考えるだけで頭が痛くなる。」
「六ヶ月ですよ、六ヶ月。毎日銀貨を四百枚を鋳造したとして、下記で計算をしますとですな、30x6x400=72,000枚。それ以前で鋳造した銀貨は?」
「そうだな、六千枚は在るだろうか。」
「そうでしょう、銀貨を八万枚持ち去られてのですよ。この意味は分かります?」
「あ~そういう計算をするとだな、こう、頭が割れそうに痛くなる。」
「だったら、銀貨の八万枚を回収する事を考えて下さい。」
「そうだな、反省します。」
「利息をも回収するのですよ!」
「はい、」
オレグは消え入るようなか細い返事になってしまった。もっともニコライの鋳造機械はそれほど有能ではなかった。精々で二万枚だろう。
*)海の、漂流し者
「あ、オレグさん。ここに来る途中で小舟に乗った男を拾いました。なんでもグダニスクから遙々と、オレグさんが居るクルワンへ行きたかったらしいです。あまりにも身体の衰弱が酷かったので、まだ船で寝ています。」
オレグは直ぐに三精霊に視線を送ると、三精霊はブルブルと頭を振って否定する。
「誰の死者かな。」
「オレグさん。殺すのは早いですよ。多分、オレグさんの奥様。」
「ソフィアがどうした。ず~っと俺一緒だったぜ。」
「あぁ、自称が奥さんで、名前がチャカ・カーンと言うらしいです。どうです心当たりが出てきたのでは?」
「あぁ、あれだ。それは悪い冗談だぜ。しかしなんだろうか。マクシムは西に出て居なかったのだな。直ぐに船に戻って訊いてみるよ。ニコライは鋳造機を直してくれるのだよな。」
「はい、仇はきっちりと!」
オレグは丘からの下り坂を転げる勢いで下りていった。途中で転ぶ事二回。
「まだまだ体力は戻っていないのか。それとも歳なのか。そうだ、ボブに頼んでこの坂にエスカレーターを造らせよう。」
と馬鹿な事を考えたら直ぐ港に着いた。港では荷物を確認しながら倉庫や村のパブなどに別けるリリーの姿が在った。
「お~いリリー! 俺を船に乗せたくれないか~!」
「はいは~い。直ぐにゲートで繋ぎま~す。」
オレグは勢いよくゲートに飛び込み、リリーの目の前を通りながら、
「ありがとう、怪我人はどこだ。」
「さぁ、知りません。」
オレグは返事もしないで船倉へ駆け下りた。
「おい、チャカの使いは何処だ! 俺だ……オレグだ!」
「あ~旦那。ここに居ます。チャカさんの使いで参りました。」
そこに横たわっていたのは、よぼよぼの爺さんだった。
「おいジジイ。誰かに精気を吸われたのか。」
「いいえ、初めからでございます。」
「そうか、昔からジジイをしていたのかな。」
「はい、もう二十年には……何を言わせるのですか。」
「漫才だ、いけなかったか。それで?」
「はい、金貨二十枚。……出して下さい。給金は後払いでグダニスクから苦労して出て参りました。」
「か~やはりチャカの使いで間違いないな。払うよ、後でだがな。それで?」
「はいライ麦が高騰しだしました。」
「??……それはいいのだが、一体どうして。」
「私は若い男ではありません。ジジイでございます。」
「あぁ、そうだよな。それが?」
「この意味を考えて下さい。途中でヴァイキングと遭遇しましたら即、拿捕でございます。それを逃れる為のジジイでございます。」
「おう、おうおう。それは言えてる。チャカが優秀だったか。」
「いいえ、これは私の発案ですよ、ルイ・カーンさま!」
「お前、誰だ。」
「ただのジジイですよ。……まだ判りませんか? ライ麦が急に高騰するという事は戦争が始まるのですよ。戦争が!」
「あ!……なるほど。金貨は十五枚を出そう。」
「いいえ二十五枚です。今、値上がりしました。それもこれもルイ・カーンさまの頭が悪いからです。さぁ、次に連想出来るのはどのような?」
「俺はライ麦を高く売れて儲かる。」
「ブー、金貨三十枚にいたしましょうか?」
「いやいや、待ってくれ。随分と元気だな。ここで俺が来るのを待っていたのか。」
「はい、秘密の伝言ですので漏らす訳にはいきません。」
「では俺の村に招待しようか。付いて来るがいい。」
「あっしは歩けません。」
「足が無いのか。」
「はい、シャチに食われてしまいました。もう身体も在りません。」
老人は足から消えていった。凄まじいジジイの怨念だったのだろう。
「そうだよな、ヴァイキングに襲われたら命も無いよな。ありがとうよ、貴重な意見だ。これでより多くの反撃ができるぜ! 仇は討ってやるよ。」
「オレグさん、証拠隠滅しましたらあきまへん!」
「ニコライ、いったい海で何を拾ってきたんだ?」
「若い兄ちゃんだったが、どうしてですか?」
「あれは、本当に死者だったぜ。」
「あ・ぎゃ”!!」
*)ライ麦を欲する国とライ麦の高騰と
マクシムがグダニスクを留守にする意味が何となく理解が出来た。己自身でライ麦の高騰する理由を調べに行ったのだろうと。
俺の国のポーランドはライ麦の一大産地だから、ポーランドがライ麦を必要とする訳がない。欲しいのは産出しない北の国か、西側の人口というか兵士の多い国が該当する。
北の国とはロシアかデンマークになる。デンマークはスカンジナビア半島の南側とエストニアまで広げている。多くの土地は在るのだがライ麦の生産に適した土地は遙かに少ない。
次は西側のフランスやドイツになる。ドイツは遙か南のジンギス・カーンに侵攻された国の難民を多く連れてきて土地を開墾させていたから、ライ麦が不足しているとは到底思えない。1420年頃のドイツ騎士団の力が及ぶ範囲は広い。ポーランドには殆ど手つかずで、ポーランド以東のエストニアやロシアまでが勢力範囲だ。ならばドイツ騎士団がライ麦を必要とはしないだろう。
フランスではどうだろうか。当時は南フランスの豪族を相手に侵攻していたが、この年には終わったいた。イングランドとの戦争はまだ先になる。富国強兵? は考えられなくもない。
となるとデンマークの国家による失地回復が考えられる。前々からデンマークは国の力が弱くなりつつあった。危機感を覚えた国王は北のスウェーデン辺りから兵士を集め、ハンザ同盟に襲撃を掛けるつもりだと判断出来た。だからか近海の村を襲って船と漕ぎ手を集めて回ったのだろう。
夕食の時にこれらの事をラースやミケルに話したら、二つ返事で、
「お父さん、きっとそうですよ。私たちはエストニアから避難してここに蟄居して居ましょうよ。」
「ミケル、お前は本当に俺の息子なのか。」
「オレグさん。ここはたくさんのライ麦を輸出して大いに儲ける時ですよ。打って出ましょう。」
「よ~しラース。売って出よう!」
「オレグさま、それ、本気で言ってありますか?」
「ラース、何か変か。ライ麦は売ってなんぼの儲けだろうが。違うか。」
「ボブ船長、俺の船はどれ位残っている。在るだけ全部ライ麦を積んで西側へ売りに行きたい。」
「なぁ兄ちゃん。西って何処だ。まさかデンマークの事かな。」
「そうだが、どうしてだ。ライ麦が高値で売れるんだぞ。」
「そうだよな、商人はそうだよな。一が全部金儲けだよな。」
「それが普通だろう。何か気に障るのか!」
「敵に塩を送るのか。」
「な~んだ……いいや俺は売らない。むしろ、買い漁ってデンマークを混乱させてやりたいよ。」
「ほんじゃ、どうする気だ。その方法は!」
「あぁ、見せかけのライ麦を持ってゆき、販売した先からまた買い戻す。これを二回か三回行えばより高くなるだろう。どのみち俺以外からもライ麦はデンマークにたくさん流れて来るのだから。俺が儲ける方が得だろう。」
「オレグさん。東のロシアに高く売ったらどうですか。今年はデンマークが戦争を嗾けて来ますから、『ロシアも兵を集めておく必要がありますよ』と教え説いていくのです。」
「よし、ラースの意見に乗った。お前、ロシアに行ってこい。」
「はい喜んで~!」
「お父さん、私は何を!」
「ミケルはいい。ここで銭の勘定を頼む。ドイツ銀マルクをたくさん造ってくれ!」
「銭の成る木があるのですか?」
「あぁ在るよ。ニコライの指示で働いてはくれないか。」
「はい喜んで~!」
「それでボブ船長。船はいかほどか。」
「タコの八艘だな。随分と持って行かれたぜ。」
「おいニコライ。くれてやった船を造ればなんぼだ!」
「そうですね~銀貨で二万枚にはなりますか。」
「すると銀貨で十万、いや、この村の復興費もあるから、二十万枚は返して頂かなくてはならないな。」
「そうですね。私たちの賃金も稼いで下さいよお父さん!」
「ケッ、寒気がするぜ。ニコライにお父さんと呼ばれたくはないよ。」
「だったら兄ちゃん。明日から出撃か!」
「そうだ、一刻を争う。明日には出航する。」
「待ってたぜ、オレグ。トチェフへ行くんだろう?」
「そうだ、シビルの為にな。」
「当たり前だろうが、バ~カ!」
「という訳だ。親父、後のことは任せたぞ。」
「と言う事では判らん。銭勘定が先だ。なんぼだ。」
「銀貨一万枚でどうだ。」
「いいぜ、任せろ。」
「あんたの孫が産まれる頃には帰ってくる。女房は連れてはいけないのでよろしくな。」
「おお、おう、おおお!!! でかしたぞ息子よ!」
「よせやい、気持ち悪い。」
残りの者も大声でオレグ夫婦をからかい出すのだった。